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二日目:生まれて生きて、その先に
大立ち回り
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「死ね神、お前もう帰れ」
真っ黒なビジネススーツ。
真っ白なブラウス。
真っ直ぐに死ね神を睨みつけて。
そこに抄が立っていた。
「ショウ? どうしてここに?」
「心配だから見に来た。俺がここに居る理由はそれだけだよ、タク」
「でも、お前――」
思い起こされるのは部屋での抄の姿。
死ね神と対峙することに怯え、小さく震えていた体。
しかし、今の抄に恐怖を感じている様子は微塵もなかった。
「タク、少し落ち着けって」
「え?」
「死後にかける願いとか、遺言とか、そんなの今すぐ決める必要ない。言ったろ? そういうのは老後に取っておけって。今日はもう帰って、コーヒーでも飲もうぜ。どうせ明日も明後日も、タクは生きてるんだからさ」
抄に手を引かれ、死ね神から引き離される。
その手つきは優しいが力強く、抵抗の選択肢が浮かぶ暇もなく小さな体に抱き寄せられた。
「先に死にたいと言うのなら、その願いを叶えよう」
ボクを見ていたはずの白い仮面が、抄へと向き直っていた。
「ま、待て死ね神! ショウは関係ない!」
「関係ないってことはないだろ。寂しいこと言うなよな」
「お前、そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 本当に殺されるぞ!?」
「殺せるもんならな」
抄は死ね神と向き合わず、視線だけを白い仮面へと向けた。
「高伊勢抄、遺言を言え」
「聞こえなかったのか? 俺はさっき帰れって言ったんだぜ、死ね神。邪魔だから早く消えろ」
硬い床にボーリングの球を落としたような音。
死ね神の持つ鎌の刃には赤い模様が増えていて、ボクの足の上に何かが落ちた。
「ショウ!」
「安心しろ、タク。生きてるから」
確かに抄は生きている。
頭は胴体とくっついているし、その首には傷一つない。
しかし、そのブラウスは赤い色で彩られている。
足元には血溜まりができている。
ボクの足には、抄の頭がぶつかった感覚が残っている。
抄がさっき死んだのは間違いない。
首を落とされて、死に切る前に死ね神に蘇生させられた。
死ね神が初めて家に現れたときと同じように。
「で、でも、お前……さっき首が」
「繋がってるだろ? 俺は死なないよ。少なくとも、今こいつにだけは殺されない。お前だってそうだ。俺が殺させないって」
「まだ黙れぬか……こうも煩いのでは仕方あるまい。次に余計なことを口にすれば、遺言を待たずに殺す」
「やってみろ」
「ちょ、ちょっと待て、死ね神! ショウを殺すな!」
瞬きをした次の瞬間にはまたその首が落ちていそうで、気付けばボクは遮るように叫んでいた。
「指図するか。貴様が、私に」
「命令じゃない。これは……お願いだ。頼むから、ショウを殺すのだけは止めてくれ」
「願い……ならば、貴様の命と引き換えか?」
「それでも構わない」
「おいタク!」
抄が死ぬことだけはあってはならない。
そもそもが巻き込まれただけなのだから。
抄がここで死ぬのだとしたら、それはボクが殺したも同然だ。
それだけは駄目だ。
ボクはバケモノの力を借りて、尚且つ命を捨てなければ誰も救えないような人間だ。
そんなボクでも、親友を殺すなんてことはあっちゃいけない。
そんなの、死んでも死に切れない。
「……いいだろう。ここは引いてやる」
死ね神の手から大鎌が落ちると、それは音もなくコンクリートの床に沈んでいった。
「ひ、引くって……?」
「期限は変わらぬ。明日、遺言を聞き遂げた後にお前を殺す」
理由はわからないが、死ね神は見逃してくれるようだ。
「あ、ありがとう……」
本当はお礼を言うべきではなかったのかもしれない。
それでも、抄を殺さないでくれたことが嬉しくて、口走ってしまっていた。
「足掻くのを止め、死を受け入れ、覚悟を決めろ伊那西拓。私がお前の前に現れた時点で、何もかもが遅すぎるのだ」
「そ、それってどういう意味だ?」
「答える必要はない」
それは何度目の同じ回答だろうか。
気が付けば死ね神は消えていた。
真っ黒なビジネススーツ。
真っ白なブラウス。
真っ直ぐに死ね神を睨みつけて。
そこに抄が立っていた。
「ショウ? どうしてここに?」
「心配だから見に来た。俺がここに居る理由はそれだけだよ、タク」
「でも、お前――」
思い起こされるのは部屋での抄の姿。
死ね神と対峙することに怯え、小さく震えていた体。
しかし、今の抄に恐怖を感じている様子は微塵もなかった。
「タク、少し落ち着けって」
「え?」
「死後にかける願いとか、遺言とか、そんなの今すぐ決める必要ない。言ったろ? そういうのは老後に取っておけって。今日はもう帰って、コーヒーでも飲もうぜ。どうせ明日も明後日も、タクは生きてるんだからさ」
抄に手を引かれ、死ね神から引き離される。
その手つきは優しいが力強く、抵抗の選択肢が浮かぶ暇もなく小さな体に抱き寄せられた。
「先に死にたいと言うのなら、その願いを叶えよう」
ボクを見ていたはずの白い仮面が、抄へと向き直っていた。
「ま、待て死ね神! ショウは関係ない!」
「関係ないってことはないだろ。寂しいこと言うなよな」
「お前、そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 本当に殺されるぞ!?」
「殺せるもんならな」
抄は死ね神と向き合わず、視線だけを白い仮面へと向けた。
「高伊勢抄、遺言を言え」
「聞こえなかったのか? 俺はさっき帰れって言ったんだぜ、死ね神。邪魔だから早く消えろ」
硬い床にボーリングの球を落としたような音。
死ね神の持つ鎌の刃には赤い模様が増えていて、ボクの足の上に何かが落ちた。
「ショウ!」
「安心しろ、タク。生きてるから」
確かに抄は生きている。
頭は胴体とくっついているし、その首には傷一つない。
しかし、そのブラウスは赤い色で彩られている。
足元には血溜まりができている。
ボクの足には、抄の頭がぶつかった感覚が残っている。
抄がさっき死んだのは間違いない。
首を落とされて、死に切る前に死ね神に蘇生させられた。
死ね神が初めて家に現れたときと同じように。
「で、でも、お前……さっき首が」
「繋がってるだろ? 俺は死なないよ。少なくとも、今こいつにだけは殺されない。お前だってそうだ。俺が殺させないって」
「まだ黙れぬか……こうも煩いのでは仕方あるまい。次に余計なことを口にすれば、遺言を待たずに殺す」
「やってみろ」
「ちょ、ちょっと待て、死ね神! ショウを殺すな!」
瞬きをした次の瞬間にはまたその首が落ちていそうで、気付けばボクは遮るように叫んでいた。
「指図するか。貴様が、私に」
「命令じゃない。これは……お願いだ。頼むから、ショウを殺すのだけは止めてくれ」
「願い……ならば、貴様の命と引き換えか?」
「それでも構わない」
「おいタク!」
抄が死ぬことだけはあってはならない。
そもそもが巻き込まれただけなのだから。
抄がここで死ぬのだとしたら、それはボクが殺したも同然だ。
それだけは駄目だ。
ボクはバケモノの力を借りて、尚且つ命を捨てなければ誰も救えないような人間だ。
そんなボクでも、親友を殺すなんてことはあっちゃいけない。
そんなの、死んでも死に切れない。
「……いいだろう。ここは引いてやる」
死ね神の手から大鎌が落ちると、それは音もなくコンクリートの床に沈んでいった。
「ひ、引くって……?」
「期限は変わらぬ。明日、遺言を聞き遂げた後にお前を殺す」
理由はわからないが、死ね神は見逃してくれるようだ。
「あ、ありがとう……」
本当はお礼を言うべきではなかったのかもしれない。
それでも、抄を殺さないでくれたことが嬉しくて、口走ってしまっていた。
「足掻くのを止め、死を受け入れ、覚悟を決めろ伊那西拓。私がお前の前に現れた時点で、何もかもが遅すぎるのだ」
「そ、それってどういう意味だ?」
「答える必要はない」
それは何度目の同じ回答だろうか。
気が付けば死ね神は消えていた。
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