生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

終わりを待つ日々 15

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「私としては、名前を持たずに魔術が使えたり、これまでの事で回復魔術を駆使されながら、今でもまだ効果が高いっていう事が驚きです」

 ウェンディーが回復の専門家の意見を言っている。

(何か、ルー先生にも似た事言われた事がある気がするけど、私って眼以外にもけっこうな特異体質なのね)

 彼女は改めてそう感じる。

「でも、足は再生させなかったんですか?」

「その前にも色々あって、何回か再生魔術のお世話になってましたから。医療を担当されていた先生が無理は出来ないという事で」

 本当は義足でギリクの意識を逸らす必要があったからでもあるのだが、結果としては再生魔術のお世話になり続ける事になったので、足を戻す事が出来なかったという事実は変わらない。

「再生魔術を、何回か?」

「そりゃスゲー。よく原形保ってるよな。しかも、今でも治癒魔術の効果もあるってんだから、尋常じゃねーな」

 驚くウェンディーと、同じ様に驚きながらも笑っているサラーマが彼女に言う。

「そうなの? まあ、そう言われてはいたけど」

「再生魔法ってのは、禁術一歩手前だからな。ただ、回復速度の違う体組織を正常に再生させるのは驚く程困難なんだよ。しかも、一回毎にそれぞれの部位に異なった抵抗がつくから、余計に回復速度が変わるんだ。二回目から原形を留めるのは、術者に桁外れの技量を要求する。三回以上となったら、まず人の姿に再生される事は無い」

 サラーマの言葉に、彼女は驚く。

 ルーディールも彼女の体質には驚いていたが、こうやって改めて説明されると、どれほど無茶してきたか分かる。しかもサラーマの例えは直接的なので、伝わりやすい。

「着きましたよ」

 イリーズが言うと、そこは古城からさほど離れていないところにある洞窟だった。

「この奥です。場合によっては熊とかが冬眠してるかも知れませんけど、その場合はサラーマに何とかしてもらいましょう」

「熊鍋か?」

「食べきれないから、追い払うくらいで良いですよ」

 イリーズは苦笑いしながら言う。

 古城でも散々腕自慢していたサラーマだが、本当に実力があるらしい。

「この洞窟の奥に『黒い剣』はあります。少し休みますか?」

「私は問題無いですよ。貴方の方が休憩が必要じゃないですか?」

 片足で杖をつきながら歩いているので、彼女は常人より体力を使う。しかし、彼女はその小柄で細身の体型からは考えられない体力の持ち主なので、この程度の距離で疲れる様な事は無い。

「僕も大丈夫です。それでは進みましょうか。サラーマ、灯りをお願いします」

「うっしゃ。俺って便利だよな」

 イリーズに言われ、サラーマ自身が発光して洞窟を照らす。

 洞窟の入口付近はともかく、奥へ入っていくと外ほど寒くなかった。これなら確かに、冬眠しようとする猛獣には都合が良いかもしれない。

 そうは言っても、この洞窟はそこまで広くも深くも無いので、すぐに最奥に着く。

「アレが『黒い剣』ですよ」

 イリーズの視線の先には、無造作に捨てられた黒い剣があった。

「コレ? 特に変わったところは無さそうですけど」

「触っちゃダメ!」

 彼女が普通に剣を拾おうとしたのを、ウェンディーが慌てて止める。

「それは力の塊なんです! そのまま持ち上げようとしたら、大変な事になります!」

「え? そうなんですか?」

 驚いているのはイリーズである。

「イリーズ、知らなかったのか?」

 サラーマが驚いて尋ねると、イリーズは頷く。

「僕はこの剣を見ているだけでしたから、触れた事は無かったんです。すいません、危険な目に合わせたみたいで」

「この剣が、そんなに強いんですか?」

 彼女は自身の身の危険にも実感が湧かないので、原因となっている剣の方を疑いたくなる。

「ちょっと待って下さい。今、結界を張りますから」

 ウェンディーが彼女に両手を向ける。

 淡い青い光りが、柔らかく彼女を包む。

「これは?」

「特殊な結界です。物理的な攻撃には弱いですが、魔術や呪いの類を遮断します。おそらくこれで守れると思いますが」

 ウェンディーは自信が無さそうに言う。

 剣では無く、使用者に結界を必要とするというのも、妙な事だ。

 彼女はそう思いながら、剣を拾う。

 僅かな違和感だったが、彼女はその危機感をもっと考えるべきだった。

 彼女が黒い剣を拾う為に柄を握った瞬間、ウェンディーの張っていた結界は砕かれ、彼女の手は吹き飛んだかの様な衝撃と、激痛が襲ってくる。

 しかし、それだけではない。

 両手を焼かれているかのような痛みだけではなく、圧倒的な恐怖が彼女を飲み込もうとする。

 それは黒く、どこまでも昏く、彼女を飲み込みにかかる。

 彼女は悲鳴を上げて剣を手放すと、すぐ近くに立っていたイリーズにしがみつく。

「無理だったみたいだな」

 恐怖に震え、怯えきっている彼女を見てサラーマが呟く。

 彼女がこれまでに恐怖を感じた事が無い訳では無いが、この剣の恐怖はこれまでに感じた恐怖とは桁や質が違う。

 説明の付かない、根源的な恐怖。その恐怖には説明のしようが無い。

 精神力と言う意味では、彼女ほど強い者はそう多くないはずだが、それでも一瞬にして恐怖に飲み込まれる事になった。

「大丈夫ですか?」

 イリーズは困惑しながら、彼女に尋ねる。

 声は聞こえるものの、その言葉が今の彼女には理解出来ない。

 心を砕かれ発狂寸前の彼女だったが、絶望的な暗闇の中にある一筋の光りを、極寒の吹雪の中でも失われない温もりの様なモノを感じ、ソレにしがみつく事でかろうじて自我を保っていた。
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