生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

収容所 12

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「六番、来い」

 夜中に寮の部屋を開けて、所員の一人が怒鳴ってくる。

 突然の所員の訪問は、寮ではさほど珍しい事では無い。

 基本的にはメルディスが呼び出される事が多いが、四の少女や十一の少女が呼び出される事はあった。

 今日やって来たのは三人の所員の男で、すでに酒に酔っている状態だった。

 所長が出発したその日の内にこれである。所員達がいかに自分勝手な行いに慣れているかが分かると言うものだ。

「六番、出て来い!」

 起きてはいるのだが、六の少女は焦らしていた。

 覚悟を決める時が来た。命を賭ける覚悟。

 不安になった四の少女が起こそうとした時、六の少女はのっそりと上体を起こす。

「こんな夜中に何か用?」

 六の少女は頭を掻きながら、迷惑そうに所員を睨む。

 その金色の目には、露骨な殺気が含まれている。

 そこには挑発の意味も込められていた。

 所長に恥をかかせるのは、何もこの亜人収容所で騒ぎを起こす事だけでは無く、相手が酔っ払いであれば、焚き付けるのは難しい事では無い。

「いいから、出て来い!」

「嫌です。夜怖くて一人でトイレにいけないなら、寝る前に行っといて」

 六の少女は手で払う様に言うと、三人の所員の内二人はバカ笑いしているが、六の少女を呼んでいる所員だけは表情を歪ませる。

「貴様、誰に向かって言っているか分かっているのか?」

 怒り心頭の所員を恐れ、十一、十二、四の少女は慌てて所員の進路を空ける為に部屋の隅に避難する。

 今夜はこの部屋にメルディスはいない。

 それも六の少女にとって行動に移しやすい条件だった。

「どちら様ですか? 私は名前を教えていただいた記憶がありませんので、貴方がどなたなのか存じませんけど」

 六の少女の口調に、二人の所員は爆笑しているが残る一人は、散々バカにされているのは分かるらしく怒り狂っている。

「調子に乗るなよ、亜人の小娘が!」

 部屋に入り込んで来た所員は六の少女の髪を掴むと、部屋の外へ引きずり出す。

(ここまで来れば、部屋には迷惑はかからないか)

 六の少女は部屋を出た後、怯える同室の少女達の様子を見る。

 ここまで怯えている状態で、あの亜人の少女達が所員と六の少女の間に割って入る様な行動を取る事は無い。

(それじゃ、仕上げといきますか)

 六の少女は覚悟を決めると、髪を掴む所員を睨みその手を払いのける。

 金色の瞳のプレッシャーは、十代の少女と言うより未知の肉食獣と同等であり、六の少女は自身の殺気を自在に操る特技を持っている。本人もどうやって身につけたのかは分かっていないが、これが今までに少女を助けてきた。

「亜人の小娘にビビッてんじゃないの」

 六の少女が杖の右足を踏み込むと、通常とは明らかに違う足音がなる。

 硬質な足音なのは当然なのだが、常に何か反抗してくると警戒している六の少女が、殺気を込めて睨み、しかも手を払うという行動も取っている。その上酔っていては、正常な判断など望めない。

 六の少女の右足の足音が、所員の男にはその音が六の少女が武器で攻撃してきたと思ったのだろう。

 慌てた所員の男は、警棒で六の少女を横殴りに殴りつける。

 反射的に腕でガードしたが、成人男性の警棒による力任せの一撃を少女の腕で防げるはずもない。

 六の少女は体勢を崩すが、その時に少女は右足を振って別の所員の脚を払う様な形になる。

 まったく偶然だったのだが、他の所員達も六の少女を警戒していた。心のどこかで恐れていた。その所員達から見ると、六の少女の右足は凶器に見えたのだろう。

 膝などの関節部があれば多少自由の利く武器として使えなくもないが、六の少女の右足は膝上から失われているので、義足を蹴り足として使うにも動かせる範囲はかなり狭い。

 スパードや戦いなれている者であればすぐに分かる事だが、この所員達は酔っているだけでなく、六の少女を恐るあまり正しく状況を判断出来ていない。

 今は所長もいないので、六の少女が武器を使って反撃に出た、と思い込んでいる。

 殺気が込められた目も、所員達を暴走させるには十分だった。

 足を払われたと思い込んだ所員は、とっさに警棒で六の少女を殴り倒す。

 やられる前にやらなくてはならない。

 所員がそれほど短絡的な行動に出たのは、酔いだけでは無い。六の少女は常に警戒されていたのだが、それを大々的に吹聴している人物もいた。

 六の少女ともめた女史である。

 六の少女が右足を失った時、目の前で見ていた女史だったが、元々精神的に病んでいたところがあり、あれから被害妄想に取り憑かれた様に、六の少女の危険性を所員に言って回っていたのだ。

 所長に相手にされなかっただけに、女史は所員がウンザリする程大騒ぎしていた。これがただ女史が騒いでいるだけなら大した問題にはならなかったが、その対象が六の少女だった為に笑って済ませる事が出来なかったという側面もあった。

 全員が恐れていた何か。それを女史が煽り立てていた。そうして膨らんだ恐怖と言う風船が、酒の勢いと足音、ちょっと当たった程度の義足と言う本来なら刺さるはずのない針に刺さって破裂したのだ。

 暴力の呼び水になったのは、むしろ二人目の暴力だった。

 六の少女が挑発した時も、挑発に乗って来たのは一人であり、後の二人は傍観者で、場合によっては暴走する一人を止める事も出来た。だが、暴走する二人を一人で止める事は出来ない。

 同じ様に恐れているのであれば、その一人も暴力に走るのは実に自然な流れである。

 四と十一の少女が部屋を出ようとした時、暴行を受けている六の少女が二人に手の平を向ける。

 それは一瞬であったが、二人に助けを求めているのではなく、二人を制止している様に見えたので、四と十一の少女は動きを止められた。

 結局メルディスが戻り、他の所員や寮の亜人達によって暴行が止められるまで、六の少女は三人の所員に警棒で殴られ続けた。

 所員達が取り押さえられた時、六の少女はすでに人としての原形を留めていない程、血塗れの肉塊に成り果てていた。
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