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兄と弟と弟だった人

おやつ選び

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 それは言われてみれば当たり前のことだった。

 今時安物であればコンビニでもケーキを買えてしまうこの時代に、
 宗田の家では祝い事でケーキを食べるという習慣がほとんど無かった。
 玲はケーキを食べたこともなければ、見たことすらほとんどないだろう。

 食べたことがなければ、味も想像できない。
 苺や栗などの単体でさえ、嗜好品にあたるそれらを玲は口にしたことがないかもしれない。

 そんな状態では、見た目だけで選べと言われても無理難題だろう。

「それなら、一宏君が選んであげてはどうかな?」

 突然、珠美がそんなことを言い出した。

「俺がですか?」
「玲君のことなら、この場では一宏君が一番知っているだろう?」

 それはそうだろうが、知っていると言っても高が知れている。
 玲の食の好みはおろか、食事をしているところすらも碌に見たことがないのだ。

 唯一参考になりそうなのは先日の和菓子を食べている姿だが、
 どれも美味そうにしていたことくらいしか記憶にない。

「えーっと……」
「……」

 玲が縋り付くような、不安気な瞳でこちらを見ている。
 一体どういう感情なのだろうか。

「……玲は苦いのは好きか?」

 考えていてもわかりそうにないので、玲の好みを聞き出すことにした。
 玲がケーキを食べたことがなくても、その嗜好が分かれば役に立つだろう。

「苦味ですか? ……どうでしょうか。別段苦手としてはいませんが」
「じゃあ、ただ甘いのと、苦味が混ざった甘いのだとどっちが好みだ?」
「苦味が混ざった……甘い……?」

 3種の中で唯一チョコレートケーキだけが苦味を有している。
 玲の苦味に対する好みが分かれば選別に役立つと思ったのだが、
 玲はチョコの苦味を想像できていないようだった。

 チョコの苦味とはただ不快な苦味とは違う。
 玲がチョコを食べたことがなければ、苦くて甘いなんて想像できないのも無理はないかもしれない。

「じゃあ、甘いのはどうだ。砂糖の甘さと、自然な甘さだとどっちが好みだ?」
「し、自然、ですか……? え、ええと……」

 自然な甘さというのは現代社会においてはありふれた表現なのだが、玲には通用しなかった。

 玲は焦ったようにくるくると視線を動かしながら、必死に俺に対する返答を考えているようだ。
 あの様子ではまともな返答は返ってこないだろう。

 このままではどう頑張っても玲の好みに一致するケーキなんて選べそうにない。
 どれだけ質問を重ねても無駄に終わりそうな気配がある。

 それなら、いっそのこと玲の味の好みなんて無視しても良いのではないだろうか。
 せんべいや饅頭をあれだけ美味そうに食べる玲のことだ。
 ここにあるケーキのどれを食べたところで美味そうにするのではないか。

 幸いなことに3種のケーキは見た目の時点でどれも一級品なのがわかるほどだ。
 どれを食べたところで美味いのは決まっている。

「し、自然というと、その黒いケーキはあずきを――」
「いや、もういい」
「っ、もっ、申し訳ありません……」
「謝らなくていい。俺の質問が悪かった。……それと、その黒いのはあずきとは関係ない」
「はっ、はい……」
「……玲はモンブランを食べるといい」
「もんぶらん……?」
「この黄色いのだ。多分、玲の好みに合うと思う」
「……承知いたしました。一宏様のご厚意に感謝致します」

 安堵したような表情を見せてから、玲は深々と一礼した。
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