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第一章 世界の果てに咲く花
生命の花 3
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さすがメルディスだったな。
彼女は久しぶりに会った、収容所のカリスマを見て安心していた。
明晰な頭脳を持つメルディスなら、もうこの戦いに勝目が無い事など、とっくに気付いていたはずだ。
六の少女だった彼女が奇襲に失敗して、蜂起の序盤で敵戦力を撤退させられなかった時点で勝負はついていた事くらい、早い段階で気付いていただろう。
そして収容所と言う閉じられた場所に閉じ込められているという精神的圧迫は、生きる希望を急速に奪い取る。
並の指揮官なら収容所はパニックに陥り、とっくに同士討ちが始まっているはずだった。
ところが、いざその収容所を見ると、秩序はまったく失われていない。
なにしろ、あの人並み外れた小心者の十二の少女がまだ生きる事を手放さず、外敵に対して恐怖できるくらい正常な判断が出来ていたのだ。
メルディスと言う絶対のカリスマと、十二の少女の口から出てきた二三一という戦力が、まだこの収容所を支えていたのだ。
今度は間に合ったみたい。
そう思うだけで、彼女の胸は痛む。
まだ何か出来た訳ではない。これから行う事は、彼女と収容所の亜人達を決定的に離別させる事になる。それでも、彼女は折れずにいられる。
あとはあの時の失敗を取り返す事だけ。
それは最善とは言えない行動であり、場合によってはより大きく深い溝を築く事になるかもしれない。
が、それは些細な問題だ。
彼女は求めるモノを手に入れる為であれば、それ以外の全てを捨てる覚悟は出来ている。もう二度と巡ってこないはずの、挽回のチャンス。
彼女は翼手竜に乗ったまま、収容所の門を越える。
門の向こう、意外なくらい離れた所に野営地があった。
それぞれにテントが乱立し、相当数の人数が集まっている事が見て取れる。また、テントの集まっているところも区画分けされている。それは集まった研究所や暴動鎮圧の兵団など、勢力毎に分けられているのだろう。
冬の蜂起開始の時これだけ集まっていれば、と彼女は思う。
一見すると数が揃って戦いにならない様に思えるが、一つの指揮系統で集まった数では無く、それぞれが数を出し合った連合軍では実質戦力は数ほど機能しない。それどころか、集まった数が分散していれば一ヶ所に大打撃を与えるだけで簡単に無力化出来る。むしろ十分の一でも一枚岩の方が遥かに手強いのだ。
と思って、彼女は苦笑する。
戦術的に考えるとそうかもしれないが、ギリクという常識の通用しない絶対の恐怖が存在していれば、強引に一枚岩にする事が出来る。
集まった兵力が十分の一、集まった勢力数が十倍の烏合の衆であったとしても、外敵を遥かに上回る恐怖で指揮すれば良い。
指揮をギリクが取るのであればそれは一枚岩と言えるのだ。
あの時は、ただの護衛の兵力だったが、今回は亜人種と戦いに来た集団である。
二三一率いる直接戦力と対抗するための戦力と、メルディス率いる遠距離攻撃のバックアップにも耐えられる装備を身につけた、戦いに来た兵士達。
蜂起を始めた頃の彼女達なら、一度の奇襲を成功させたとしても勝つ事が出来るかわからない戦力が集まっていた。
目視で確認する限りでは、数は三千から五千。多くはあるが、多すぎるという数ではない。収容所の亜人の数が四百前後である事を考えると妥当な数字である。
二三一やメルディスは誇張でなく、一人で人間の兵士十人分以上の戦力である。全ての亜人がそうでなくても、十倍の兵力を揃えてきた。
が、数が揃えば揃うほど、恐怖だけでは統制出来なくなってくる。
何しろこの戦いの戦利品は、敵である亜人達しかない。収容所には大した金品も無い。あるとすれば謎の干物と、多数の書物程度。簡素な防寒具や毛布など戦利品にもならないだろう。
全員を生け捕りにできても、せいぜい四百人。とても分配出来る数ではない。
そこへギリクと同等、もしくはそれ以上の恐怖をぶつけられた時、集団は集団として機能するのか。
指揮官の腕の見せ所になる。
彼女はテント群の中で、収容所に最も近い野営地の前に降り立つ。
もちろん、その陣地にいた者達は彼女の存在に気付いている。中には武装して様子を見ている者もいる。
『陣にいる者達、聞こえるか』
彼女の声が響く。
彼女は久しぶりに会った、収容所のカリスマを見て安心していた。
明晰な頭脳を持つメルディスなら、もうこの戦いに勝目が無い事など、とっくに気付いていたはずだ。
六の少女だった彼女が奇襲に失敗して、蜂起の序盤で敵戦力を撤退させられなかった時点で勝負はついていた事くらい、早い段階で気付いていただろう。
そして収容所と言う閉じられた場所に閉じ込められているという精神的圧迫は、生きる希望を急速に奪い取る。
並の指揮官なら収容所はパニックに陥り、とっくに同士討ちが始まっているはずだった。
ところが、いざその収容所を見ると、秩序はまったく失われていない。
なにしろ、あの人並み外れた小心者の十二の少女がまだ生きる事を手放さず、外敵に対して恐怖できるくらい正常な判断が出来ていたのだ。
メルディスと言う絶対のカリスマと、十二の少女の口から出てきた二三一という戦力が、まだこの収容所を支えていたのだ。
今度は間に合ったみたい。
そう思うだけで、彼女の胸は痛む。
まだ何か出来た訳ではない。これから行う事は、彼女と収容所の亜人達を決定的に離別させる事になる。それでも、彼女は折れずにいられる。
あとはあの時の失敗を取り返す事だけ。
それは最善とは言えない行動であり、場合によってはより大きく深い溝を築く事になるかもしれない。
が、それは些細な問題だ。
彼女は求めるモノを手に入れる為であれば、それ以外の全てを捨てる覚悟は出来ている。もう二度と巡ってこないはずの、挽回のチャンス。
彼女は翼手竜に乗ったまま、収容所の門を越える。
門の向こう、意外なくらい離れた所に野営地があった。
それぞれにテントが乱立し、相当数の人数が集まっている事が見て取れる。また、テントの集まっているところも区画分けされている。それは集まった研究所や暴動鎮圧の兵団など、勢力毎に分けられているのだろう。
冬の蜂起開始の時これだけ集まっていれば、と彼女は思う。
一見すると数が揃って戦いにならない様に思えるが、一つの指揮系統で集まった数では無く、それぞれが数を出し合った連合軍では実質戦力は数ほど機能しない。それどころか、集まった数が分散していれば一ヶ所に大打撃を与えるだけで簡単に無力化出来る。むしろ十分の一でも一枚岩の方が遥かに手強いのだ。
と思って、彼女は苦笑する。
戦術的に考えるとそうかもしれないが、ギリクという常識の通用しない絶対の恐怖が存在していれば、強引に一枚岩にする事が出来る。
集まった兵力が十分の一、集まった勢力数が十倍の烏合の衆であったとしても、外敵を遥かに上回る恐怖で指揮すれば良い。
指揮をギリクが取るのであればそれは一枚岩と言えるのだ。
あの時は、ただの護衛の兵力だったが、今回は亜人種と戦いに来た集団である。
二三一率いる直接戦力と対抗するための戦力と、メルディス率いる遠距離攻撃のバックアップにも耐えられる装備を身につけた、戦いに来た兵士達。
蜂起を始めた頃の彼女達なら、一度の奇襲を成功させたとしても勝つ事が出来るかわからない戦力が集まっていた。
目視で確認する限りでは、数は三千から五千。多くはあるが、多すぎるという数ではない。収容所の亜人の数が四百前後である事を考えると妥当な数字である。
二三一やメルディスは誇張でなく、一人で人間の兵士十人分以上の戦力である。全ての亜人がそうでなくても、十倍の兵力を揃えてきた。
が、数が揃えば揃うほど、恐怖だけでは統制出来なくなってくる。
何しろこの戦いの戦利品は、敵である亜人達しかない。収容所には大した金品も無い。あるとすれば謎の干物と、多数の書物程度。簡素な防寒具や毛布など戦利品にもならないだろう。
全員を生け捕りにできても、せいぜい四百人。とても分配出来る数ではない。
そこへギリクと同等、もしくはそれ以上の恐怖をぶつけられた時、集団は集団として機能するのか。
指揮官の腕の見せ所になる。
彼女はテント群の中で、収容所に最も近い野営地の前に降り立つ。
もちろん、その陣地にいた者達は彼女の存在に気付いている。中には武装して様子を見ている者もいる。
『陣にいる者達、聞こえるか』
彼女の声が響く。
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