上 下
6 / 53

4話 荻野悟

しおりを挟む
(次の講義は蓮くんと一緒だ。)

 明日から週末、土日二日間も蓮と会えなくなってしまう。だから今日、銀二郎はたくさん蓮を補給したいのだ。嬉しさを抑えきれずに早足になる。この間、話しかけてくれたから、今日は自分から話しかけても良いだろうか? そんな風に考えながら角を曲がるとその先に蓮がいた。

「ねぇ、蓮。この間言ってた背の高い強そうな子、どうなった?」

 じ、自分の話だ。
 銀二郎は思わず壁に身を隠す。

「あー? ああ、アイツさ声もデケーの。」

 少し笑いを含んだ声で蓮が言う。
 それは明らかなる嘲笑で、背筋や胸に冷え切ったようなモヤ付きが広がった。

「へぇ、声が大きいと困るよねぇ。たまにいるよ、そういうタイプ。」

 いかにも迷惑そうに眉を潜めて、相手の青年が言った。
 喉元がぎゅっと締め付けられるような感覚がする。

「ま、たしかにな。」
「素朴な疑問なんだけど、男の声で萎えたりしないの?」
「俺は萎えないけど︙あんま、聞いててもおもしろくないな。」
「てかさ、男ってぶっちゃけどうなの?」 
「んー、悪くはない。女より絞まりが良くて、中出ししても妊娠しないし。」
「うわー、最低だな。」


 呼吸が苦しくなる。
 話の方向がどんどんと嫌な方に進んで、耳を塞ぎたくなるのに聞かずにはいられない。蓮にとって自分がどう扱っても良いような玩具なのはわかっていた。わかっていたからこそ、彼の口からは聞きたくなかったのに︙。結局、自分はこの関係をちゃんと割り切れていない。自分の声はうるさかったのか。思い返せば、確かに快楽の中、遠慮することなく声を漏らしていた気がする。

 聞きたく無かったんだ。
 そりゃ、そうだよな︙。

「蓮、お願い! 一回だけ、その子俺に貸して? なんなら3Pしない? そうだ、それが良い。」

 青年が閃いたように笑顔で言う。いよいよ聞いていられなくなって、その場から逃げるように走った。じわじわと熱くなる目元を必死に拭う。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしい、自分のような大男に涙は似合わない。とりあえずトイレに隠れようと駆けていると、入り口前でドンッと自分より大きな何かにぶつかった。

「す、すみませんっ。」

 柔らかい壁に人の身体であることを認識して咄嗟に謝る。

「ギンジ︙? どうした。」
「ゆうま、くん」

 顔をあげると、親友が心配そうにこちらを見下ろしていた。自分より大きな人間などほとんどいない、むしろ銀二郎は悠馬ぐらいしか見たことがない。

「どうした。泣いてんじゃん、ギンジ。」

 そう言って、悠馬は心配そうに頬へ手をのばすと指で涙を拭う。銀二郎は親友を見上げながら、唇を噛みしめた。彼は、いつも自分が苦しいときやどうしょうもなくなったときに現れる。そして、大抵やさしく慰めてくれるのだ。それでも、こればかりは言えない。銀二郎は「たいしたことじゃないから」と目を逸らし歩き出す。

「はぁ︙。」

 小さくため息を吐いた悠馬は、何故か銀二郎を優しく抱き留めた。背の高い親友の胸の中にすっぽりと収まる。感じられた安心感で、またじわりと視界が歪んだ。

「なんで隠すんだよ。俺にも言えないこと?」
「︙隠してなんか。」
 無意識にまた唇を噛みしめた。

「俺が怒ると思ってる? 怒らないから言えよ。」

 優しい声色に心が揺らぐ。
 もう、言ってしまいたい。
 誰かに聞いてほしい。

「︙本当に?」

 悠馬の目を探るように見上げた。

「おう」
「︙僕、蓮くんと、セフレになった。」

 しばらく重い沈黙が続いた。 

「アイツ一発殴ってくる。」
「ゆっ、悠馬くん! ダメだ! ダメダメ!」

 拳を握りしめ、額に青筋を浮かべ歩き出した悠馬を慌ててしがみつき止める。

 落ち着いてくれ!

「クソ、三本木アイツ! ギンジにおかしなこと教えやがって!」
「違う、違うから!」

 悠馬の背を抱き締めるようにすると、ズルズルと後ろにひっぱる。しかし、屈強な銀二郎の力でも止まらず前に進む悠馬が恐ろしい。

「離せ! この筋トレ馬鹿!」
「僕が、僕が自分で頼んだんだ!」
「︙は?」
「だから、蓮くんは悪くないんだよ。僕がそういう関係にしてくれって、誘ったんだ。」

 混乱した表情の悠馬を宥めながら、椅子に座らせる。ちょうど教授が入ってきたので「ほら、講義がはじまるよ」と銀二郎は悠馬を置き去りにし、少し離れた席に座った。

 

「昼、必ず来いよ。絶対だ!」

 講義が終わり、教授の所に寄ると言う銀二郎に怒りで爆発しそうな悠馬はそう言って去って行った。ただでなくても大柄な男が怒っている姿は圧が凄すぎて、周りすらも震えていた。

 これは、すっぽかしたらダメなやつだ。


 ブーブー
 途端にスマホが震えた。
 画面には蓮の名前が表示されている。

〈昼にいつものホテル〉

 銀二郎は蓮の誘いを断ったことなど一度もない。呼ばれれば講義途中でも抜け出した、必要とされているのが嬉しかったから。でも、今日はさすがに行けない。友人を怒らせてしまったのだから。


〈ごめんなさい。お昼はどうしても行けないです。〉

 指が迷うが、送信する。彼の中で、また自分の嫌いなとこ増えてしまうだろうか︙。もし、誘われなくなったらなんて考えて不安になる。しかし返信は思ったより、すぐに返ってきた。

〈じゃあ、8時にここ来て〉

 案外あっさりした文面には、バーの住所が添付されている。再度、誘いがあり安堵した。

〈絶対行く!〉

 すぐに返信して重い足を動かし、悠馬の元に向かった。





▽三本木蓮

「男ってぶっちゃけどうなの?」とヤリサー仲間の荻野悟おぎのさとるが聞いてきた。それに自分は「悪くない」と答える。すると、悟が突拍子もないことを言い出した。

「一回だけ、その子俺に貸して?」

 この御曹司と女での3Pは何度かヤったことがある。3Pをするときはこの男が調度良いから、相性が良い?という言い方は違うかもしれないが、そんな感じだ。思えば、男を使っての3Pはしたことがない。

「あ、何? もしかして独占欲? めずらしいね。」
 
 すぐに答えを出さない蓮を茶化すように言う。それが案外ハズレでもなく、一瞬でもダメだと言いそうになった自分に苛立つ。

(楽しいことは共有する、それが俺のポリシーだ。)

「ちげーよ、お前が勃たなそうだから心配してんの。」
「俺の息子をなめんな。」
「いいよ。」
  
 悟に茶化されたのが癪にだった。
 何よりも、銀二郎を気にしてる自分が気に入らなかった。

 悟と別れ、次の講義に向かう途中やたらとデカい男ふたりが抱き合っているのが視界に入った。うわ、なんだよって思ったのは一瞬。下唇を噛み、涙で潤ませ男を見上げるのは見覚えのある大男。

 なんで、泣いてんの?
 てか、なんで抱き締められてんの?

 あのデカい男の潤んだ上目使いなど、自分以外知るわけがないはずだ。何故か無性に苛立って、こんなのはおかしいと頭を振る。デケェ男がちちくり合ってるのなんか、どうでもいいだろ。蓮はその場から立ち去ると、早足で遠回りをした。
 
 俺の犬。
 クソッ、何だよ、あれ。

 夜の前に一度呼び出そう。ついでに一応、犬の意見も聞いてってもいい。

〈昼にいつものホテル〉
 返信がやけに遅くてソワソワした。
〈ごめんなさい。お昼はどうしても行けないです。〉
 
「は?」

 思わず声が出る。今まで断られたことなど一度もない。その行けない理由、もしかして有田か?いや、気にすることじゃない。別の女でも探せば良いことだ。そう思って画面をスクロールして︙、やめた。代わりにバーの住所を添付し、8時に来るように忠犬に送る。するとすぐに、絶対行くと返信が来た。

(何、ほっとしてんだ︙。)

 自分と銀二郎にイライラしながら、蓮は抗議を受けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

時々女体化する話〜蜂に刺されたら女の子になりました〜 『男でも女でもお前が好きだ!大好きだ!』 (BL/TS)

Oj
BL
特殊な蜂に刺されたことで、女の子になったりならなかったりする話。全体的に下品なギャグ小説です。時々エロが入りますが、女体でイチャイチャしたり男同士でイチャイチャしたりします。基本BLです。 男同士の恋愛に満足していたり戸惑ったりしているところにパートナーが女体化して益々複雑化する関係を楽しんでいただけたらと思います。 第三部までありカップリングが別れています。 第一部 木原竹彪(キハラタケトラ)✕黒木彩葉(クロキイロハ)…大学生、同棲中の同性カップル 第二部 木村梅寿(キムラウメトシ)✕柏木楓(カシワギカエデ)…高校生、同性カップル 第三部 木村松寿(キムラマツトシ)✕佐々木紅葉(ササキモミジ)…大学生、竹彪と彩葉の友人 でお届けします。 『18歳未満閲覧禁止』という作品の中にこちらの18禁短編を載せています。 ※女体化するキャラ全員、女性の月のものがきます。苦手な方はご注意下さい

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】専属騎士はヤリチン坊ちゃんに抱かれたい

セイヂ・カグラ
BL
女好きで遊んでばかりの三男ダレスに父は、手を焼いていた。そんなお坊ちゃんに唯一、愛想を尽かさず忠誠を誓いお世話をし続けているのは、従者ではなく専属騎士ウルソンだった。 自由奔放で女遊びの激しい主に、騎士は“だかれたい”と思うほどの淡い恋ごろを抱いていた。想いが募っていくばかりの頃、ある日、坊っちゃんは屋敷に少年を連れてきて・・・  想いを募らせるばかりで苦しくなったウルソンの前に、ダレスにそっくりな兄、ダンレンが現れる。 遊び人貴族三男×専属騎士 金髪碧目美青年×黒髪高身長体育会系 R18シーンには※を付けています。 浣腸シーン(過激でない)あります/受けが流されやすい/エロ※/媚薬/嫉妬/潮吹き/拘束/切ない/片想い/年下×年上

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

メンズエステでヌキ行為は禁止です!

碧碧
BL
モロ感筋肉おじさん(35才)がメンズエステでヌキ禁止と言われ、射精させてもらえないままアナルをぐちゃぐちゃにされ、メスイキしまくる話。 好青年(セラピスト)×ガチムチおじさん。 射精禁止、亀頭責め、エネマグラ、玩具、ローションガーゼ、潮吹き、手マンがあります。 本編完結後、番外編で激甘溺愛結腸責めセックスします。攻めが射精我慢します。閲覧ご注意ください。

処理中です...