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第六夜
義兄は混乱する
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「カオルっ‼」
扉を開けると、そこには床に倒れたカオルと、馬乗りになっているあさひが居た。
「あさひっ⁉︎」
背後から夕美の声が聞こえる。その声音は驚きに満ちていて、この状況が信じられないといった様子だ。
「ケン君っ、たっ、助けてっ!」
カオルが俺に助けを求めている。必死な叫びと涙にふざけている様子はない。カオルは自身の命の危機を感じている。
状況を見て判断するのなら、カオルがあさひに襲われているのだろう。しかし、それならどうしてあさひは黙っているのだろうか。
邪魔者であるはずの俺が入ってきても、実の姉である夕美が驚きの声をあげても。あさひはこちらに見向きもせず、反応もせず。ずっとカオルへ視線を落としている。
「けっ、ケン君っ? ど、どうしたの? はっ、早くっ……‼︎」
「あっ、あぁっ……!
ふたりの様子のギャップに混乱してしまったが、とにかくカオルが助けを求めていることには違いない。
急いだほうが良いのは間違いないが、抵抗も見せていない少女を突き飛ばすことには気が引けて、俺はあさひの両脇に手を差し込んで持ち上げることにした。
「……?」
持ち上げたあさひの体重は軽い。その軽さは両腕の無いカオル以下で、それはあさひが排斥を試みる俺に対して協力的なことを示していた。
いよいよ持って意味が分からない。襲っているにしては大人しくて協力的すぎる。
しかし危害を加える意思がないのだとしたら、俺が手を出すまで馬乗りになっていたのは何故なのか。この状況が事故なのだとしたら、すぐさま退いて謝罪や弁明をするのが自然だ。
いったい、あさひは何を考えているのか。
「っ⁉︎」
抱えた時にちらりとあさひの顔が見えた。
彼女は泣いていた。ただ一心にカオルを見つめ続けながら、ボロボロと涙を零していた。
「……っごめ、なさい……。ごめんなっ、さいっ……」
微かに聞こえるのは繰り返される謝罪。何度も、何度も。つっかえながらも、言葉が崩れてしまっても、何度も。
あまりにも悲惨なその様子は、まるであさひが被害者なのかと思えてしまうほどで。あさひは促されるままに立ち上がってカオルの上から退くと、ペタンと尻餅をついてしまった。
「ケン君っ‼︎」
続け様にカオルが飛び込んできた。勢いよく跳ね飛ばさんばかりの勢いは、倒れずに受け止められたのが奇跡だと思えるほどだった。
「っ……カオルっ、大丈夫か?」
「怖かった……こわかったよぉっ……!」
俺の服に模様を彩る涙は本物だ。
腕の中で震えている恐怖は確かに実在している。
しかし、カオルにその感情を植え付けたはずの張本人は部屋の隅で静かに嗚咽を漏らしている。
「あさひ……っ」
夕美もあさひの元へ向かうと、両腕でしっかりと妹を抱きしめた。洋服に手が沈むほどしっかりと、力強く。
しばらくの間、部屋の中には二人の鳴き声が響いた。
カオルは感情を絞り出すように。
あさひは漏れる感情を抑えられないというように。
「……何があったんだ?」
「あっ、あのっ……わたしっーー」
「こいつがいきなり襲いかかってんだ!」
ふたりがようやく落ち着き始めたところで投げかけた問い。
それは予想通りの答えだったけれども、混乱は深まるばかりだった。
扉を開けると、そこには床に倒れたカオルと、馬乗りになっているあさひが居た。
「あさひっ⁉︎」
背後から夕美の声が聞こえる。その声音は驚きに満ちていて、この状況が信じられないといった様子だ。
「ケン君っ、たっ、助けてっ!」
カオルが俺に助けを求めている。必死な叫びと涙にふざけている様子はない。カオルは自身の命の危機を感じている。
状況を見て判断するのなら、カオルがあさひに襲われているのだろう。しかし、それならどうしてあさひは黙っているのだろうか。
邪魔者であるはずの俺が入ってきても、実の姉である夕美が驚きの声をあげても。あさひはこちらに見向きもせず、反応もせず。ずっとカオルへ視線を落としている。
「けっ、ケン君っ? ど、どうしたの? はっ、早くっ……‼︎」
「あっ、あぁっ……!
ふたりの様子のギャップに混乱してしまったが、とにかくカオルが助けを求めていることには違いない。
急いだほうが良いのは間違いないが、抵抗も見せていない少女を突き飛ばすことには気が引けて、俺はあさひの両脇に手を差し込んで持ち上げることにした。
「……?」
持ち上げたあさひの体重は軽い。その軽さは両腕の無いカオル以下で、それはあさひが排斥を試みる俺に対して協力的なことを示していた。
いよいよ持って意味が分からない。襲っているにしては大人しくて協力的すぎる。
しかし危害を加える意思がないのだとしたら、俺が手を出すまで馬乗りになっていたのは何故なのか。この状況が事故なのだとしたら、すぐさま退いて謝罪や弁明をするのが自然だ。
いったい、あさひは何を考えているのか。
「っ⁉︎」
抱えた時にちらりとあさひの顔が見えた。
彼女は泣いていた。ただ一心にカオルを見つめ続けながら、ボロボロと涙を零していた。
「……っごめ、なさい……。ごめんなっ、さいっ……」
微かに聞こえるのは繰り返される謝罪。何度も、何度も。つっかえながらも、言葉が崩れてしまっても、何度も。
あまりにも悲惨なその様子は、まるであさひが被害者なのかと思えてしまうほどで。あさひは促されるままに立ち上がってカオルの上から退くと、ペタンと尻餅をついてしまった。
「ケン君っ‼︎」
続け様にカオルが飛び込んできた。勢いよく跳ね飛ばさんばかりの勢いは、倒れずに受け止められたのが奇跡だと思えるほどだった。
「っ……カオルっ、大丈夫か?」
「怖かった……こわかったよぉっ……!」
俺の服に模様を彩る涙は本物だ。
腕の中で震えている恐怖は確かに実在している。
しかし、カオルにその感情を植え付けたはずの張本人は部屋の隅で静かに嗚咽を漏らしている。
「あさひ……っ」
夕美もあさひの元へ向かうと、両腕でしっかりと妹を抱きしめた。洋服に手が沈むほどしっかりと、力強く。
しばらくの間、部屋の中には二人の鳴き声が響いた。
カオルは感情を絞り出すように。
あさひは漏れる感情を抑えられないというように。
「……何があったんだ?」
「あっ、あのっ……わたしっーー」
「こいつがいきなり襲いかかってんだ!」
ふたりがようやく落ち着き始めたところで投げかけた問い。
それは予想通りの答えだったけれども、混乱は深まるばかりだった。
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