生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

終わりを待つ日々 1

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 これは夢だ、と彼は感じた。

 ごく稀にだが、眠っている時に見る夢の中でも夢だと思う事がある。

 昔の記憶。昔の自分。

 夢の中だけの特殊な世界では無く、ただ過去の映像を見るだけの夢。

「よう、小僧。また来てるんだな」

 赤い光りが彼の前に現れる。

 赤い光りは柔らかく輝き、彼に話しかけてくる。

「よほどその剣が気に入ったのか?」

 赤い光りは陽気に言うが、彼は首を振る。

 この洞窟の奥にあった黒い剣。

 黒い剣はかつて色々な呼び名があったらしい。その時代によって『勝利の剣』『退魔の剣』『復讐者の剣』などと呼ばれていたと言う。

 しかし、この剣には正式名称は記されていない。

 名前には力と意味を与えられる。

 この黒い剣は名前を奪わないといけない程の武器だった。それは時に神の祝福であり、時に死に至る呪いであった。

「その剣を振れば、小僧も世界を破壊する魔王になれるぜ」

「あまり面白そうじゃないね」

 彼は苦笑い気味に答える。

 世界を破壊する魔王には興味も無い。生まれた時から呪いを受けた家系で、彼もそう長く生きられない事は約束されている。

 生きた証。

 それに魅力を感じる事は間違い無いが、だからといって世界を破壊する魔王と言うのはピンとこない。

「小僧は良い育てられ方したんだろうな」

 赤い光りがそう言うが、彼はずっと隔離されているので他とは比べられないため、それが良いのか悪いのかはわからない。

 ただ、自分の事をそこまで不幸と思わないのだから、良い育てられ方をしたのだろう。呪いによって長くは生きられない事も受け入れている。

「だとすると、この剣には用は無いんじゃないか?」

「見てるのが好きなんだよ」

 彼は赤い光りに答える。

 黒い剣は彼には無い存在だった。

 手にするだけで異常な強さを得られる剣。だが、これ単体ではただの剣でしかない。

 一方の彼はただ生きているだけの、一人の少年。一人で何もかもする事など出来ないが、黒い剣とは違い一人で行動出来る。

「そんな剣見てて面白いか? こう言うとなんだが、その剣って見栄えしないだろ?」

 赤い光が言う通り、黒い剣は彼が聞いた武勇伝の割には見栄えがしない。

 刀身から柄の先まで黒いが、艶は無く鈍い光りは剣を古臭く感じさせる。宝石などの飾りなどもなく、芸術品というより量産されている剣の刀身を長くして黒く塗っただけの珍しさのカケラも無い、ただ刃に当てて切るためだけの物。

 だが彼は、だからこそこの黒い剣に見入っていた。

 飾り付けた剣に、何の意味があるのか。

 この剣は想像を絶する血を流させてきた。それはこの剣の意思では無く、この剣を手にした者の意思。

 黒い剣は使う事をためらわせない。光り輝く宝剣では無く、切るためだけに作られた黒い剣は、手にした時に本来の目的を忘れさせない。

「かつてはそうかも知れないけどな。今じゃそいつは呪いの塊だ。そりゃそうだよな。どんな主義主張も、長年の修練もただその剣を持ったというだけで全て食い潰しているんだ。ソレに切られた連中は、さぞかし呪った事だろうな」

 赤い光りは彼に言う。

 武器に与えられる勝利の希薄さは、赤い光りの言う通りだと彼も思う。

 強い武器を持つ理由。実力で及ばないから強い武器に縋る事になった事実。それでも勝たねばならない目的。

 そのどれかを見失うだけで、使用される武器と使用者の立場は簡単に逆転される。使用者がいなければただあるだけの武器のはずが、武器に使われる側になる。使用者は自分が武器を使っているつもりだろうが、その武器を手にして戦いを求める様になっては武器に使われている。

 固有名詞を与えられた伝説の武器などは、場合によっては使用者より力を持ち後世に影響を与える。

 黒い剣もそのレベルの剣だった。

 だからこそ名前を奪われた。

 その存在を霞の中に封じられ、ただ持つだけで勝利を呼び込む呪いが伝わらない様に。剣がもたらす勝利は、目的が何であっても血を流させる事でしか得られない。その当たり前の事さえも忘れさせる事の無い様に。

 彼は黒い剣を見る。

 黒い剣はただ、洞窟の中にある。

 その刀身は黒く鈍く、呪いの剣にありそうな雰囲気と言うモノは無い。剣自体が店売りの剣のフォルムと変わらない。

「貴方は使わないの?」

 彼は赤い光りに尋ねる。

「俺? 俺は監視者だからな。剣や使い手を見る事や記す事が仕事で、剣を使う事が仕事じゃないからな。小僧が剣を使うんなら、俺が監視してやるよ」

「監視はちょっと勘弁してほしいな」

「まあ、俺もどうせなら美少女の方が良いもんな」

「それは申し訳無い。今度は女装して来る事にするよ」

「案外似合うかもな。色も白いし、華奢だしな」

 彼は苦笑いすると立ち上がる。

「帰るのか?」

「長居すると、乳母が心配するからね」

「そうだな。こんなところには長居するもんじゃない。大体、面白いモノが無い」

「君がいるよ」

「そりゃどうも。俺も話し相手が出来るのは悪くないから、また来いよ」

 洞窟から去る彼を、赤い光りは優しく送り出した。
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