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二日目:生まれて生きて、その先に

お前は誰だ

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「お前は何者なんだ?」
「答える必要はない」
「お前は誰かに作られた存在なのか?」
「答える必要はない」
「お前は誰かに召喚されたのか?」
「答える必要はない」
「答える必要がないんじゃなくて、答えられないんじゃないか?
「……」

 かたりと、死ね神の骨が鳴った。

「お前は、本当は自分のことをよくわかっていないんじゃないか?」」
「……」

 死ね神は答えない。
 答える必要はないとも言わない。

 一度骨を鳴らしたきり。
 喋ることも動くこともなく。
 その白い仮面でボクを見つめ続けている。

「……」
「……」
「……」
「……な、なんだよ……なんか言えよ」

 死ね神の無言に耐えきれず、ボクはつい口を開いてしまった。

「……」
「お、おい! なんか言えったら! 図星を突かれたってことなのか?」
「……まさか、お前にそのようなことを問われるとはな。少々驚いた」
「っ?」

 死ね神の声音は何も変わっていない。
 顔だって仮面で隠されている。
 骨の体を大きく動かしたわけでもない。

 それなのに、ボクはどうしてか。
 死ね神から感情のようなものを感じ取った。

 言葉通りに死ね神が驚いているように思えて。
 加えて、どこか楽しそうに感じた。

「お、驚いたって、どういう意味だよ!」
「自身の定義。即ち自己の存在理由と存在証明。それを理解しているのかと問われれば、答えはノーだ」

 これは、抄の予想が的中していたのかもしれない。
 死ね神は誰かの傀儡であり、こちらの質問に答えないのは自身も答えがわからないから。

 しかしそうなると死ね神を生み出した、もしくは指揮を出している何者かが存在するということになる。

 それはいったい誰なのか。
 なぜ死ね神にボクの命を狙わせるのか。
 知らなければならないことはたくさんある。

 しかし、いつも偉そうなこと言って死をちらつかせる死ね神。
 そんな死ね神が初めて見せた弱味に、ボクは触れたくて仕方がなかった。

「なんだ、いつも偉そうなこと言ってるけど、結局はお前も知らないんじゃないか」
「では、お前は知っているのか」
「知るわけないだろ。お前のことなんて」
「否。自身のことをだ、伊那西拓。お前は自身をどの程度理解している」

 それは初めての。
 死ね神からの遺言とは関係のない質問だった。

「どの程度理解してるかって言われても……なんて答えればいいのか……」
「お前は何者だ」
「……伊那西拓」
「それはお前を示す名称に過ぎない。お前の本質とはなんだ」
「ボクの本質?」
「お前をお前たらしめているものとはなんだ」

 ボクの、伊那西拓を構成する最も重要な要素とは何か。
 仮にもう一人のボクを作り出そうとした時、何を備えていれば同一だと言えるのか。

 伊那西拓の本質は人間だと答えるのは違うだろう。
 人間というのは分類に過ぎない。
 それはボク以外の多くの人間に当てはまるから本質とは言い難いし、思いたくない。

 経歴を語っても意味はないだろう。
 重要なのはその経歴から何が積み上げられたのかだ。
 そして、そんなものが無いのはこの二日間で嫌という程自覚させられた。

 性別、性格、趣味嗜好、長所短所。
 思い付くのはどれも普遍的で、ありきたりで。
 もしもそれが本質なのだとしたら、ボクはいくらでも替えが利く平凡な人間だということになる。

 他の人とは違う特別に憧れるような年齢ではないけれど。
 少し呼吸が苦しい。

「死ねない理由を探し、己の生を見つめ直し、その末にお前が出した答えとはなんだ」
「……っ、そ、そんなのお前には関係ないだろ。お前だって自分のことわかってないくせに、偉そうなこと言うなよ」
「然り。私は自身の名を知らぬ。自身の生まれた経緯も知らぬ。何故に存在しているのかも知らぬ。されど、私は自身の役割を知っている」
「役割?」
「お前のような人間を殺す。ことこの瞬間に限っては伊那西拓を殺す者。それが私だ。そしてそれが全てである。名も意義も不要。お前に死をもたらすことこそが私の本質だ」

 役割を果たすためだけに存在する。
 なぜ殺すのかも、その目的がどこから来たのかもわからなくても。
 役割を全うすることだけを死ね神は見ている。

 こんな化け物に対して生きるという言葉が当てはまるのかはわからないが、死ね神は確かに生きている。
 ボクと比べて、死んでいないだけのボクと比べれば。
 自身の役割を理解し、役割に邁進しているこの化け物の方が、はるかに生きていると思えてしまう。

「っ……」

 心に敗北感が充足していく。
 胸が苦しくて、顔を上げるのも辛い。

 それでも、挫けてはいられない。
 苦痛と引き換えに、ボクは情報を手に入れた。
 無視してはならない、追及しなければならない言葉が、死ね神の発言には混ざっていたのだから。
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