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第一章 世界の果てに咲く花
終わりを待つ日々 12
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「な、何かすいません」
イリーズ達が言葉を失う程の食べっぷりで、ふと我に返った彼女は恥じ入る様に言う。
「いえいえ、喜んでいただけたみたいで、作った甲斐もあります」
「ま、イリーズの野菜スープはマジで美味いからな。金取れるよ」
これに関してはサラーマも、真面目に頷いている。
頷いてはいるのだが、サラーマはテーブルの上に大の字になって、横になったままなので言葉や口調ほど真剣さが感じられない。
「イリーズさんに、聞きたい事があります」
「おう? 俺の時と口調が違わねーか?」
サラーマが抗議しているが、横になったままの妖精を彼女は無視する事にした。
「僕に答えられる事でしたら、答えますけど、さん付けはよして下さい。僕の事はイリーズと呼び捨てにして下さい。その方が僕もかしこまらずに済みますから」
「それじゃ、そうさせてもらいますけど」
とは言うものの、それはそれでこちらが困るのだが、相手がそれを望んでいるのなら、王族が相手であってもそれに合わせないといけない。
「私は防壁から落ちたはずなんですけど」
「そうですね。見に行きますか?」
「いや、そこにはあんまり興味が無いんですけど。それより西に街みたいなのが見えたんですけど」
「ありますよ。見に行きますか?」
そこには興味がある。あるのだが、さすがに王族とはいえ、連れが片足の亜人では迷惑がかかるだろう。
「どう言う事ですか?」
彼女が遠慮している理由に、イリーズは驚いて首を傾げる。
「え? だって、亜人種なんですよ?」
「そうですね。綺麗な瞳をしてますよ」
イリーズに言われ、彼女はキョトンとして目を見開く。
まったく予想外の事を言われて、情報を正しく受け入れられない。
(綺麗な、瞳? この眼が?)
これまで恐れられるだけだった、この金色の眼を褒められる事など無かった。この眼が彼女の外見の最大の特徴なので、彼女を見る者はまず恐怖の印象を持つ事が多かった。
その眼をイリーズは綺麗と言って褒めたのだ。
「どうかしましたか?」
「お前の殺し文句の不意打ちで固まってんだよ」
不思議そうなイリーズにサラーマが呆れながら言い、ウェンディーも苦笑いしている。
「殺し文句? 僕はそんな物騒な事を言ったんですか?」
「それが演じてる訳じゃないってのが、ある意味最大の問題なんだがな」
「イリーズ様の良いところですよ」
「はあ。出来れば僕にも分かる様に教えてもらいたいんですけど」
「後でな。今はそいつと会話中だっただろ?」
サラーマに言われ、イリーズは頷いた。
「この地が亜人と戦争していたのは、大昔の僕の祖先の話ですから。僕が生まれるだいぶ前までは亜人にも偏見があったみたいですが、今ではそういう事もありませんよ」
新たな情報が入って来たので、彼女も我に返る。
「え、でも呪いは? 壁の向こうでは壁を超えた大地は呪われていて、生きる事を許さない大地と恐れられてたんですけど」
「それも心配いりません。呪いの正体は大昔の戦いの、負の遺産でしかありませんから」
イリーズはさらりと答えるが、サラーマとウェンディーの表情が険しくなるのを、彼女は見逃さなかった。
ここで目を覚ました時に、サラーマは会話の中で僅かとはいえ本当の怒りを表に出した瞬間があった。
(呪いは、所長と関係がある?)
彼女がソレを尋ねる前に、イリーズがこの大地で起きた戦いの歴史を話す。
大まかに言えば、イリーズの祖先の王族と亜人が戦争していた時、禁呪を使って戦争どころでは無くなり、世界を分断する事で拡散を防いだ。その後、この地の人間と亜人は和解するに至ったと、そういう事だ。
つまり壁の向こうの迫害は、この地ではずっと前に終わった文化らしい。
ただし、その呪いの影響は王族が全て引き受けたため、イリーズは生まれながらにして呪いを受け、彼の代でこの地を収めていた王族の血族は途絶える事になった。
「先祖の責務を負わされるなんて、とんでもない話ですね」
「その先祖も他人の罪を背負っての事なんだから、もうどうしようもないお人好しの一族なんだよ」
彼女の言葉に、サラーマも呆れた様に頷いている。
「人の上に立つ者の責任から逃げなかったんですから、僕はご先祖様を誇りに思えるんですけど」
イリーズは本当に誇らしげに言う。
不健康そうなイリーズは、その先祖の責務によって生まれつき呪いを受けていた。それにもかかわらず先祖を誇るのだから、このお人好しの性格は正しく遺伝していると言える。
「実際に僕は街で迫害を受けている訳ではありませんから、王族としてはともかく、街の人達もご先祖様を悪くは思ってないみたいですよ」
「まあ、悪いのは禁呪をばら撒いた魔術師一人だしな」
サラーマはそういうが、彼女としてはイマイチ納得出来ない。
自分の陣営が引き起こした事とはいえ、その責任を王族が全て背負うと言うのは思い切りが良いという話では無い。それはその魔術師をのさばらせる結果になっただけではないのか?
その行動を取った事自体は、凄い事だとも、素晴らしい事だとも思う。
そうまでして戦いを止める覚悟。
自分はそこまでの覚悟を持って、あの亜人の一斉蜂起を成功させようとしていたか。
その覚悟があった、とは彼女は言えない。あくまでも自分が逃げるのに有利な状況を作るために騒ぎを起こし、それで逃げられると思っていた。
何があっても成功させる。どんな事があっても、収容所の外の戦力を追い返す。それがいかなる犠牲を払ってでも。
そこまで考えていなかった。
イリーズ達が言葉を失う程の食べっぷりで、ふと我に返った彼女は恥じ入る様に言う。
「いえいえ、喜んでいただけたみたいで、作った甲斐もあります」
「ま、イリーズの野菜スープはマジで美味いからな。金取れるよ」
これに関してはサラーマも、真面目に頷いている。
頷いてはいるのだが、サラーマはテーブルの上に大の字になって、横になったままなので言葉や口調ほど真剣さが感じられない。
「イリーズさんに、聞きたい事があります」
「おう? 俺の時と口調が違わねーか?」
サラーマが抗議しているが、横になったままの妖精を彼女は無視する事にした。
「僕に答えられる事でしたら、答えますけど、さん付けはよして下さい。僕の事はイリーズと呼び捨てにして下さい。その方が僕もかしこまらずに済みますから」
「それじゃ、そうさせてもらいますけど」
とは言うものの、それはそれでこちらが困るのだが、相手がそれを望んでいるのなら、王族が相手であってもそれに合わせないといけない。
「私は防壁から落ちたはずなんですけど」
「そうですね。見に行きますか?」
「いや、そこにはあんまり興味が無いんですけど。それより西に街みたいなのが見えたんですけど」
「ありますよ。見に行きますか?」
そこには興味がある。あるのだが、さすがに王族とはいえ、連れが片足の亜人では迷惑がかかるだろう。
「どう言う事ですか?」
彼女が遠慮している理由に、イリーズは驚いて首を傾げる。
「え? だって、亜人種なんですよ?」
「そうですね。綺麗な瞳をしてますよ」
イリーズに言われ、彼女はキョトンとして目を見開く。
まったく予想外の事を言われて、情報を正しく受け入れられない。
(綺麗な、瞳? この眼が?)
これまで恐れられるだけだった、この金色の眼を褒められる事など無かった。この眼が彼女の外見の最大の特徴なので、彼女を見る者はまず恐怖の印象を持つ事が多かった。
その眼をイリーズは綺麗と言って褒めたのだ。
「どうかしましたか?」
「お前の殺し文句の不意打ちで固まってんだよ」
不思議そうなイリーズにサラーマが呆れながら言い、ウェンディーも苦笑いしている。
「殺し文句? 僕はそんな物騒な事を言ったんですか?」
「それが演じてる訳じゃないってのが、ある意味最大の問題なんだがな」
「イリーズ様の良いところですよ」
「はあ。出来れば僕にも分かる様に教えてもらいたいんですけど」
「後でな。今はそいつと会話中だっただろ?」
サラーマに言われ、イリーズは頷いた。
「この地が亜人と戦争していたのは、大昔の僕の祖先の話ですから。僕が生まれるだいぶ前までは亜人にも偏見があったみたいですが、今ではそういう事もありませんよ」
新たな情報が入って来たので、彼女も我に返る。
「え、でも呪いは? 壁の向こうでは壁を超えた大地は呪われていて、生きる事を許さない大地と恐れられてたんですけど」
「それも心配いりません。呪いの正体は大昔の戦いの、負の遺産でしかありませんから」
イリーズはさらりと答えるが、サラーマとウェンディーの表情が険しくなるのを、彼女は見逃さなかった。
ここで目を覚ました時に、サラーマは会話の中で僅かとはいえ本当の怒りを表に出した瞬間があった。
(呪いは、所長と関係がある?)
彼女がソレを尋ねる前に、イリーズがこの大地で起きた戦いの歴史を話す。
大まかに言えば、イリーズの祖先の王族と亜人が戦争していた時、禁呪を使って戦争どころでは無くなり、世界を分断する事で拡散を防いだ。その後、この地の人間と亜人は和解するに至ったと、そういう事だ。
つまり壁の向こうの迫害は、この地ではずっと前に終わった文化らしい。
ただし、その呪いの影響は王族が全て引き受けたため、イリーズは生まれながらにして呪いを受け、彼の代でこの地を収めていた王族の血族は途絶える事になった。
「先祖の責務を負わされるなんて、とんでもない話ですね」
「その先祖も他人の罪を背負っての事なんだから、もうどうしようもないお人好しの一族なんだよ」
彼女の言葉に、サラーマも呆れた様に頷いている。
「人の上に立つ者の責任から逃げなかったんですから、僕はご先祖様を誇りに思えるんですけど」
イリーズは本当に誇らしげに言う。
不健康そうなイリーズは、その先祖の責務によって生まれつき呪いを受けていた。それにもかかわらず先祖を誇るのだから、このお人好しの性格は正しく遺伝していると言える。
「実際に僕は街で迫害を受けている訳ではありませんから、王族としてはともかく、街の人達もご先祖様を悪くは思ってないみたいですよ」
「まあ、悪いのは禁呪をばら撒いた魔術師一人だしな」
サラーマはそういうが、彼女としてはイマイチ納得出来ない。
自分の陣営が引き起こした事とはいえ、その責任を王族が全て背負うと言うのは思い切りが良いという話では無い。それはその魔術師をのさばらせる結果になっただけではないのか?
その行動を取った事自体は、凄い事だとも、素晴らしい事だとも思う。
そうまでして戦いを止める覚悟。
自分はそこまでの覚悟を持って、あの亜人の一斉蜂起を成功させようとしていたか。
その覚悟があった、とは彼女は言えない。あくまでも自分が逃げるのに有利な状況を作るために騒ぎを起こし、それで逃げられると思っていた。
何があっても成功させる。どんな事があっても、収容所の外の戦力を追い返す。それがいかなる犠牲を払ってでも。
そこまで考えていなかった。
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