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彷徨える龍
知略と言う名の翼 1
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「そんな事が許されるはずもない! 袁紹め、信義を知らぬにもほどがある!」
呂布の境遇を知り、まるで自分の事のように怒っているのは張邈である。
呂布が張邈と出会ったのは、ほぼ偶然と言えたが必然でもあった。
袁紹軍に居場所が無くなった呂布としては、移動するべき方向の選択肢が南にしか残されていなかった。
向かう先の候補に挙がったのは、妻である厳氏の故郷である徐州や、今や日の出の勢いで領地を押さえている曹操などが挙がったが、どちらも親袁紹派である事を考えると受け入れてもらえない事は十分に考えられる。
むしろ袁術、袁紹と言う袁家の勢力は漢の現状において飛び抜けた巨大勢力であり、それと事を構えようとする勢力の方が少ないのは当然の事だった。
どうしようもなく途方に暮れているところ、張邈軍の兵が彷徨える呂布軍を発見して報告した結果、張邈は呂布を快く迎えてくれた。
反袁紹派と言う数少ない勢力と言う事もあったが、張邈の困っている者を放っておけない性格は広く知られている。
申し訳ないとは思ったものの、行くあての無い呂布は張邈の好意に甘える事にした。
とはいえ、もしここで張邈の兵に出会っていなかったとしても、頼るところの候補として早い段階で張邈の名は挙がっていた事だろう。
と言うより、張邈以外となると、袁紹軍を突き破って北上して公孫瓚を頼ると言う現実味の無い候補しか無かった。
張邈は長安での政変を知っていたものの、それからここまでの間にどんな事があったのか興味を示して、呂布に尋ねた。
呂布もこれから世話になると言う事もあって、おおよその事を説明しようとしたのだが、成廉や宋憲の他、魏続なども加わって袁紹軍の暴虐とも言える不義理を並べ立てる。
魏続が言うには、呂布達賊軍討伐だけでなく公孫瓚戦への援軍に対しても袁紹軍は扱いが酷かったらしい。
袁術軍の援軍である郝萌はともかく、呂布軍である魏続と侯成にはえらく高圧的で、必要性が疑われる様な雑務を押し付けられていたと言う。
ただ、彷徨っている時にもそう言う話は聞いていたのだが、魏続による被害状況は徐々に大きくなっていっている。
実際に同じところにいた侯成からも似た話は聞いているので実際にあった理不尽なのだろうが、魏続と侯成の話ではかなり違いが出てきていた。
「袁紹様自身は悪く無い方なのですが、とにかく周りが自分勝手と言うか、足の引っ張り合いが凄まじい事になっていますから」
「いや、それも統括出来ていない袁紹の責任だ。あいつは以前、連合軍の盟主をやっていたときにもいい顔をするだけで統括出来てはいなかったからな」
宋憲は以前の主君を擁護していたが、張邈は腕を組んで不満そうにそんな事を言う。
「大体あいつは連合軍が何も結果を出せなかった時、責任を取らねばならないはずだった。もちろん副盟主である袁術もそうなんだが、あいつらは揃いも揃って何も責任を取らず、それどころか諸侯同士の対立を煽って領土を拡大しているくらいだ。名門とは名ばかりの賊だと言ってもいい」
個人的にも相当な恨みがあるのか、と呂布が思ってしまうくらい張邈は袁紹の事が気に入らないようだった。
口調から陽人の戦いの事を言っているみたいだが、だとすると袁紹と張邈の関係悪化の原因を探っていくのは自分の首を絞める事になる恐れもある。
そう判断して、呂布はその事を追求しない事にした。
張邈の袁紹に対する反感はともかく、張邈軍が呂布軍を見つけて迎え入れた事にはまったく別の理由もあった。
張邈は曹操と旧知の仲であり、お互いに何かあった場合には親の面倒を見る約束さえしているほどだと言う。
その曹操はこれまで能力の高さを活かせる環境に無く流浪を余儀なくされていたが、ついに地盤を得るにいたり、故郷の父親を自分のところに招く事を計画していると張邈は語った。
「まったく無関心で興味の欠片も無さそうに見えて、孟徳はあれで親思いの良いヤツなんだよ。先年母親を亡くして以来、ずっと父親の事は気にかけていたみたいだからなぁ」
張邈の語る曹操像は、正直に言うと呂布の抱いていた曹操の印象と違っていた。
曹操と言う人物は、その地味で覚えにくい外見とは裏腹に様々な噂には事欠かない人物でもあり、董卓の暗殺に失敗した後、父親の友人を殺してその財を奪ったとさえ言われるほどである。
事の真偽に関しては呂布が知る事は出来ないが、曹操には若い頃に『北門の鬼』と言われたほど、それこそ血も涙も無い様な裁きを行っていた時代もあったと聞く。
洛陽にいた頃、呂布は曹操自身に確認した事があったが、曹操は肯定はしなかったものの強く否定する事も無かった。
その時の印象から、曹操であれば両親ですら自分の利益の為に利用してもおかしくないと思っていたところはあったが、張邈が言うには身内に対しての情の深さは相当なものだそうだ。
それだけに今回の父親を呼ぶ事は、周りが思っている以上に重大な事であり、張邈も万全を期す為に周囲を調査していたところ、呂布軍を早期に見つける事が出来たらしい。
が、弟の張超も同じ考えとは言えないようで、兄のそうした行動には不満があるように見える。
ちょっと暑苦しさもある兄と違って、張超は曹操の事をそこまで信用していない。
それは反董卓連合の時からだったらしく、今回の事も兄である張邈は純粋に親思いからの行動だと信じて疑っていないみたいだが、張超は対外的な政治的宣伝効果を狙っての事だと思っている。
それでも今や曹操の勢力は侮り難く、曹操に対して強く出る事が出来ないと言う。
「……まぁ、曹操さんを手放しで信用出来ないと言うのは、まったく分からない話では無いですけどね」
張遼が小声で呂布に言う。
曹操に気に入られていたと言う事もあって、張遼の方が呂布より曹操と行動を共にしていた時間が長い。
外見から何を考えているか読み取れないと言う事もあるが、何より曹操と言う人物が人並み外れた策士である為、疑いだしたらキリがないと張遼は言う。
張邈もその考えに至ったらしく、曹操に対して全面的な信頼を寄せているのだが、張超の方はキリがないくらいに疑っているらしい。
世話になる立場では強くも言えないのだが、中々面倒な事になっているところである。
「いやいや、呂布将軍が気にするような事は無い」
「さすがに一方的にご好意に甘えると言うのは……」
「ならば、間もなくやって来る予定である孟徳の父上殿を迎える為の警備に協力してもらおうかな。天下無双の名将呂布殿の名を聞けば、皆が恐れて立ち向かってこないでしょうから」
「兄上、冗談が過ぎます」
がっはっは、と豪快に笑う張邈を張超が諌める。
「兄上、酒でも飲んでいるのですか? お客人である呂布将軍への非礼、目に余ります」
「お気になさらずに。さしたる非礼を受けたわけでもありませんので」
呂布は笑いながら張超に言う。
「ほら見ろ、将軍は天下の名将。器のデカさが違う」
「そこに甘えたらダメでしょう」
調子の良い兄に対して、どこまでも冷静で現実的な弟である。
「ただで好意に甘えるのが心苦しいと言うのであれば、近くの張楊殿を尋ねられては? 最近董昭と言う人物が袁紹旗下から離脱して幕下に加わったと聞きます。以前は親袁紹派だったのですが、最近では一線を引いているみたいですので」
「……ちょっと会いづらいですね」
呂布は苦笑いする。
何しろ呂布は、張楊軍の豪傑であった穆順を打ち破っている。
「そんな事は誰も気にしていないよ。むしろ将軍が協力してくれると言うのであれば、喜んで迎えるだろう」
張邈は笑いながら言う。
呂布は不安であったが張遼や宋憲も頷いているので、忙しそうな張邈の元を離れ、ひとまず張楊の元に頼る事にする。
「何かあったら、いつでも俺を頼ってくれて構わないから。将軍であれば大歓迎だ」
別れ際に張邈は呂布の手を取ってそう言い、張超も頷いている。
そんな感動的な別れを済ませた呂布と張邈だったが、領地を出る前に呂布は呼び戻される事になった。
受け入れ先であった張楊の元に、どこから聞きつけたのか長安の李傕から呂布の捕縛命令が出ていると言う知らせが、張超の元へ届いたのだ。
張楊としては、張邈と張超の兄弟に頼まれた事もあって呂布を受け入れてもいいと思っていたようだが、李傕と旧董卓軍の獰猛さは恐怖の対象であり、形式だけとはいえ漢王朝からの正式な命令でもある。
それを断ると言うのであれば、こちらも正式な理由を用意しなければならない。
良いように振り回されているだけでは、と魏続は多少不満らしいが頼ったのはこちらであり、何より黙っていれば簡単に騙して捕らえる事も出来たはずの張楊がわざわざ李傕の企みを教えてきたのは、助けを求めての事である。
「奉先、張邈に毒されたか?」
「いや、高さん。呂布将軍のお人好しは前からですよ」
高順と張遼はそんな事を言うが、魏続と違って不満に思っている訳ではなさそうだった。
呂布達が張邈のところへ戻ると、そこには張楊からの使者ではなく張楊本人が張邈達と共に呂布を待っていた。
「おお、これは呂布将軍。初めまして、張楊稚叔と申します」
「初めまして。呂布奉先です」
「将軍のご高名はかねてより耳にしておりました。今にして思えば……」
「呂布殿。李傕のヤツが困らせているみたいで、助けてやってもらえないか?」
話が長くなると思ったのか、張邈が横から口を出してくる。
「ええ、道中にお伺いしました。ですが、董卓四天王筆頭は樊稠将軍のはず。李傕が何か言って来ても気にする事もないでしょう」
「いや、将軍のお持ちの情報から状況は大きく変わっています」
兄の張邈は時勢に詳しくなく、張楊では無駄に話が長くなると察したのか、張超が説明をはじめる。
まず四天王の張済だが、独断で呂布の追撃を行い、しかも返り討ちにあった為に失脚。都を追われ、南下して山賊まがいな事に明け暮れていると言う。
当然その後は樊稠が牛耳ると思われていたのだが、馬騰と韓遂の西涼軍と劉焉の益州軍の連合軍が長安に攻め込んできた。
それを樊稠が中心となって迎撃してその地位を磐石のものにしたと思われたのだが、同郷であった韓遂を故意に逃がしたと嫌疑をかけられ、敵と内通したとして殺害されたと言う。
それによって現在長安を収めるのは、李傕と郭汜の両名となった。
だが李傕と郭汜にかつての董卓ほど求心力があるはずもなく、また王允のような卓越した政治能力も無く、それどころか敵と内通したとされる樊稠と比べてさえ武才、人望共に及ぶべくもないほどである。
その為、長安ではすでに李傕と郭汜は反目しあい、大いに荒れているという。
張楊への呂布捕縛命令も、李傕が郭汜に対して優位に立つ為に呂布を自軍へ引き入れようとしているか、あるいは董卓暗殺の犯人を捕らえたとして人望を得ようという策だろう、と張超は予測していた。
それでも張楊軍には李傕軍の相手はあまりにも厳しく、李傕の申し出を正面から突っぱねる事は難しい。
「そう言う事であれば、俺が一筆したためましょう」
呂布はそう提案する。
「と、言うと?」
「さほど難しく考える事はありませんよ。俺が張楊殿のところにいるのが分かっているのなら迎えに来い、と言う書状を送ります。話を聞く限り、おそらく李傕は軍を動かしては来ないでしょう。それでは郭汜に対して無防備になりますから。また、張楊殿が強く反発する事も今の李傕にとっては面白くないはず。俺の書状が届けば、李傕は命令を取り下げてくるでしょう」
「なるほど、確かに。ですが、もし本当に迎えに来られた場合はどうするのです?」
「その時は、素直に従いますよ。俺自身の提案なのですから」
張超の質問に、呂布は迷う事無く答える。
世話になる以上の迷惑はかけられない、と言うのが呂布の基本的な考え方でもある。
張遼に言わせると『お人好し』なのだろうが、ほぼ無意識で呂布はそう言う行動を取っていた。
「素晴らしい! 呂布将軍、私は感動しました!」
張楊が感極まった様子で叫び、呂布の手を取る。
「は、はい?」
「私は自分の保身ばかりを考えていましたが、呂布将軍のお言葉で目が覚めました。李傕、何する者ぞ! 呂布将軍の身柄、この張楊が責任もってお預かりいたします」
「いやいや張楊殿。張楊殿は李傕対策をしておいて下さい。呂布将軍の身柄は、この張邈が責任もってお預かりしましょう。天下の名将を李傕如きに裁かせたりはしません!」
張楊だけでなく張邈も、必要以上に熱くなっているらしい。
「……何事で?」
「呂布将軍の堂々たる態度に、我々は敬服しているのですよ。将軍、貴方こそ正に名将。人々が『人中の呂布』と称えるのも分かった気がします」
張超にまでそう言われ、呂布は眉を寄せる。
俺、何かすごい事を言ったか?
本人だけが分かっていない状況ではあったが、呂布は張邈の世話になる事で落ち着き、張楊は呂布の書状を長安へ送る事に決定した。
李傕がそれに対する返書を送ってくるより早く、より深刻な事件が発生する。
曹操の父や弟を含む、曹一族が徐州で暗殺されたのである。
呂布の境遇を知り、まるで自分の事のように怒っているのは張邈である。
呂布が張邈と出会ったのは、ほぼ偶然と言えたが必然でもあった。
袁紹軍に居場所が無くなった呂布としては、移動するべき方向の選択肢が南にしか残されていなかった。
向かう先の候補に挙がったのは、妻である厳氏の故郷である徐州や、今や日の出の勢いで領地を押さえている曹操などが挙がったが、どちらも親袁紹派である事を考えると受け入れてもらえない事は十分に考えられる。
むしろ袁術、袁紹と言う袁家の勢力は漢の現状において飛び抜けた巨大勢力であり、それと事を構えようとする勢力の方が少ないのは当然の事だった。
どうしようもなく途方に暮れているところ、張邈軍の兵が彷徨える呂布軍を発見して報告した結果、張邈は呂布を快く迎えてくれた。
反袁紹派と言う数少ない勢力と言う事もあったが、張邈の困っている者を放っておけない性格は広く知られている。
申し訳ないとは思ったものの、行くあての無い呂布は張邈の好意に甘える事にした。
とはいえ、もしここで張邈の兵に出会っていなかったとしても、頼るところの候補として早い段階で張邈の名は挙がっていた事だろう。
と言うより、張邈以外となると、袁紹軍を突き破って北上して公孫瓚を頼ると言う現実味の無い候補しか無かった。
張邈は長安での政変を知っていたものの、それからここまでの間にどんな事があったのか興味を示して、呂布に尋ねた。
呂布もこれから世話になると言う事もあって、おおよその事を説明しようとしたのだが、成廉や宋憲の他、魏続なども加わって袁紹軍の暴虐とも言える不義理を並べ立てる。
魏続が言うには、呂布達賊軍討伐だけでなく公孫瓚戦への援軍に対しても袁紹軍は扱いが酷かったらしい。
袁術軍の援軍である郝萌はともかく、呂布軍である魏続と侯成にはえらく高圧的で、必要性が疑われる様な雑務を押し付けられていたと言う。
ただ、彷徨っている時にもそう言う話は聞いていたのだが、魏続による被害状況は徐々に大きくなっていっている。
実際に同じところにいた侯成からも似た話は聞いているので実際にあった理不尽なのだろうが、魏続と侯成の話ではかなり違いが出てきていた。
「袁紹様自身は悪く無い方なのですが、とにかく周りが自分勝手と言うか、足の引っ張り合いが凄まじい事になっていますから」
「いや、それも統括出来ていない袁紹の責任だ。あいつは以前、連合軍の盟主をやっていたときにもいい顔をするだけで統括出来てはいなかったからな」
宋憲は以前の主君を擁護していたが、張邈は腕を組んで不満そうにそんな事を言う。
「大体あいつは連合軍が何も結果を出せなかった時、責任を取らねばならないはずだった。もちろん副盟主である袁術もそうなんだが、あいつらは揃いも揃って何も責任を取らず、それどころか諸侯同士の対立を煽って領土を拡大しているくらいだ。名門とは名ばかりの賊だと言ってもいい」
個人的にも相当な恨みがあるのか、と呂布が思ってしまうくらい張邈は袁紹の事が気に入らないようだった。
口調から陽人の戦いの事を言っているみたいだが、だとすると袁紹と張邈の関係悪化の原因を探っていくのは自分の首を絞める事になる恐れもある。
そう判断して、呂布はその事を追求しない事にした。
張邈の袁紹に対する反感はともかく、張邈軍が呂布軍を見つけて迎え入れた事にはまったく別の理由もあった。
張邈は曹操と旧知の仲であり、お互いに何かあった場合には親の面倒を見る約束さえしているほどだと言う。
その曹操はこれまで能力の高さを活かせる環境に無く流浪を余儀なくされていたが、ついに地盤を得るにいたり、故郷の父親を自分のところに招く事を計画していると張邈は語った。
「まったく無関心で興味の欠片も無さそうに見えて、孟徳はあれで親思いの良いヤツなんだよ。先年母親を亡くして以来、ずっと父親の事は気にかけていたみたいだからなぁ」
張邈の語る曹操像は、正直に言うと呂布の抱いていた曹操の印象と違っていた。
曹操と言う人物は、その地味で覚えにくい外見とは裏腹に様々な噂には事欠かない人物でもあり、董卓の暗殺に失敗した後、父親の友人を殺してその財を奪ったとさえ言われるほどである。
事の真偽に関しては呂布が知る事は出来ないが、曹操には若い頃に『北門の鬼』と言われたほど、それこそ血も涙も無い様な裁きを行っていた時代もあったと聞く。
洛陽にいた頃、呂布は曹操自身に確認した事があったが、曹操は肯定はしなかったものの強く否定する事も無かった。
その時の印象から、曹操であれば両親ですら自分の利益の為に利用してもおかしくないと思っていたところはあったが、張邈が言うには身内に対しての情の深さは相当なものだそうだ。
それだけに今回の父親を呼ぶ事は、周りが思っている以上に重大な事であり、張邈も万全を期す為に周囲を調査していたところ、呂布軍を早期に見つける事が出来たらしい。
が、弟の張超も同じ考えとは言えないようで、兄のそうした行動には不満があるように見える。
ちょっと暑苦しさもある兄と違って、張超は曹操の事をそこまで信用していない。
それは反董卓連合の時からだったらしく、今回の事も兄である張邈は純粋に親思いからの行動だと信じて疑っていないみたいだが、張超は対外的な政治的宣伝効果を狙っての事だと思っている。
それでも今や曹操の勢力は侮り難く、曹操に対して強く出る事が出来ないと言う。
「……まぁ、曹操さんを手放しで信用出来ないと言うのは、まったく分からない話では無いですけどね」
張遼が小声で呂布に言う。
曹操に気に入られていたと言う事もあって、張遼の方が呂布より曹操と行動を共にしていた時間が長い。
外見から何を考えているか読み取れないと言う事もあるが、何より曹操と言う人物が人並み外れた策士である為、疑いだしたらキリがないと張遼は言う。
張邈もその考えに至ったらしく、曹操に対して全面的な信頼を寄せているのだが、張超の方はキリがないくらいに疑っているらしい。
世話になる立場では強くも言えないのだが、中々面倒な事になっているところである。
「いやいや、呂布将軍が気にするような事は無い」
「さすがに一方的にご好意に甘えると言うのは……」
「ならば、間もなくやって来る予定である孟徳の父上殿を迎える為の警備に協力してもらおうかな。天下無双の名将呂布殿の名を聞けば、皆が恐れて立ち向かってこないでしょうから」
「兄上、冗談が過ぎます」
がっはっは、と豪快に笑う張邈を張超が諌める。
「兄上、酒でも飲んでいるのですか? お客人である呂布将軍への非礼、目に余ります」
「お気になさらずに。さしたる非礼を受けたわけでもありませんので」
呂布は笑いながら張超に言う。
「ほら見ろ、将軍は天下の名将。器のデカさが違う」
「そこに甘えたらダメでしょう」
調子の良い兄に対して、どこまでも冷静で現実的な弟である。
「ただで好意に甘えるのが心苦しいと言うのであれば、近くの張楊殿を尋ねられては? 最近董昭と言う人物が袁紹旗下から離脱して幕下に加わったと聞きます。以前は親袁紹派だったのですが、最近では一線を引いているみたいですので」
「……ちょっと会いづらいですね」
呂布は苦笑いする。
何しろ呂布は、張楊軍の豪傑であった穆順を打ち破っている。
「そんな事は誰も気にしていないよ。むしろ将軍が協力してくれると言うのであれば、喜んで迎えるだろう」
張邈は笑いながら言う。
呂布は不安であったが張遼や宋憲も頷いているので、忙しそうな張邈の元を離れ、ひとまず張楊の元に頼る事にする。
「何かあったら、いつでも俺を頼ってくれて構わないから。将軍であれば大歓迎だ」
別れ際に張邈は呂布の手を取ってそう言い、張超も頷いている。
そんな感動的な別れを済ませた呂布と張邈だったが、領地を出る前に呂布は呼び戻される事になった。
受け入れ先であった張楊の元に、どこから聞きつけたのか長安の李傕から呂布の捕縛命令が出ていると言う知らせが、張超の元へ届いたのだ。
張楊としては、張邈と張超の兄弟に頼まれた事もあって呂布を受け入れてもいいと思っていたようだが、李傕と旧董卓軍の獰猛さは恐怖の対象であり、形式だけとはいえ漢王朝からの正式な命令でもある。
それを断ると言うのであれば、こちらも正式な理由を用意しなければならない。
良いように振り回されているだけでは、と魏続は多少不満らしいが頼ったのはこちらであり、何より黙っていれば簡単に騙して捕らえる事も出来たはずの張楊がわざわざ李傕の企みを教えてきたのは、助けを求めての事である。
「奉先、張邈に毒されたか?」
「いや、高さん。呂布将軍のお人好しは前からですよ」
高順と張遼はそんな事を言うが、魏続と違って不満に思っている訳ではなさそうだった。
呂布達が張邈のところへ戻ると、そこには張楊からの使者ではなく張楊本人が張邈達と共に呂布を待っていた。
「おお、これは呂布将軍。初めまして、張楊稚叔と申します」
「初めまして。呂布奉先です」
「将軍のご高名はかねてより耳にしておりました。今にして思えば……」
「呂布殿。李傕のヤツが困らせているみたいで、助けてやってもらえないか?」
話が長くなると思ったのか、張邈が横から口を出してくる。
「ええ、道中にお伺いしました。ですが、董卓四天王筆頭は樊稠将軍のはず。李傕が何か言って来ても気にする事もないでしょう」
「いや、将軍のお持ちの情報から状況は大きく変わっています」
兄の張邈は時勢に詳しくなく、張楊では無駄に話が長くなると察したのか、張超が説明をはじめる。
まず四天王の張済だが、独断で呂布の追撃を行い、しかも返り討ちにあった為に失脚。都を追われ、南下して山賊まがいな事に明け暮れていると言う。
当然その後は樊稠が牛耳ると思われていたのだが、馬騰と韓遂の西涼軍と劉焉の益州軍の連合軍が長安に攻め込んできた。
それを樊稠が中心となって迎撃してその地位を磐石のものにしたと思われたのだが、同郷であった韓遂を故意に逃がしたと嫌疑をかけられ、敵と内通したとして殺害されたと言う。
それによって現在長安を収めるのは、李傕と郭汜の両名となった。
だが李傕と郭汜にかつての董卓ほど求心力があるはずもなく、また王允のような卓越した政治能力も無く、それどころか敵と内通したとされる樊稠と比べてさえ武才、人望共に及ぶべくもないほどである。
その為、長安ではすでに李傕と郭汜は反目しあい、大いに荒れているという。
張楊への呂布捕縛命令も、李傕が郭汜に対して優位に立つ為に呂布を自軍へ引き入れようとしているか、あるいは董卓暗殺の犯人を捕らえたとして人望を得ようという策だろう、と張超は予測していた。
それでも張楊軍には李傕軍の相手はあまりにも厳しく、李傕の申し出を正面から突っぱねる事は難しい。
「そう言う事であれば、俺が一筆したためましょう」
呂布はそう提案する。
「と、言うと?」
「さほど難しく考える事はありませんよ。俺が張楊殿のところにいるのが分かっているのなら迎えに来い、と言う書状を送ります。話を聞く限り、おそらく李傕は軍を動かしては来ないでしょう。それでは郭汜に対して無防備になりますから。また、張楊殿が強く反発する事も今の李傕にとっては面白くないはず。俺の書状が届けば、李傕は命令を取り下げてくるでしょう」
「なるほど、確かに。ですが、もし本当に迎えに来られた場合はどうするのです?」
「その時は、素直に従いますよ。俺自身の提案なのですから」
張超の質問に、呂布は迷う事無く答える。
世話になる以上の迷惑はかけられない、と言うのが呂布の基本的な考え方でもある。
張遼に言わせると『お人好し』なのだろうが、ほぼ無意識で呂布はそう言う行動を取っていた。
「素晴らしい! 呂布将軍、私は感動しました!」
張楊が感極まった様子で叫び、呂布の手を取る。
「は、はい?」
「私は自分の保身ばかりを考えていましたが、呂布将軍のお言葉で目が覚めました。李傕、何する者ぞ! 呂布将軍の身柄、この張楊が責任もってお預かりいたします」
「いやいや張楊殿。張楊殿は李傕対策をしておいて下さい。呂布将軍の身柄は、この張邈が責任もってお預かりしましょう。天下の名将を李傕如きに裁かせたりはしません!」
張楊だけでなく張邈も、必要以上に熱くなっているらしい。
「……何事で?」
「呂布将軍の堂々たる態度に、我々は敬服しているのですよ。将軍、貴方こそ正に名将。人々が『人中の呂布』と称えるのも分かった気がします」
張超にまでそう言われ、呂布は眉を寄せる。
俺、何かすごい事を言ったか?
本人だけが分かっていない状況ではあったが、呂布は張邈の世話になる事で落ち着き、張楊は呂布の書状を長安へ送る事に決定した。
李傕がそれに対する返書を送ってくるより早く、より深刻な事件が発生する。
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かつて、倒幕運動を行っていた坂本龍馬はマッカーサーに目を付けられる。
東京で再会した『土佐勤王党』や『新選組』と手を組み、政府軍との戦いに闘志を燃やす龍馬と仁。
政府軍1万に対し、反乱軍1000名。
今、侍の魂を駆けた戦いの火蓋が切って落とされた━━━━━━。
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