31 / 85
第一章 世界の果てに咲く花
終わりを待つ日々 1
しおりを挟む
これは夢だ、と彼は感じた。
ごく稀にだが、眠っている時に見る夢の中でも夢だと思う事がある。
昔の記憶。昔の自分。
夢の中だけの特殊な世界では無く、ただ過去の映像を見るだけの夢。
「よう、小僧。また来てるんだな」
赤い光りが彼の前に現れる。
赤い光りは柔らかく輝き、彼に話しかけてくる。
「よほどその剣が気に入ったのか?」
赤い光りは陽気に言うが、彼は首を振る。
この洞窟の奥にあった黒い剣。
黒い剣はかつて色々な呼び名があったらしい。その時代によって『勝利の剣』『退魔の剣』『復讐者の剣』などと呼ばれていたと言う。
しかし、この剣には正式名称は記されていない。
名前には力と意味を与えられる。
この黒い剣は名前を奪わないといけない程の武器だった。それは時に神の祝福であり、時に死に至る呪いであった。
「その剣を振れば、小僧も世界を破壊する魔王になれるぜ」
「あまり面白そうじゃないね」
彼は苦笑い気味に答える。
世界を破壊する魔王には興味も無い。生まれた時から呪いを受けた家系で、彼もそう長く生きられない事は約束されている。
生きた証。
それに魅力を感じる事は間違い無いが、だからといって世界を破壊する魔王と言うのはピンとこない。
「小僧は良い育てられ方したんだろうな」
赤い光りがそう言うが、彼はずっと隔離されているので他とは比べられないため、それが良いのか悪いのかはわからない。
ただ、自分の事をそこまで不幸と思わないのだから、良い育てられ方をしたのだろう。呪いによって長くは生きられない事も受け入れている。
「だとすると、この剣には用は無いんじゃないか?」
「見てるのが好きなんだよ」
彼は赤い光りに答える。
黒い剣は彼には無い存在だった。
手にするだけで異常な強さを得られる剣。だが、これ単体ではただの剣でしかない。
一方の彼はただ生きているだけの、一人の少年。一人で何もかもする事など出来ないが、黒い剣とは違い一人で行動出来る。
「そんな剣見てて面白いか? こう言うとなんだが、その剣って見栄えしないだろ?」
赤い光が言う通り、黒い剣は彼が聞いた武勇伝の割には見栄えがしない。
刀身から柄の先まで黒いが、艶は無く鈍い光りは剣を古臭く感じさせる。宝石などの飾りなどもなく、芸術品というより量産されている剣の刀身を長くして黒く塗っただけの珍しさのカケラも無い、ただ刃に当てて切るためだけの物。
だが彼は、だからこそこの黒い剣に見入っていた。
飾り付けた剣に、何の意味があるのか。
この剣は想像を絶する血を流させてきた。それはこの剣の意思では無く、この剣を手にした者の意思。
黒い剣は使う事をためらわせない。光り輝く宝剣では無く、切るためだけに作られた黒い剣は、手にした時に本来の目的を忘れさせない。
「かつてはそうかも知れないけどな。今じゃそいつは呪いの塊だ。そりゃそうだよな。どんな主義主張も、長年の修練もただその剣を持ったというだけで全て食い潰しているんだ。ソレに切られた連中は、さぞかし呪った事だろうな」
赤い光りは彼に言う。
武器に与えられる勝利の希薄さは、赤い光りの言う通りだと彼も思う。
強い武器を持つ理由。実力で及ばないから強い武器に縋る事になった事実。それでも勝たねばならない目的。
そのどれかを見失うだけで、使用される武器と使用者の立場は簡単に逆転される。使用者がいなければただあるだけの武器のはずが、武器に使われる側になる。使用者は自分が武器を使っているつもりだろうが、その武器を手にして戦いを求める様になっては武器に使われている。
固有名詞を与えられた伝説の武器などは、場合によっては使用者より力を持ち後世に影響を与える。
黒い剣もそのレベルの剣だった。
だからこそ名前を奪われた。
その存在を霞の中に封じられ、ただ持つだけで勝利を呼び込む呪いが伝わらない様に。剣がもたらす勝利は、目的が何であっても血を流させる事でしか得られない。その当たり前の事さえも忘れさせる事の無い様に。
彼は黒い剣を見る。
黒い剣はただ、洞窟の中にある。
その刀身は黒く鈍く、呪いの剣にありそうな雰囲気と言うモノは無い。剣自体が店売りの剣のフォルムと変わらない。
「貴方は使わないの?」
彼は赤い光りに尋ねる。
「俺? 俺は監視者だからな。剣や使い手を見る事や記す事が仕事で、剣を使う事が仕事じゃないからな。小僧が剣を使うんなら、俺が監視してやるよ」
「監視はちょっと勘弁してほしいな」
「まあ、俺もどうせなら美少女の方が良いもんな」
「それは申し訳無い。今度は女装して来る事にするよ」
「案外似合うかもな。色も白いし、華奢だしな」
彼は苦笑いすると立ち上がる。
「帰るのか?」
「長居すると、乳母が心配するからね」
「そうだな。こんなところには長居するもんじゃない。大体、面白いモノが無い」
「君がいるよ」
「そりゃどうも。俺も話し相手が出来るのは悪くないから、また来いよ」
洞窟から去る彼を、赤い光りは優しく送り出した。
ごく稀にだが、眠っている時に見る夢の中でも夢だと思う事がある。
昔の記憶。昔の自分。
夢の中だけの特殊な世界では無く、ただ過去の映像を見るだけの夢。
「よう、小僧。また来てるんだな」
赤い光りが彼の前に現れる。
赤い光りは柔らかく輝き、彼に話しかけてくる。
「よほどその剣が気に入ったのか?」
赤い光りは陽気に言うが、彼は首を振る。
この洞窟の奥にあった黒い剣。
黒い剣はかつて色々な呼び名があったらしい。その時代によって『勝利の剣』『退魔の剣』『復讐者の剣』などと呼ばれていたと言う。
しかし、この剣には正式名称は記されていない。
名前には力と意味を与えられる。
この黒い剣は名前を奪わないといけない程の武器だった。それは時に神の祝福であり、時に死に至る呪いであった。
「その剣を振れば、小僧も世界を破壊する魔王になれるぜ」
「あまり面白そうじゃないね」
彼は苦笑い気味に答える。
世界を破壊する魔王には興味も無い。生まれた時から呪いを受けた家系で、彼もそう長く生きられない事は約束されている。
生きた証。
それに魅力を感じる事は間違い無いが、だからといって世界を破壊する魔王と言うのはピンとこない。
「小僧は良い育てられ方したんだろうな」
赤い光りがそう言うが、彼はずっと隔離されているので他とは比べられないため、それが良いのか悪いのかはわからない。
ただ、自分の事をそこまで不幸と思わないのだから、良い育てられ方をしたのだろう。呪いによって長くは生きられない事も受け入れている。
「だとすると、この剣には用は無いんじゃないか?」
「見てるのが好きなんだよ」
彼は赤い光りに答える。
黒い剣は彼には無い存在だった。
手にするだけで異常な強さを得られる剣。だが、これ単体ではただの剣でしかない。
一方の彼はただ生きているだけの、一人の少年。一人で何もかもする事など出来ないが、黒い剣とは違い一人で行動出来る。
「そんな剣見てて面白いか? こう言うとなんだが、その剣って見栄えしないだろ?」
赤い光が言う通り、黒い剣は彼が聞いた武勇伝の割には見栄えがしない。
刀身から柄の先まで黒いが、艶は無く鈍い光りは剣を古臭く感じさせる。宝石などの飾りなどもなく、芸術品というより量産されている剣の刀身を長くして黒く塗っただけの珍しさのカケラも無い、ただ刃に当てて切るためだけの物。
だが彼は、だからこそこの黒い剣に見入っていた。
飾り付けた剣に、何の意味があるのか。
この剣は想像を絶する血を流させてきた。それはこの剣の意思では無く、この剣を手にした者の意思。
黒い剣は使う事をためらわせない。光り輝く宝剣では無く、切るためだけに作られた黒い剣は、手にした時に本来の目的を忘れさせない。
「かつてはそうかも知れないけどな。今じゃそいつは呪いの塊だ。そりゃそうだよな。どんな主義主張も、長年の修練もただその剣を持ったというだけで全て食い潰しているんだ。ソレに切られた連中は、さぞかし呪った事だろうな」
赤い光りは彼に言う。
武器に与えられる勝利の希薄さは、赤い光りの言う通りだと彼も思う。
強い武器を持つ理由。実力で及ばないから強い武器に縋る事になった事実。それでも勝たねばならない目的。
そのどれかを見失うだけで、使用される武器と使用者の立場は簡単に逆転される。使用者がいなければただあるだけの武器のはずが、武器に使われる側になる。使用者は自分が武器を使っているつもりだろうが、その武器を手にして戦いを求める様になっては武器に使われている。
固有名詞を与えられた伝説の武器などは、場合によっては使用者より力を持ち後世に影響を与える。
黒い剣もそのレベルの剣だった。
だからこそ名前を奪われた。
その存在を霞の中に封じられ、ただ持つだけで勝利を呼び込む呪いが伝わらない様に。剣がもたらす勝利は、目的が何であっても血を流させる事でしか得られない。その当たり前の事さえも忘れさせる事の無い様に。
彼は黒い剣を見る。
黒い剣はただ、洞窟の中にある。
その刀身は黒く鈍く、呪いの剣にありそうな雰囲気と言うモノは無い。剣自体が店売りの剣のフォルムと変わらない。
「貴方は使わないの?」
彼は赤い光りに尋ねる。
「俺? 俺は監視者だからな。剣や使い手を見る事や記す事が仕事で、剣を使う事が仕事じゃないからな。小僧が剣を使うんなら、俺が監視してやるよ」
「監視はちょっと勘弁してほしいな」
「まあ、俺もどうせなら美少女の方が良いもんな」
「それは申し訳無い。今度は女装して来る事にするよ」
「案外似合うかもな。色も白いし、華奢だしな」
彼は苦笑いすると立ち上がる。
「帰るのか?」
「長居すると、乳母が心配するからね」
「そうだな。こんなところには長居するもんじゃない。大体、面白いモノが無い」
「君がいるよ」
「そりゃどうも。俺も話し相手が出来るのは悪くないから、また来いよ」
洞窟から去る彼を、赤い光りは優しく送り出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
婚約破棄は誰が為の
瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。
宣言した王太子は気付いていなかった。
この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを……
10話程度の予定。1話約千文字です
10/9日HOTランキング5位
10/10HOTランキング1位になりました!
ありがとうございます!!
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
『シナリオ通り』は難しい〜モブ令嬢シルクの奮闘記〜
桜よもぎ
ファンタジー
────シルク・フェルパールは、とある乙女ゲームでヒロインの隣になんとなく配置されがちな“モブ”である。
日本生まれ日本育ちの鈴水愛花はひょんなことから命を落とし、乙女ゲームのモブキャラクター、大国アルヴァティアの令嬢シルクに転生した。
乙女ゲームのファンとして、余計な波風を立てず穏やかなモブライフを送るべく、シルクは“シナリオ通り”を目指して動き出す。
しかし、乙女ゲームの舞台・魔法学園に入学してからわずか二日目にして、その望みは崩れていくことに……
シナリオをめちゃくちゃにしてくるヒロイン、攻略対象同士の魔法バトル勃発、お姫様のエスケープ、隣国王子の一目惚れプロポーズ─────一難去ってはまた一難。
これはモブ令嬢シルクが送る、イレギュラー続きの奮闘記。
【※本編完結済/番外編更新中】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる