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最終日:朝焼けの中、涙を拭って微笑んで

あなたは――

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「ボクに会えなくなるのが嫌って……それが死にたくないってことなんじゃないのか? それなのに何で死にたいってことになるんだよ!」
「逆だよ、タク……。あぁ、そうだ……逆なんだよな……」
「逆……?」

 もう少女は笑えていない。
 涙を堪えられていない。

 どうしてだろうか。
 ボクはその様子を見て、こう形容するのが相応しいと感じてしまった。
 もう、保つことが難しいのだと。

「……タク、俺たちは親友か?」
「当たり前だろ。そんなの」
「そうだよなあ。俺たちは親友だ。高伊勢抄と伊那西拓は親友で。同時に俺とお前も親友だ……。うん、そうだよ……間違いない。間違いない筈なんだよな……」

 ボクは迷いなく親友だと答えた。

 それが正しい答えで、それが真実なのだと思っているから。

 でも、もしかしたら、それはボクだけだったのかもしれない。
 頭を抱える少女を見て、ボクはそう感じずにはいられなかった。

「ショウ……?」

 少女が頭を横に振った。

 ボクの声を嫌悪しているわけではない。
 ボクのことを拒絶しているわけではない。
 その否定は、自身にかけられた呼び名に対して……。

「……タクと抄は親友だ」

 そんなこと言うまでもない。

「そして抄が死んだ今、その事実は決して変わらない。絶対に覆らない」

 それは生きていたってそうだ。

「俺は抄として生きているけど、本物じゃないから。偽物だから、その事実を変えることはできない……変えていけない。そんなことは、俺が許さない。許せないんだよ……」

 抄が死んだ今、ボクと抄の関係は良くも悪くもならない。

 抄とボクの全てはあの日に過去形になって止まってしまった。
 人が過去に干渉できない以上、ボクと抄の関係が進展することはありえない。

 しかしもしも過去への干渉を許された存在が居るとしたら。
 超常の力を持った化け物か、その化け物によって生み出された人間であれば……。

「……っ、だから、俺とタクは親友でないとならないんだ。偽物の俺は、偽物だからこそ俺は、親友としてタクの傍に居続けなくちゃいけないんだ。それが、俺が抄にしてやれる唯一の手向けなんだよ」
「そんなこと、わざわざ気にする必要もないだろ。意識しなくたって、ボクたちは親友だ。偽物かもしれないけど、親友だよお前は。何があっても、何もなくてもな」
「……その言葉を、素直に喜べない俺がいたとしても?」

 これからも、良い友達でいようね。

 それがどんな状況で吐かれる言葉なのか。
 これを喜べない人間が抱いている感情とは何なのか。

 そんなこと、ボクにだってわかる。

「……体のせいなのかもしれない。だって、男の時はこんなことはありえなかった。こんな思いも、悩みも……欠片も抱いたことなかった……ほんとだぜ?」

 それはボクに向けての念押しなのか。
 自身に向けての確認なのか。

「最初は、タクのことを親友だと思ってたよ。この体になっても、性別が男と女に変わっても、タクは親友だった。……今でもそうだぜ? タクは俺の友人で、友達で、親友だ…………なのに、それなのに……!」

 その顔は抄のものではなかった。
 ましてや少女のものでもない。

 抄ではなく、純粋な少女でもない。
 紛い物である彼女の顔。

 高伊勢抄のフリをしてきた誰かが。
 高伊勢抄としてしか振る舞えない何者かが。
 その苦しみを吐露していた。

「俺は高伊勢抄だ。体は変わっても抄なんだ! タクの親友なんだ! それなのに……それなのに……っ、処女をお前に捧げちまった……!」

 後悔を語る姿は痛々しく。
 涙を流す姿は弱々しく。
 それは見ている方が耐えられなくなるような様相だった。

「ありえねえ……ありえちゃいけないんだよ、そんなことは! 抄がそのトラウマを克服できるわけないんだ!」
「でも、それはボクを助ける為だろ? 抄だって、友達の命を救う為だったらトラウマに打ち克つことも――」
「……打ち克つことなら、できたかもな。でも違うんだ、タク……俺は、そうじゃなかったんだよ……」
「っ!?」

 突然、彼女がボクの胸に向かって飛び込んできた。

「……心臓が早いな、タク」
「そりゃ、こんなことされたらそうなるだろ」
「そうだよな……。こういう風に、何度もタクのことからかってたよな、俺」

 顔を埋めているため、その表情はわからない。
 背中に手を回されているため、離れることもできない。

「色気を見せつけてからかうと、タクが動揺するだろ? それが面白くてさ。男の時にはできなかったことだから……だから、最初は好奇心とか、ただの興味本位。それだけだった……それが、いつからだろうなあ?」

 ボクの背に回された手が、シャツをギュッと握りしめた。

「タクが動揺するってことは、俺に女を感じてるってことだ。タクが俺に性的魅力を感じてるから、だから動揺してるんだ。それに気づいて、楽しさじゃなくて喜びを見出して……そして――」
「ボクがそれだけ滑稽だったってだけだろ。お前は、ボクを通して自分の魅力を確認して、承認欲求を満たしてたってだけだよ」
「……それじゃあ、今は? 今のこの状況はなんて説明を付ける? 女が、男を抱きしめてるんだぜ?」
「……別に、男同士だってハグくらいはするだろ。何も特別なことじゃない」
「そうだな。確かに、日常的にハグする男たちもいる……。それじゃあ、タクと抄は? 抄はタクに対して、こんなハグをするのか?」
「……」
「……教えてやるよ、タク。女がこういう風に男を抱きしめてたらな……大抵は、抱いてくれってことなんだよ……。わかるか? 俺は今、お前に抱いてくれって言ってるんだぜ……?」

 彼女は泣いていた。
 声を震わせて。
 ボクの胸の中で。
 泣きながら、それでも決してボクから離れようとはしなかった。

「俺は、結局はそれを求めてたんだ……! ずっとそれを欲してたんだ! 俺は処女へのトラウマを乗り越えたんじゃない! ただ……っ、喜びと期待が勝っただけだったんだよ、タク……」
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