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眩しいほどに
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あの日、海を見に行った。
空が青くて、雲ひとつ無い快晴の綺麗な日。風が心地よくて、まだ暑いけれど香る秋の匂いが穏やかで、なんて良い日なのだろうと多幸感に満ちた。そんな美しい空だった。
▽
2年生の教室、昼休みを迎えるありがちなチャイムが鳴り止んですぐ、ドアの前で茶髪の男が手招きをする。人と関わることを苦手とする自分とは、かけ離れた存在。それなのに、彼は根暗な自分との時間を好んでくれる。
「灯治!迎えに来たぞ、早く食おうぜ。広樹が腹減って伸びてる」
先輩が来ると、教室が少し明るくなる。女子たちは、普段なら関わることのない人気な上級生の来訪にキャッキャッと喜ぶ。
誰もが憧れる存在、そんな人が自分を呼ぶためにわざわざ階数の違う2年の教室まで赴いたのだという優越感。
灯治は、キザったらしく女達を横目で流し見して立ち上がった。何も言わず、和鷹のもとに行き「行こうぜ」という声かけに合わせて歩きはじめる。
いつも、溜まり場にしている少し狭めの空き部室に来ると、広樹がおにぎりを頬張っていた。灯治と目が合うと、見つかった、という顔をして背を向けた。
「あ!お前、バカ広樹、先に食いやがって裏切り者!」
「は、腹減って死にそうだったんだよ!!」
おにぎり一個だけならバレないと思ったなどと言いながら、広樹は開き直る。
仲の良い二人だ、と思う。幼馴染って良いな、とも思う。自分は、どうしたって二人のような距離感にはなれない。こうした二人のじゃれ合いを見ているときは、孤独さを感じてしまう。この空間に、入りきれない自分が異物みたいで・・・、嫌になる。
「あ、そうだ。灯治!」
そんな焦燥や孤独を感じて卑屈になりかけていると、いつも決まって和鷹が自分に声をかけてくれるのだ。
「海、見に行かね?」
「うみ・・・?」
「そ、二人で!おれさ、バイクの免許取って買ってもらったんだ、二人乗りできるバイク。だから灯治、後ろ乗ってよ」
そう言って、和鷹は笑顔を見せた。二人で!と目の前へ押し付けられたピースサインを呆然と眺める。
「・・・・・二人で、って、ふたりで?」と思わず声に出ていた。遊ぶときはいつだって、必ず3人。湧き上がるどうしようも無い喜びを必死に抑えて、灯治は声を出す。
「広樹先輩は・・・?乗せるなら、俺より、広樹先輩の方が良い、ですよ。俺、デカイから、重いだろうし・・・。」
こういう時、素直にかわいいことを言えない自分が嫌になる。
「あ?広樹は良いんだよ。おれの行く大学とコイツの就職先近くなるだろうし、いつでも乗れんだろ」
言って後悔した。幼馴染でも同じ学年でもない俺は『いつでも』とはいかない。たった一年の差が、今は悲しいくらいに遠い。先輩は、春には卒業してしまう。推薦で受かった大学に行くらしい、先輩がこの町を出ていく、もう簡単には会えなくなってしまう。
無表情が貼り付いたような灯治が珍しく、分かりやすく浮かない表情をしたので、和鷹と広樹は顔を見合わせた。
「ま、オレのことはいいからさ、二人で楽しんできなよ。ツーリングデート」
広樹が、からかうようにそう言った。
「オレの高校最後の思い出づくりだ、土曜の朝9時、迎えに行くから。ちゃんと、準備しとけよ!」
▽
その日は、まだ火曜日で、俺の頭の中は和鷹先輩との予定でいっぱいになった。土曜が来るまでの一週間、ずっと上の空で、広樹の言った「デート」という単語が繰り返し脳で反響してた。
「・・・く・・・わ!・・・菊川!」
突然、耳元で大きな声が聞こえ驚く。それでも鈍く、机から頭を持ち上げ気怠げに視線を動かすと、広樹が訝しげに灯治を見下ろしていた。
「・・・・?」
「おう、大丈夫か、お前。ここんとこずっとそんな感じだぞ」
「・・・・・そうですか」
少ない単語で、ポツリと返す。これでも、灯治からすれば広樹は喋りやすい人間だ。今は授業の合間の休憩時間、何かあったのかと首を傾げ視線で問う。
「あー、うちのクラスの里菜ちゃんが、灯治と話したいことがあるって、、」
気まずそうに頬を掻きながら、答える広樹に、エスパーかよ、と心の中で呟く。
「お前、今、オレのことエスパーかよ、とか思っただろ!違うかんな!」
ほんとにスゴいな、この人。
なんて、思いながら。灯治は、廊下で里菜の方へと無言で歩む。面倒なことは、さっさと終わらせた方が良い。
「おかえり」
広樹は、灯治の席に座ってつまらなそうに言った。
「で、また断ったんですか?おうじさまは」
先輩のくせに、わざとらしく敬語を使って広樹は灯治を茶化した。いや、むしろ嫌味というべきだろう。
「・・・・・興味、ないんで」
灯治は、ため息交じりにそう言った。
「モテる男が二人居て、こーも態度が極端に違うものかね?和鷹は、もっと優しくやんわり断ってるぞぉ」
「・・・・・・なんですか」
なんで、そこで和鷹先輩が出てくるんですか。
「ほんと、和鷹以外に興味ねーのな、お前。菊川から話しかけんのって和鷹ぐらいじゃね?オレともやっと少し喋れるよーになったのに、全然じゃん・・・」
広樹は、口を尖らせて拗ねる。それからすぐ授業が始まると言って、2年生の教室を後にした、振られた女子の八つ当たりを受けながら。その姿をぼーと眺めながら、灯治は、またぼんやりと土曜の事に意識を飛ばした。
空が青くて、雲ひとつ無い快晴の綺麗な日。風が心地よくて、まだ暑いけれど香る秋の匂いが穏やかで、なんて良い日なのだろうと多幸感に満ちた。そんな美しい空だった。
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2年生の教室、昼休みを迎えるありがちなチャイムが鳴り止んですぐ、ドアの前で茶髪の男が手招きをする。人と関わることを苦手とする自分とは、かけ離れた存在。それなのに、彼は根暗な自分との時間を好んでくれる。
「灯治!迎えに来たぞ、早く食おうぜ。広樹が腹減って伸びてる」
先輩が来ると、教室が少し明るくなる。女子たちは、普段なら関わることのない人気な上級生の来訪にキャッキャッと喜ぶ。
誰もが憧れる存在、そんな人が自分を呼ぶためにわざわざ階数の違う2年の教室まで赴いたのだという優越感。
灯治は、キザったらしく女達を横目で流し見して立ち上がった。何も言わず、和鷹のもとに行き「行こうぜ」という声かけに合わせて歩きはじめる。
いつも、溜まり場にしている少し狭めの空き部室に来ると、広樹がおにぎりを頬張っていた。灯治と目が合うと、見つかった、という顔をして背を向けた。
「あ!お前、バカ広樹、先に食いやがって裏切り者!」
「は、腹減って死にそうだったんだよ!!」
おにぎり一個だけならバレないと思ったなどと言いながら、広樹は開き直る。
仲の良い二人だ、と思う。幼馴染って良いな、とも思う。自分は、どうしたって二人のような距離感にはなれない。こうした二人のじゃれ合いを見ているときは、孤独さを感じてしまう。この空間に、入りきれない自分が異物みたいで・・・、嫌になる。
「あ、そうだ。灯治!」
そんな焦燥や孤独を感じて卑屈になりかけていると、いつも決まって和鷹が自分に声をかけてくれるのだ。
「海、見に行かね?」
「うみ・・・?」
「そ、二人で!おれさ、バイクの免許取って買ってもらったんだ、二人乗りできるバイク。だから灯治、後ろ乗ってよ」
そう言って、和鷹は笑顔を見せた。二人で!と目の前へ押し付けられたピースサインを呆然と眺める。
「・・・・・二人で、って、ふたりで?」と思わず声に出ていた。遊ぶときはいつだって、必ず3人。湧き上がるどうしようも無い喜びを必死に抑えて、灯治は声を出す。
「広樹先輩は・・・?乗せるなら、俺より、広樹先輩の方が良い、ですよ。俺、デカイから、重いだろうし・・・。」
こういう時、素直にかわいいことを言えない自分が嫌になる。
「あ?広樹は良いんだよ。おれの行く大学とコイツの就職先近くなるだろうし、いつでも乗れんだろ」
言って後悔した。幼馴染でも同じ学年でもない俺は『いつでも』とはいかない。たった一年の差が、今は悲しいくらいに遠い。先輩は、春には卒業してしまう。推薦で受かった大学に行くらしい、先輩がこの町を出ていく、もう簡単には会えなくなってしまう。
無表情が貼り付いたような灯治が珍しく、分かりやすく浮かない表情をしたので、和鷹と広樹は顔を見合わせた。
「ま、オレのことはいいからさ、二人で楽しんできなよ。ツーリングデート」
広樹が、からかうようにそう言った。
「オレの高校最後の思い出づくりだ、土曜の朝9時、迎えに行くから。ちゃんと、準備しとけよ!」
▽
その日は、まだ火曜日で、俺の頭の中は和鷹先輩との予定でいっぱいになった。土曜が来るまでの一週間、ずっと上の空で、広樹の言った「デート」という単語が繰り返し脳で反響してた。
「・・・く・・・わ!・・・菊川!」
突然、耳元で大きな声が聞こえ驚く。それでも鈍く、机から頭を持ち上げ気怠げに視線を動かすと、広樹が訝しげに灯治を見下ろしていた。
「・・・・?」
「おう、大丈夫か、お前。ここんとこずっとそんな感じだぞ」
「・・・・・そうですか」
少ない単語で、ポツリと返す。これでも、灯治からすれば広樹は喋りやすい人間だ。今は授業の合間の休憩時間、何かあったのかと首を傾げ視線で問う。
「あー、うちのクラスの里菜ちゃんが、灯治と話したいことがあるって、、」
気まずそうに頬を掻きながら、答える広樹に、エスパーかよ、と心の中で呟く。
「お前、今、オレのことエスパーかよ、とか思っただろ!違うかんな!」
ほんとにスゴいな、この人。
なんて、思いながら。灯治は、廊下で里菜の方へと無言で歩む。面倒なことは、さっさと終わらせた方が良い。
「おかえり」
広樹は、灯治の席に座ってつまらなそうに言った。
「で、また断ったんですか?おうじさまは」
先輩のくせに、わざとらしく敬語を使って広樹は灯治を茶化した。いや、むしろ嫌味というべきだろう。
「・・・・・興味、ないんで」
灯治は、ため息交じりにそう言った。
「モテる男が二人居て、こーも態度が極端に違うものかね?和鷹は、もっと優しくやんわり断ってるぞぉ」
「・・・・・・なんですか」
なんで、そこで和鷹先輩が出てくるんですか。
「ほんと、和鷹以外に興味ねーのな、お前。菊川から話しかけんのって和鷹ぐらいじゃね?オレともやっと少し喋れるよーになったのに、全然じゃん・・・」
広樹は、口を尖らせて拗ねる。それからすぐ授業が始まると言って、2年生の教室を後にした、振られた女子の八つ当たりを受けながら。その姿をぼーと眺めながら、灯治は、またぼんやりと土曜の事に意識を飛ばした。
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