133 / 171
その大地、徐州
臧覇という男 5
しおりを挟む
「高順さーん、聞いていた話とすっごい違うんですけどぉ?」
「そう言ってくれるな、臧覇」
高順は困った様に頭を掻く。
徐州城に戻って呂布が詳細を説明すると、もっとも大きな反応を示したのは陳宮だった。
「劉備は本気で徐州を奪うつもりです」
陳宮は報告を聞いて、そう言った。
呂布軍に限らず、徐州にいる者であれば陳宮の軍略の才に疑問を持つ者はいない。
それは立場上対立する事の多い陳珪や、毛嫌いしている高順などにしても例外ではないのだが、さすがにこの時の陳宮の言葉には首を傾げていた。
元々徐州は劉備の手元にあった。
それを手放すきっかけを作ったのはまさに劉備自身であり、その後に呂布が劉備に返そうとした時にもそれを断り、小沛の小城に入るのを望んだのも劉備である。
今になってわざわざ劉備が徐州を手に入れようとしているのか、しかもこれほど回りくどい事をするのかが分からないと言った様子だった。
もちろん、呂布もそうである。
「この上は、内憂である臧覇を討ち、徐州を一枚岩にして迎え撃つ他ありません」
「臧覇であればわざわざ戦う必要は無く、こちらから同盟を申し入れればきっとそれを受け入れるだろう。戦うとなると、あの男は強い。曹操や劉備を迎え撃つ前に痛手を被る事になるぞ」
これに関しては単純に陳宮が嫌いだからと言う訳ではなく、個人的な付き合いがあるからこそ高順は臧覇の実力を高く評価している。
今の臧覇は一介の賊将でしかない立場であるが、高順の見立てでは呂布軍の武将の中で臧覇より確実に優っていると言えるのは呂布のみで、おそらく高順や張遼であっても手を焼く事になるだろう。
「今は無意味な戦を避け、兵馬を整え迎撃の準備を整えるべきではないのか?」
「否。内憂を抱えたまま迎撃の準備を整えたところで、戦力を集中出来ない以上、その戦力を分散させざるを得ない。それでは苦戦を招くのみ」
高順の主張を陳宮はまっこうから跳ね返す。
こう言う物言いに高順などは腹を立てる事になるのだが、陳宮の言い分は必ずしも陳宮の一方的な言い分を強行していると言う訳ではない。
その事が分かっているからこそ、高順は反論を封じられ、それだけに余計に頭に来るのだろう。
「臧覇討伐には、魏続、侯成、成廉に任せたい」
「無茶だ!」
陳宮の人選に、高順は即座に反対する。
「成廉はまだしも、魏続と侯成には充分な実戦経験が足りず、攻めてきた臧覇を迎え撃つと言うのならともかく、山城に潜む臧覇を討つのは至難。奉先自ら攻めない限り、返り討ちにあうだけだ」
「ふざけるな、高順! そんな賊将に劣ると言うか!」
いつもは陳宮と反目し、陳宮の言う事であれば何でも反対してやろうとする魏続なのだが、この時は高順の方に噛み付いた。
「お前が劣っていると言う訳ではない。敵が優れていると言っているのだ」
「ならば、総大将には呂布将軍にも出ていただく」
「……俺?」
陳宮の言葉に、呂布は驚く。
「はっ。将軍の武名は徐州どころか、漢全土に轟いております。実際に兵を率いて戦うつもりが無かったとしても、その武威のみで威圧する事も出来ましょう。またそれであれば魏続、侯成、成廉も武勲を立てやすくなるはず」
高順は反対し続けたのだが、魏続達がやる気になっていると言う事と陳宮には何かしら別の考えがあるらしく、その事を含む事を言い出したので張遼達も様子を見る様になり、そのまま出兵が決定した。
もちろんそれらの事全てを高順は臧覇に伝えたわけではなかったが、臧覇は別の情報源を持っているらしく、高順が訪ねてきた時には出兵の事を知っていたのである。
実際のところ、臧覇自身の見栄えで言えば徐州城に出入りしていてもおかしくない。
立場で言えば泰山を不法占拠している山賊の類なのだが、小奇麗に整えた身なりは身だしなみなどに気を遣っているのは一目見てわかる。
もし見た目だけで言うのであれば、実際には山賊扱いを受けている臧覇より高順などの方がよっぽど賊に見えるくらいだった。
また、武人特有の威圧感もそこまで強くなく、何故こんなところで山賊をしているのか不思議なくらいに教養を身に付け、育ちの良さを感じさせるところも多い。
おそらく徐州城で見かけた場合、臧覇である事を知っていなければ徐州軍の武将か、あるいは城に出入りしている富豪の息子と思われる事だろう。
もしかすると臧覇はそうやって身分を偽り、情報を得ているのかも知れない。
そんな人物でありながら、臧覇の武勇や戦術眼は高順や張遼に劣らず、陳宮に言った通り臧覇と戦って勝てる武将は呂布や陳宮と言った、ごく僅かな人物だけである。
「なあ、臧覇。ここは戦わずに降伏してはもらえないか?」
高順は拒否される事をわかっていながら、そう提案してみた。
その提案を聞いた臧覇は、複雑な表情を浮かべて考え込む。
「それは……」
「ああ、無理を言っている事は分かっている」
「……格好良いですかね?」
眉を寄せ、真剣な表情で高順に尋ねる。
「……あ?」
「戦わずして呂布軍に降ると言うのは、格好良いと言えますか?」
「価値観の違いはあると思うが、まぁ、格好良……くは無いかな?」
「じゃ、降りません」
臧覇はあっさりと答える。
「……お前、それで良いのか?」
「え? 高順さんは何で武将をやっているんですか? 女にモテる為でしょう?」
さも当然と言わんばかりで驚いている臧覇に、高順も驚かされる。
「いや、別にそれは……。と言うより、お前、山賊なんだから女くらいいくらでも手に入るだろう?」
「違うんですよ、そう言う事じゃ無いんです」
臧覇は真面目な表情で言う。
「俺はただ女を侍らせたいとかそんな事じゃなく、好かれたいんですよ!」
拳を振り上げんばかりに、臧覇は力説する。
「……臧覇、モテないのか?」
「違います! モテないんじゃ無いんです! ちょっと縁がないだけです!」
ダメらしい。
見た目には悪くないし、武勇にも優れ、しかも賊とはいえ自らの勢力を持つ臧覇だが、言われてみると確かに周りに女の気配を感じない。
堅物である張遼にも女っ気は無いのだが、それは本人が避けていると言う事もある為で、徐州の女性達からは熱い視線を向けられている。
「賊になったのも、悪徳官吏から貧しい者達を守る為で、それが俺の中では格好良いと思ったんですが、何故か寄ってくるのは男ばかりだったんですよ」
「その妻子がいたんじゃないか?」
「だから、女であれば誰でも良いから侍らせたいとかじゃなくて、俺の事を本気で好きな女性がたくさん欲しいんです!」
「あー、まぁ、まったく分からない話じゃないけど、けっこう手に余るから止めといた方が良いぞ」
「え? 何ですか、その言い方。まるで何人も侍らせてきたみたいな感じじゃないですか」
臧覇は高順を睨む。
「俺の周りは割とそんな感じだぞ? 侠客とは言っても、官吏から見たら賊と変わらないからなぁ。荒っぽいのが集まると、やっぱ女も呼ぼうって事になるし」
「なるし?」
「いや、だからその辺からちょっと呼んでくると言うか……」
「何て人だ! あんた、極悪人だ! 人さらいは最低だ!」
「いや、攫ってくるわけではなくて、あくまでも有志を募ると言うかそう言う感じでだな」
「……なるほど、そう言う事ですか」
何が違うのかはいまいち高順にはわからなかったが、臧覇は納得しているらしく何度も頷いている。
「臧覇もやってみればいいじゃないか」
「イケますかね?」
「呂布軍に入ればイケるかも」
「えー? 呂布軍って、男臭い印象が強いんですが?」
「奉先の奥方は美人だぞ? 娘の方も見た目は悪くない。見た目だけで言えば、軍師も美人だぞ」
「……良いっすね」
臧覇の口調が変わる。
「だろ? だったら戦わずに呂布軍に降伏しろよ」
「それは無理ッスね。格好悪いから」
そこは譲らない臧覇である。
その美学は嫌いでは無いが、そう言う事だから女性から敬遠されていたりしないのかとも高順は思う。
とはいえ、これも臧覇らしさなのだろうと思って、あえてその事は黙っておいく事にした。
出来る事なら穏便に済ませたいと思って来た高順だったが、臧覇の方にも退くつもりはないと分かり、高順もこれ以上の情報漏洩は出来ないと考えて臧覇の元を離れる事にする。
その時に臧覇旗下の武将である孫観に会った。
「これは、陥陣営の高順さん。相変わらず口説きに来たのかい?」
「フラレ続きだがな」
高順は笑いながら言う。
「高順さん。呂布軍が出兵すると聞いたが、本当かい?」
「耳が早いな。戦いたくないから、呂布軍に降ってくれと頼みに来たんだが、ダメだったよ」
高順は笑うが、孫観は複雑な表情を浮かべる。
「どうした?」
「来るのは呂布将軍自身かい?」
「さすがにそれには答えられない。悪く思うな」
「まぁ、それは仕方がないか。でも高順さん、あんたは見た目の割に良い人だから一つ忠告しておくよ。戦場で臧覇と会ったら、逃げた方が良い」
「ほう、それほどの豪傑か」
「豪傑と言っていいかは分からないが、アレだから寄ってきた女も離れていくとだけ言っておくよ」
去り際に孫観は高順にそう言ったのだが、高順がその話を呂布達に伝える前に事件は起きた。
呂布軍による臧覇討伐が決定した事に焦った蕭建が、武功を独り占めしようと楊奉達の残した元袁術軍二万の兵を率いて、独断で臧覇討伐に向かったのである。
元々蕭建は武勇に優れてはいるものの、その事を鼻にかけた傲慢な性格は、同じく傲慢な者の多い袁術軍にあっても際立っていたので、厄介者として軍の中枢から遠ざけられていた人物であった。
それ故に楊奉の副将として配されたのだが、その事にたいする不満も今回の暴走を招く一因となっていた。
もう一つ。
傲慢な性格の蕭建は、臧覇の事をただの山賊と侮っていた。
また元袁術軍の兵士達も優れた装備を持っているものの、練度で言えば呂布軍はもちろん、弱小と言われる徐州軍と比べても劣ると言う事実を認めようとしない。
自分達の弱点を知らず、また敵である臧覇を侮って相手の事を知ろうともしない蕭建に対し、臧覇は十分な対策を取っていたのだろう。
蕭建は二万の兵を率いていたにも関わらず、数千の臧覇を相手に敗れただけでなく、討ち取られたのである。
それは、出兵していた呂布軍に臧覇討伐の口実を与える事にほかならないのだが、今回は同行している陳宮には臧覇の真意が分かった。
臧覇は蕭建を討ち取りながらも、二万の兵は逃げるに任せて追撃しようとはせず泰山に引き返している。
わざわざ呂布軍に大義名分を与え、充分な兵数を残してやる理由はただ一つ。
呂布軍に『かかって来い』と挑発しているのである。
「そう言ってくれるな、臧覇」
高順は困った様に頭を掻く。
徐州城に戻って呂布が詳細を説明すると、もっとも大きな反応を示したのは陳宮だった。
「劉備は本気で徐州を奪うつもりです」
陳宮は報告を聞いて、そう言った。
呂布軍に限らず、徐州にいる者であれば陳宮の軍略の才に疑問を持つ者はいない。
それは立場上対立する事の多い陳珪や、毛嫌いしている高順などにしても例外ではないのだが、さすがにこの時の陳宮の言葉には首を傾げていた。
元々徐州は劉備の手元にあった。
それを手放すきっかけを作ったのはまさに劉備自身であり、その後に呂布が劉備に返そうとした時にもそれを断り、小沛の小城に入るのを望んだのも劉備である。
今になってわざわざ劉備が徐州を手に入れようとしているのか、しかもこれほど回りくどい事をするのかが分からないと言った様子だった。
もちろん、呂布もそうである。
「この上は、内憂である臧覇を討ち、徐州を一枚岩にして迎え撃つ他ありません」
「臧覇であればわざわざ戦う必要は無く、こちらから同盟を申し入れればきっとそれを受け入れるだろう。戦うとなると、あの男は強い。曹操や劉備を迎え撃つ前に痛手を被る事になるぞ」
これに関しては単純に陳宮が嫌いだからと言う訳ではなく、個人的な付き合いがあるからこそ高順は臧覇の実力を高く評価している。
今の臧覇は一介の賊将でしかない立場であるが、高順の見立てでは呂布軍の武将の中で臧覇より確実に優っていると言えるのは呂布のみで、おそらく高順や張遼であっても手を焼く事になるだろう。
「今は無意味な戦を避け、兵馬を整え迎撃の準備を整えるべきではないのか?」
「否。内憂を抱えたまま迎撃の準備を整えたところで、戦力を集中出来ない以上、その戦力を分散させざるを得ない。それでは苦戦を招くのみ」
高順の主張を陳宮はまっこうから跳ね返す。
こう言う物言いに高順などは腹を立てる事になるのだが、陳宮の言い分は必ずしも陳宮の一方的な言い分を強行していると言う訳ではない。
その事が分かっているからこそ、高順は反論を封じられ、それだけに余計に頭に来るのだろう。
「臧覇討伐には、魏続、侯成、成廉に任せたい」
「無茶だ!」
陳宮の人選に、高順は即座に反対する。
「成廉はまだしも、魏続と侯成には充分な実戦経験が足りず、攻めてきた臧覇を迎え撃つと言うのならともかく、山城に潜む臧覇を討つのは至難。奉先自ら攻めない限り、返り討ちにあうだけだ」
「ふざけるな、高順! そんな賊将に劣ると言うか!」
いつもは陳宮と反目し、陳宮の言う事であれば何でも反対してやろうとする魏続なのだが、この時は高順の方に噛み付いた。
「お前が劣っていると言う訳ではない。敵が優れていると言っているのだ」
「ならば、総大将には呂布将軍にも出ていただく」
「……俺?」
陳宮の言葉に、呂布は驚く。
「はっ。将軍の武名は徐州どころか、漢全土に轟いております。実際に兵を率いて戦うつもりが無かったとしても、その武威のみで威圧する事も出来ましょう。またそれであれば魏続、侯成、成廉も武勲を立てやすくなるはず」
高順は反対し続けたのだが、魏続達がやる気になっていると言う事と陳宮には何かしら別の考えがあるらしく、その事を含む事を言い出したので張遼達も様子を見る様になり、そのまま出兵が決定した。
もちろんそれらの事全てを高順は臧覇に伝えたわけではなかったが、臧覇は別の情報源を持っているらしく、高順が訪ねてきた時には出兵の事を知っていたのである。
実際のところ、臧覇自身の見栄えで言えば徐州城に出入りしていてもおかしくない。
立場で言えば泰山を不法占拠している山賊の類なのだが、小奇麗に整えた身なりは身だしなみなどに気を遣っているのは一目見てわかる。
もし見た目だけで言うのであれば、実際には山賊扱いを受けている臧覇より高順などの方がよっぽど賊に見えるくらいだった。
また、武人特有の威圧感もそこまで強くなく、何故こんなところで山賊をしているのか不思議なくらいに教養を身に付け、育ちの良さを感じさせるところも多い。
おそらく徐州城で見かけた場合、臧覇である事を知っていなければ徐州軍の武将か、あるいは城に出入りしている富豪の息子と思われる事だろう。
もしかすると臧覇はそうやって身分を偽り、情報を得ているのかも知れない。
そんな人物でありながら、臧覇の武勇や戦術眼は高順や張遼に劣らず、陳宮に言った通り臧覇と戦って勝てる武将は呂布や陳宮と言った、ごく僅かな人物だけである。
「なあ、臧覇。ここは戦わずに降伏してはもらえないか?」
高順は拒否される事をわかっていながら、そう提案してみた。
その提案を聞いた臧覇は、複雑な表情を浮かべて考え込む。
「それは……」
「ああ、無理を言っている事は分かっている」
「……格好良いですかね?」
眉を寄せ、真剣な表情で高順に尋ねる。
「……あ?」
「戦わずして呂布軍に降ると言うのは、格好良いと言えますか?」
「価値観の違いはあると思うが、まぁ、格好良……くは無いかな?」
「じゃ、降りません」
臧覇はあっさりと答える。
「……お前、それで良いのか?」
「え? 高順さんは何で武将をやっているんですか? 女にモテる為でしょう?」
さも当然と言わんばかりで驚いている臧覇に、高順も驚かされる。
「いや、別にそれは……。と言うより、お前、山賊なんだから女くらいいくらでも手に入るだろう?」
「違うんですよ、そう言う事じゃ無いんです」
臧覇は真面目な表情で言う。
「俺はただ女を侍らせたいとかそんな事じゃなく、好かれたいんですよ!」
拳を振り上げんばかりに、臧覇は力説する。
「……臧覇、モテないのか?」
「違います! モテないんじゃ無いんです! ちょっと縁がないだけです!」
ダメらしい。
見た目には悪くないし、武勇にも優れ、しかも賊とはいえ自らの勢力を持つ臧覇だが、言われてみると確かに周りに女の気配を感じない。
堅物である張遼にも女っ気は無いのだが、それは本人が避けていると言う事もある為で、徐州の女性達からは熱い視線を向けられている。
「賊になったのも、悪徳官吏から貧しい者達を守る為で、それが俺の中では格好良いと思ったんですが、何故か寄ってくるのは男ばかりだったんですよ」
「その妻子がいたんじゃないか?」
「だから、女であれば誰でも良いから侍らせたいとかじゃなくて、俺の事を本気で好きな女性がたくさん欲しいんです!」
「あー、まぁ、まったく分からない話じゃないけど、けっこう手に余るから止めといた方が良いぞ」
「え? 何ですか、その言い方。まるで何人も侍らせてきたみたいな感じじゃないですか」
臧覇は高順を睨む。
「俺の周りは割とそんな感じだぞ? 侠客とは言っても、官吏から見たら賊と変わらないからなぁ。荒っぽいのが集まると、やっぱ女も呼ぼうって事になるし」
「なるし?」
「いや、だからその辺からちょっと呼んでくると言うか……」
「何て人だ! あんた、極悪人だ! 人さらいは最低だ!」
「いや、攫ってくるわけではなくて、あくまでも有志を募ると言うかそう言う感じでだな」
「……なるほど、そう言う事ですか」
何が違うのかはいまいち高順にはわからなかったが、臧覇は納得しているらしく何度も頷いている。
「臧覇もやってみればいいじゃないか」
「イケますかね?」
「呂布軍に入ればイケるかも」
「えー? 呂布軍って、男臭い印象が強いんですが?」
「奉先の奥方は美人だぞ? 娘の方も見た目は悪くない。見た目だけで言えば、軍師も美人だぞ」
「……良いっすね」
臧覇の口調が変わる。
「だろ? だったら戦わずに呂布軍に降伏しろよ」
「それは無理ッスね。格好悪いから」
そこは譲らない臧覇である。
その美学は嫌いでは無いが、そう言う事だから女性から敬遠されていたりしないのかとも高順は思う。
とはいえ、これも臧覇らしさなのだろうと思って、あえてその事は黙っておいく事にした。
出来る事なら穏便に済ませたいと思って来た高順だったが、臧覇の方にも退くつもりはないと分かり、高順もこれ以上の情報漏洩は出来ないと考えて臧覇の元を離れる事にする。
その時に臧覇旗下の武将である孫観に会った。
「これは、陥陣営の高順さん。相変わらず口説きに来たのかい?」
「フラレ続きだがな」
高順は笑いながら言う。
「高順さん。呂布軍が出兵すると聞いたが、本当かい?」
「耳が早いな。戦いたくないから、呂布軍に降ってくれと頼みに来たんだが、ダメだったよ」
高順は笑うが、孫観は複雑な表情を浮かべる。
「どうした?」
「来るのは呂布将軍自身かい?」
「さすがにそれには答えられない。悪く思うな」
「まぁ、それは仕方がないか。でも高順さん、あんたは見た目の割に良い人だから一つ忠告しておくよ。戦場で臧覇と会ったら、逃げた方が良い」
「ほう、それほどの豪傑か」
「豪傑と言っていいかは分からないが、アレだから寄ってきた女も離れていくとだけ言っておくよ」
去り際に孫観は高順にそう言ったのだが、高順がその話を呂布達に伝える前に事件は起きた。
呂布軍による臧覇討伐が決定した事に焦った蕭建が、武功を独り占めしようと楊奉達の残した元袁術軍二万の兵を率いて、独断で臧覇討伐に向かったのである。
元々蕭建は武勇に優れてはいるものの、その事を鼻にかけた傲慢な性格は、同じく傲慢な者の多い袁術軍にあっても際立っていたので、厄介者として軍の中枢から遠ざけられていた人物であった。
それ故に楊奉の副将として配されたのだが、その事にたいする不満も今回の暴走を招く一因となっていた。
もう一つ。
傲慢な性格の蕭建は、臧覇の事をただの山賊と侮っていた。
また元袁術軍の兵士達も優れた装備を持っているものの、練度で言えば呂布軍はもちろん、弱小と言われる徐州軍と比べても劣ると言う事実を認めようとしない。
自分達の弱点を知らず、また敵である臧覇を侮って相手の事を知ろうともしない蕭建に対し、臧覇は十分な対策を取っていたのだろう。
蕭建は二万の兵を率いていたにも関わらず、数千の臧覇を相手に敗れただけでなく、討ち取られたのである。
それは、出兵していた呂布軍に臧覇討伐の口実を与える事にほかならないのだが、今回は同行している陳宮には臧覇の真意が分かった。
臧覇は蕭建を討ち取りながらも、二万の兵は逃げるに任せて追撃しようとはせず泰山に引き返している。
わざわざ呂布軍に大義名分を与え、充分な兵数を残してやる理由はただ一つ。
呂布軍に『かかって来い』と挑発しているのである。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
妖狐連環譚
井上 滋瑛
歴史・時代
後漢末期、世情、人心は乱れ、妖魔や妖怪の類を招いていた。司徒に就く王允は後世の悪評を恐れ、妓女であり愛妾でもある貂蝉を使って徐栄の籠絡して、朝廷を牛耳る董卓を除こうと計っていた。
一方で当の貂蝉は旧知の妖魔に、王允から寵愛受けながらも感じる空しさや生きる事の悲哀を吐露する。そんな折にかつて生き別れていた、元恋人の呂布と再会する。
そして呂布は自身が抱えていた過去のしこりを除くべく、貂蝉に近付く。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる