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洛陽動乱

陽人の戦い ~汜水関~ 3

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「これはこれは、大した武勲も無いのに偉そうにふんぞり返っているのが板についてきた胡軫将軍ではありませんか」

 汜水関に戻って来た徐栄は、残っていた胡軫に向かって笑顔で言う。

 一瞬で血が昇った胡軫だったが、徐栄に掴みかかろうとしたところで、思い止まったどころか逆にニヤリと笑う。

「いやいや、調子に乗って突撃したまでは良いが、我が副将のお陰で命からがら逃げ帰ってきた徐栄将軍には及びません」

「あぁ?」

 先に喧嘩を売ってきた徐栄だったが、胡軫に切り返されていきなりキレそうになっている。

「何だ、コラ、あぁ?」

「てめぇこそ何だ、コラ、おぉ?」

「殺されてえのか、あぁ?」

「そっちこそ殺されてえのか、おぉ?」

 額を突き合わせて胡軫と徐栄は威嚇し合っているが、間に華雄が入って二人を止めている。

 本来であれば徐栄と共に出撃して、同じように生還を果たした武将である李蒙りもうが徐栄を止めるべきなのだが、李蒙は徐栄と比べて常識が身についているのか体力に余裕が無いのか、胡軫にも徐栄にも近寄ろうとはしなかった。

 もっとも李蒙がいたからこそ、乱戦の中で討ち取った敵武将が衛茲であると言う事を知る事が出来たのだから、情報収集や情報量では徐栄より上と言えるだろう。

「まあまあ、じゃれあうのはその辺にして、軍議やりましょうや、軍議。まだまだ獲物は山ほどいる訳ですからなぁ」

 華雄が諌めているのか煽っているのか分からない口調で、徐栄と胡軫に言う。

「あぁ?」

 徐栄と胡軫は華雄を睨みつけるが、華雄はまったく意に介さない。

 集団戦の徐栄にしても、一騎打ちの胡軫にしても、それは董卓軍内での評価であり華雄の様な外様はその中に含まれていない。

 しかし、華雄は徐栄と胡軫の長所を足したより優れている事を知っているので、今更この二人に対して腹を立てるまでもないのだ。

 徐栄と胡軫はお互いに殴りかかろうとしているのだが、華雄に邪魔され、結局何も出来ないまま軍議の席につく事になった。

「ご苦労様です、徐栄将軍」

「いやいや、大した事じゃありませんや。何だったらそこの口だけ将軍と代わってやっても良いんですがね」

「率いる兵も持たない奴は必要無い」

「あぁん? 率いる事も出来ない奴が何言ってやがる」

 呂布はねぎらいの言葉をかけるのだが、それでも徐栄と胡軫はやり合っている。

「呂布将軍、軍議を始めましょう」

 華雄は、今回は止める気は無いらしくそんな事を言っている。

 まあ確かに徐栄と胡軫の事に固執しては、話が進まない。

「今はとにかく連合から都を守る事が最優先ですから」

 呂布はそう言うと、張遼に地図を広げさせる。

 この場に参加した武将は、総大将である呂布を始め、胡軫、華雄、張遼、李粛といった最初から防衛に当てられた武将の他にも、初戦の接触の情報提供のために徐栄と李蒙、将軍位には無いと言うのにごく自然に高順も参加している。

 地図の上に張遼や高順、李粛が調べた連合軍の布陣の駒を並べていく。

「俺は董卓軍に参加して間がないので全員の実力を知っている訳ではないが、今日見せてもらった限りでは、率直なところ連合軍と比べて董卓軍の方が個々の能力は優れていると思う」

 呂布はもめている徐栄と胡軫をとりあえず放置して、そう切り出す。

 そうする事で程度の低い言い争いをしている場合ではないと言う事を二人も気付いたらしく、おとなしく自分の席について呂布の話に耳を傾ける。

「だが、それだけでどうにか出来る差ではない事は、皆が分かっていると思う」

 漢軍を統括している董卓ではあるが、漢軍を全て掌握していると言う訳ではない。

 特に朱儁、張温ちょうおん、皇甫嵩と言った漢の武将達に大軍を任せた場合、その大軍ごと反董卓連合に協力しようとするかも知れない。

 また、それを恐れて今から漢の武将達を処断しようとした場合には、それを暴発させる事も有り得る。

 既に袁隗と袁家に連なる者を処断しているので、その事に関する反発も大きい。

 万事丸く収めようと手を回していた李儒の方針が、ここでは失策となっていると言わざるを得ない。

 もっともそれは李儒の政策と言うよりは、董卓の方に問題があるのだが、今はそれを言っても仕方が無い。

「初戦において鮑信軍に甚大な被害を与える事が出来た。それは徐栄将軍の武勲によるところが大きい事は、ここにいる武将達全員が分かっている事だろう」

「総大将、それは……」

 胡軫が言いかけたところを、呂布は制する。

「だが、徐栄将軍の被った被害は大きい。一度戻って部隊を再編して、再度参戦するかどうかは相国や軍師の指示を受けて欲しい。今回の初戦の行動も、総大将である俺ではなく上層部からの指示であったのだろう。守備兵に徐栄将軍の部隊を補充する余剰が無い事は、理解して欲しい」

 呂布が言うと、徐栄は満足気に頷いている。

 自尊心が強過ぎる徐栄としては、階位が上の呂布が低姿勢を示しているのが心地良いのだろう。

 呂布はそれで厄介払いが出来れば安いものだと思っているのだが、張遼は露骨に表情を険しくさせている。

 こういうところでは、張遼は頑固で応用が効かない為に周りとの軋轢を生む事が多い。

 実は呂布自身も詳しく無かったのだが、高順からの助言もあっての事である。

 相変わらず髭面の強面ながら情報を集める事が上手い人物で、将軍位に無いと言う事を上手く使っていた。

「ただ、今回の事で十七の諸侯の内でも、次の相手をある程度絞る事は出来る。そこを詰めていきたい」

 呂布がそう言うと、胡軫や徐栄は少し不思議そうな表情を浮かべる。

「まず、十七の諸侯と言っても、最大規模である袁紹がこんなに早い段階で動くとは思えない。それは袁紹の人柄からも分かる事だ」

 さすがに絶対に無い、とは言えないものの呂布の意見に全員が頷く。

 今回の反董卓連合の発起人として名の挙がる橋瑁も、それを裏で操っていると思われる曹操にしても、袁紹のそう言うどっしりと構えるところに期待して盟主に選んでいると言う事も分かる。

 逆に、副盟主である袁術は出てくる可能性はある。

 袁術は董卓を除けば最大規模の軍事力を持つ勢力であるが、今回の連合への出兵では袁紹に遅れを取っている。

 また、袁家で見ても本来宗家であるはずの袁術より、分家のはずの袁紹の方が袁家の代表として扱われている事も、袁術が良く思っていない事は誰もが知っている。

 しかし袁術軍がいかに強大であったとしても、単一勢力で陥落させられるほど洛陽の守りは甘くない。

 そこで誰を協力者、と言うより矢面に立たせるかと言う事が問題になってくる。

 ある程度以上の実力と勢力を持っている事が絶対条件になってくるので、勢力の上で見劣りする孔伷、王匡、橋瑁、孔融、張楊は外れる。また戦闘能力などの実力に問題がある陶謙や韓馥や袁遺、実力は疑う余地は無いものの野戦でならともかく攻城戦には向かないと思われる馬騰や公孫瓚なども違うだろう。

「もし俺なら、孫堅ですね」

 華雄が腕を組んで言う。

「華雄将軍は孫堅をご存知で?」

 それを尋ねたのは張遼だったが、誰もが疑問に思う事だった。

「俺は董卓軍に来るまでは漢の武将として各地を転戦していましたからね。孫堅とは、以前張温将軍の元で一緒だった事があります。それはそれは優秀な武将ですよ」

 華雄はそう言うと孫堅の事を説明する。

 若い頃から長沙の海賊狩りとして名を馳せた猛将であり、古の兵法家である『孫子』の末裔を称する人物である。

 猛虎と例えられる人物でありながら、野獣と呼ばれる董卓のように忌み嫌われる人物ではなく、それどころか都から離れた任地であるにも関わらず漢の名将としても知られている。

「ただ、知っている、と言うと語弊がありますな。孫堅に関しては『よく分からない』と言うのが周囲の評価で一致しているところでしたので。見た目にはまったく違いますが、曹操と似たところがありますね」

 華雄は普通の口調で言うが、それは恐ろしく危険な事ではないかと呂布は思う。

 呂布は孫堅の事は知らないが、曹操は近くで見てきたので多少は分かる。

 それは先程華雄が言った通りの評価と同じである。

 よく分からない、と言う事。

 ここにいる武将達全員が曹操とは面識があっても、曹操の事をよく知っていると言える人物はいないのに対し、曹操はこちらの事をよく知っている。

 そんな人物が曹操の他にもいる、と言う事だ。

「張邈はどうだ? 能力も勢力も申し分ないだろうし、何より布陣も前寄りだ」

 徐栄の副将扱いを受けている李蒙が提案する。

 張邈は非常に義理堅い男として知られていて、袁紹や曹操との親交も厚い。

 陣が近かった事もあり、鮑信軍壊滅の危機に対し最初に救出に動いたのは張邈だった。

 困った人を見ると助けようとする性格はよく知られるところであり、助力を請われると真っ先に動きそうな人物と言える。

 なにより徐栄と李蒙が討ち取った武将の一人である衛茲は、張邈軍の武将だった。

 どう考えても鮑信からの救援の前に援軍を送っていたとしか思えないのだが、それでも救援を頼むとしたら張邈は大本命だと言えるかもしれない。

「と言うより、誰が出るとかじゃなく、全軍で一気に来られる事の方が厄介だろう?」

「それはない」

 高順がもっともな事を言うのだが、呂布はそれを否定する。

 言うまでもなく、それがもっとも強力で最悪の手段であり、連合軍にとっては定石とさえ言える手段である。

 高順でなくても、守護の戦いをするべき者達はもっとも警戒していなければなないので、呂布もそれを軍師である李儒に尋ねた。

 が、李儒はそれを今の呂布の様に否定した。

「袁紹が盟主であるのなら、序列を最優先に考えるでしょう。連合の全軍を一気に総攻撃させて、誰が何をしたか分からない様な混戦の中で董卓を討つと言う事は、袁紹にとって冒涜なのですよ。完全な手順ではないワケですから」

 と李儒は言っていた。

 反董卓連合の目的や理念から考えれば、袁紹の考え方は間違っている。

 董卓を排して帝を救出すると言うのであれば、個人の武勲や序列などではなくその目的の達成をこそ最優先とするべきだ。

 だが、それは袁紹には出来ないと李儒は言う。

 出来ないと言うより、その事が考えに浮かばない。

 自身が大軍を発しているのならともかく、連合と言う形である、同列の者達の集まりの中では序列をつけなければ行動出来ないのだ。

 その柔軟さを補うのが曹操であったはずなのだが、今回の連合の中に曹操の名は無く、もし曹操がいたとしても発言権はそれほど強くない。

 李儒は曹操が参加しているのなら袁紹の軍師としてだろうと予測していたが、曹操がどれほど説得しても、袁紹は董卓が出てくるまで総力戦は行わないと言っていた。

「鮑信がこのまま引っ込んでいますでしょうか。ここで下がっては侮られるのでは?」

 張遼が言う。

 規模で言うなら、鮑信は連合の中では中堅に位置するのだが、確かに徐栄に一方的と言っていいほどにやられたとあっては、連合の中では格下として侮られる事になるだろう。

 その言葉に最初に反応したのは華雄だった。

「確かにそうだ。歩哨は誰が当たっている?」

「今は趙岑ちょうしんが当たっているはずだが」

「趙岑か、頼りないな。高順、ちょっと付き合え」

 華雄はそう言うと、高順を伴って軍議の場を出ようとする。

「おい、華雄。何処へ行く」

 胡軫が場を離れようとする華雄を呼び止める。

「万が一に備えるんですよ。主将の露払いが副将の務め。ちょいとその仕事をこなしてきますよ。何も無いとは思いますがねぇ」

 華雄はそう言うと高順を伴って、周りの意見も聞かずに軍議の場を出て行く。

「なるほどなるほど、胡軫将軍はこうやって手柄を立てて来たワケですなぁ。持つべきは良く出来た副将ですなぁ」

「あぁん?」

 軍議に飽きたのか、徐栄がさっそく胡軫に言うのに対し、胡軫も過敏過ぎる反応を示す。

「まぁ、俺は敵を選んだりしないからな。どこかの誰かと違って、自分が勝てそうな敵を探す能力には長けていないもので。いやぁ、あやかりたいモノですなぁ。どうやったらそうやって弱い者だけを狙えるものやら」

「あぁん?」

 胡軫と徐栄は額を突き合わせている。

「……侮られる、ねぇ。それってそんなに大事なのか?」

 呂布は不思議そうに首を傾げる。

「まあ、将軍には無縁なんでしょうけどね」

 張遼は溜息をついて言う。
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