ジャガイモ

坂田火魯志

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第一章

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                      ジャガイモ
 ここはドイツである。ドイツといえばだ。
 「またジャガイモ!?」
 「今日もジャガイモって」
  髪が黒く黄色い肌の二人の子供達がテーブルの前のそれを見てうんざりとした顔になっている。見ればジャガイモ料理がこれでもかと置かれている。
 「他にはないの!?」
 「そうよ、食べ飽きたよ」
 「そうよね」
 「仕方ないじゃない。ドイツなんだから」
  二人の母親は少し怒った顔でこう言った。
 「ジャガイモばかりなのも」
 「何で仕方ないの?」
 「それで」
 「ドイツはジャガイモを食べる国なの」
  だからだというのである。
 「パンと同じよ」
 「そういえばパンもだよね」
 「黒パン多いけれど」
 「白いパンも食べるけれど」
 「それでも黒パン多いよね」
 「ドイツは黒パンの国でもあるの」
  このことも話すのだった。しかしそれ以上にこう言うのであった。
 「けれどそれ以上にね」
 「ジャガイモなんだ」
 「それなんだ」
 「そうよ。わかったら食べなさい」
  また子供達に対して言う。
 「いいわね」
 「はあい」
 「わかったよ」
  子供達は嫌々ながら母親の言葉に頷く。
 「たまには御飯が食べたいけれど」
 「日本人だしね」
 「お米?あるじゃない」
  母親はそれについてはしれっとした感じで述べた。
 「ちゃんとね」
 「あれだけじゃない、いつも何かつけ合わせみたいに出るだけで」
 「それもたまに」
 「ここじゃお米は野菜扱いなの」
  欧州全体がそうである。リゾットのイタリアにしてもパエリアのスペインにしてもだ。どちらもスープの扱いでありやはりパンが主食だ。
 「だからなのよ」
 「しかも何か粘りがないし」
 「日本のお米じゃないし」
  しかもだった。米自体もそうなのだった。
 「日本のお米食べたいよね」
 「お握りとかね」
 「だから。ここはドイツなの」
  またこのことを言う母親だった。
 「わかったらジャガイモを食べなさい」
 「それとこれだよね」
 「ソーセージにザワークラフトも」
 「そうよ、早く食べなさい」
  こんなやり取りだった。子供達はまずは家でジャガイモを食べる。そしてそれは学校でも同じだった。やはりジャガイモばかりであった。
 「何でこんなにジャガイモ多いの?」
 「ドイツってジャガイモの国なの?」
 「って何言ってるんだよ」
 「そうだよ」
  同じクラスで食べている二人に対して周りの金髪の子供達が言う。実は彼等は双子なのだ。名前を飯田幸一、幸二という。二人の名前はそれぞれ二人の父親が自分の好きなプロ野球選手から名付けた。田淵幸一と秋山幸二だ。彼が阪神とダイエー、今はソフトバンクが好きだからである。二人はこの父親の転勤でドイツに来ているのである。
 「ジャガイモ美味しいじゃない」
 「そうよね」
 「こんな美味しいものないわよ」
 「けれどさ」
 「そうだよね」
  しかし幸一と幸二はそれでも言うのだった。
 「ジャガイモばかりだし」
 「パンより沢山食べてるけれど」
 「あれっ、おかしい?」
 「おかしくないわよね」
 「そうだよね」
  しかしドイツの子供達はこう言うばかりである。尚ここはバイエルンである。そのミュンヘンの学校に通っているのである。
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