生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

蜂起 4

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 四の少女の性格を考えれば、二三一の言う様な伝言を残している事も有り得ない訳では無い事はわかる。しかし、それだけで二三一を全面的に信用出来る様になるわけじゃない。

 この場にメルディスや四の少女がいて、信用を保障するといわれても、今日初めて会った人物にいきなり全てを委ねる事は、そうするしかないくらいに切羽詰った状況でないと、出来るはずもない。

「いい答えだ。そう簡単に信用してたら、成功するものも失敗する」

 二三一なりに、六の少女を試していたようだ。

「それじゃ、当たり障りの無い話をしよう。この収容所に亜人を集められている理由は知っているかい?」

「不死王伝説のせいでしょ? 不死王だか四天王だかが亜人だって聞いてるけど?」

「表向きにはね。その研究をしている機関はあるし、今まではそうだと信じられていたけど、はるか東の国で四天王『破壊』を宿した武器が見つかったらしい」

 二三一は神妙な話し声で言う。

 収容所の居残り組は見目麗しいだけではなく、魔術の適正が高く、頭脳も明晰な人物も多いが、収容所に隔離されているために世間の事に疎い。一方強制労働組は常に命の危険にさらされているものの、人間と同じところで仕事する事になるので、収容所の外の情報は居残り組より圧倒的に多く手に入る。

 二三一の話では、この収容所は世界の西側の国にある。

 今までは中央都と呼ばれる国が世界を統治していたらしいが、東の国が武力によって中央都に侵攻。それによって世界は戦争状態に突入したという。

 この亜人収容所は、最初は不死王研究の為の研究材料を集める事が目的だった。

 しかし世界の情勢が変わってきて、この亜人収容所は遠からず亜人による傭兵派遣所に様変わりする事になるという。

 今の強制労働組は近接戦用の戦力として、居残り組は魔術による遠距離、サポート組の戦力として派遣される予定らしい。

「だから、君みたいな特殊な亜人は貴重なんだよ。ところが、いざオークションという時に君は生死を彷徨っていた状態。所長は顔を潰された事になったから、虎の子の一人だった四番を手放す事になったみたいだよ」

「どう言う事? 四番って何か特別だったの?」

「まずは見た目の良さ。メルディスは特別ではあるけど、四番だって十分美人だっただろ? その上で四番は魔術の資質でもメルディス並みだったそうだよ。つまりこの収容所の亜人の中では、メルディスに匹敵する優秀な亜人だったわけだよ」

 そうは思えなかったが、考えてみると四番は十一、十二の獣人姉妹と比べるとこの施設を恐れている様では無かった。また、部屋にいる事の少ないメルディスの代わりに部屋の亜人達をまとめていたフシもある。

 ただ、この情報は思いのほか大きい。

 メルディスが他の亜人達の様に取引に使われない事は、六の少女も知っている。

 今回所長は目玉商品だった六の少女を客に見せる事が出来なかったために、虎の子と言える四の少女を手放す事になった。

 ボロボロにされたとはいえ、これは収容所に残るにはかなり有効な手段だった様だ。その上所長の顔に泥を塗る事さえ出来たほどだ。

 所長の雰囲気から考えれば、呼んだ連中を黙らせる事に手段を選ばず、力で解散させる事もでやりそうだが、意外なほど平等性を強調する性格なのでその辺りもこだわりがあるのかもしれない。

 だとしたら、それにつけ込まない手はない。

「戦争って、全国で起きてるの?」

「今は色んなところへ飛び火しているって言ってたよ。俺も詳しい事は分からないけど、東の国は中央都へ侵攻、南の国は南の国同士で争ってるそうだ」

「西側に即戦火が及ぶってわけじゃないのね」

「どうだろうな。西も小さい国や地方都市の集まりだから、いつ内戦状態になってもおかしくない。所長は顔の広い人だから、傭兵派遣会社はさぞかし儲かるだろうな。俺達の待遇も変わるかもしれない」

 二三一はそう言うが、本心からそう思っていない事は分かる。

 もしこの地方で傭兵派遣会社を始めたとして、亜人の役割は囮や壁役である。結局のところ死に至る戦いに放り込まれる事は間違い無い。

 そうやって派遣する亜人がいなくなった頃には、所長は大金持ちだろう。

「君なら乗っ取れるんじゃないかい?」

「無理よ。他の奴等ならともかく、所長の裏をかくってのは簡単じゃないわ」

「だよな。俺も所長には何回か会った事あるけど、あの人化け物だよな。見ただけで怖いのに、声までかけられたら逆らえないもんな」

 二三一は頷きながら言う。

 二三一は大柄で、長身のスパードより背も高く、体付きも大きい。腕力で言えば所長など問題にもならない様に見える。それでも声だけで反抗心を抑えられる。

 六の少女も色々話は聞いてみたが、所長の直接の暴力を受けた人物は圧倒的にごく少数であり、今の収容所では六の少女だけである。

 他の亜人達は所長のところに引き出される程大きな問題を起こしていない事もあるが、所長から直接恐怖を与えられなくても、十分に恐怖で抑えられていると言う事でもある。

 今は片足の六の少女が収容所内をウロウロするたびに、収容所内に所長の恐怖を植え付ける事にもなっていた。

 下手に逆らうと、片足は杖になる。

 それを目の前で見せられて、自分も同じ様になろうと思う者はまずいない。自分ならもっと上手くやれると思う亜人はいるかもしれないが、リスクを前面に出されては実行に移す事もためらわれる。

 自身が意図せずに、六の少女は所長の手先として亜人に恐怖を植え付ける事に手を貸していたらしい。

(いや、所長にはその意思があったんだろう。私は捕まえる時逃げ回ったから機動力を奪う為に足を奪ったと思ってたけど、所長はこれで私が大人しくなるとは思ってなかったみたいね。ワザと目立つ罰を与え、それでも行動の自由を与えたのはそういう事か)

 悔しいが、所長の方が一枚上手だと認めざるを得ない。

 本当に最初からそこまで考えていたかは分からないが、亜人達への恐怖の演出に六の少女が利用された事は、間違い無いのだから。

 とはいえ、それは諸刃の剣でもある。

 六の少女はそれでも折れていない事を、全員が知っている。だからこそ必要以上に恐れられ警戒もされているが、本人が宣伝しているわけでもないのに知名度は上がっている。

 良くも悪くも、収容所の中では『六の少女が何か起こす』と言う認識は、ほとんど全員が持っている考えである。

 六の少女はそれを企んでいるのだが、期待されるにしても警戒されるにしても、あまり注目されても動きづらい。

 なので今は『何か』以上の情報を与えるわけにはいかない。

 いずれメルディスと、この二三一には協力を要請しなければならないが、今は強制労働組でもそれなりに発言力のある二三一と接点を持てただけで良しとする。

 六の少女が完治するのは、早くても夏。その時期にはまだ動くわけには行かない。

 最悪、今回と同じ様な怪我をする事になる。

 最後まで上手くいってこそだが、そのどこで躓いても命の危険は避けられない。

(勝負は始まったばかり。一つ障害は超えたけど、まだまだ私には超えないといけない障害がある。油断は出来ないわ)



 六の少女の戦いは正にここからだった。

 六の少女に暴行を加えた所員の三人は、所長に呼ばれたものの実質お咎めなしだった。

 罰せられないとわかった所員達は、これまで警戒し続けていた六の少女が所長のお気に入りというわけではない事を知った結果となった。

 それからは事あるごとに六の少女への嫌がらせや暴行が行われる事になった。

 そこで大人しくしていれば、六の少女も他の亜人と同じという扱いになっただろうが、六の少女は徹底的に抵抗したため、頻繁に生死を彷徨う事にもなっていた。

 そのため所長は研究機関に六の少女を見せる事が何度も延期となり、最終的にはスパードの仕事の中に、六の少女に他の所員を近付けないという事が加わる事になった。

 だが、この時の六の少女の行動は居残り組の亜人達には明確なメッセージとして伝わる行動でもあった。

 彼女が暴行を受けた時は、他の亜人の少女達が本来なら受けるところを六の少女が肩代わりしていた事を、全員がわかっていた。

 六の少女は他の力の無い少女達を、身を挺して守ってくれていた。

 居残り組は全員がそう思っていた。

 それが六の少女の狙っていた事だと見抜いていたのはメルディスくらいであり、メルディスからは秘密の会話でそこまでしなくても皆は協力してくれると言われてはいたが、六の少女はギリギリまで亜人達を庇い続けた。

 彼女にとって重要なのは、庇ってきた亜人の少女達では無く、あくまでもメルディスの信頼を得なければ意味がなかったのだ。

 全てはその為に身を削り、命を賭けてきた。

 亜人の一斉蜂起の為に、何よりも必要な駒。それを用意出来ない限り、勝ち目どころか戦いを始める事さえ出来ない。

 メルディスの信頼を得る努力はしてきたが、六の少女はそれを実感出来ないでいた。
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