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プロローグ:日常が変革された日 

転生するということ

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「わ、わからない。な、何も……。あなたのことも、この状況も……私のことも……!」

 少女は頭を抱えて掻きむしり始めた。
 物理的に記憶を探そうとでもするかのように。

 訳がわからないのはボクだって同じだ。
 この少女は友人の遺灰から生まれた、友人が転生した姿ではなかったのか。

 ボクが事態が飲み込めないでいると、重苦しい声が響いた。

「お前の死後の願望を言え」
「ちょ、ちょっと待て! この女の子は誰なんだ?」
「お前の友人が転生した結果だ」
「で、でも、この子はボクのことも、自分のことすらもわかっていないじゃないか!」
「然り。この少女は私が十九歳まで成長させた。常識は備えているが、人としての記憶は持ち合わせていない」

 つまり、この少女は記憶を思い出せないのではなく、そもそも記憶が存在しない。
 見た目と知能は成長していても、実際の年齢は生まれたばかりということなのだろうか。

「ショウは? あいつはどこに行ったんだよ!」
「この少女に転生した」
「て、転生って……っ、あれじゃ別人じゃないか!」
「当然だ」
「とっ、当然って……そんな、あっさり……」

 もしも前世が存在していたとして、その記憶を持っている人間はこの世に存在するのだろうか。

 骸骨は当たり前のように友人を別人に転生させてしまった。
 決してボクが知っている友人ではない、どこの誰とも分からない誰かに。

 この骸骨にとって重要なのは友人が死に、そして生まれた少女が美少女であるという事実だけなのだ。
 その結果友人が消えてしまっても、そこに願いの結果である少女が存在すれば願いを叶えたことには変わりない。

「う、嘘だろ? これからさっきみたいに生き返らせるんだろ?」

 自分でも声が震えているのがわかった。
 骸骨がボクの希望を叶えるわけがなかったから。

「転生は願望であった。したがって蘇生するに値しない」
「ふざけるなっ、ふざけるなよっ! お前が殺したんだろ! 早く生き返らせろよ!」

 それはまるで子供の駄々のような。
 それでも絶対に譲れない、譲ってはいけない要求。

 ボクが骸骨に殺されるのだとしても、友人まで殺される必要なんてなかったはずだから。
 友人が死んだのは、ボクが余計なことを言ったせいだから。

「これから死ぬお前が、何を気にかけている?」
「……殺されてたまるか」

 死にたくないという望みが、死んでたまるかという決意に変わる。
 一度目に友人を殺された時は恐怖に飲まれていた心が、今は焦がすような復讐心に燃えている。

 この骸骨の前ではボクの死は避けられないだろう。
 けれど友人は、抄は違う。

 抄はボクが死を拒んだせいで、骸骨の力を示すためだけに殺された。

 だから抄だけは助けたい。
 この骸骨の力ならそれができるはずだから、ここでおめおめと殺されるわけにはいかない。

「殺されてたまるか! ショウを殺したお前なんかに、殺されてたまるもんかっ!」
「……ではこうすれば満足か?」

 骸骨の手が少女の額へと伸びた。

「ひっ!」

 少女の短い悲鳴。
 それを構いもせずに骸骨の手は少女の頭を包み込んだ。

「な、なにしてんだよ!?」
「……」

 骸骨は何も答えず、頭を掴まれた少女の口からは苦悶の声が漏れ始めた。

「あ゙っあ゙あ゙ぁぁっ!」
「や、やめ―」

 止める間もなく、骸骨の手から少女が解放される。
 少女は受け身も取れないままに倒れ込むと、小さく痙攣してから動かなくなってしまった。

「っ……!」

 また殺された。
 そう思ったのもつかの間、ボクの耳には微かな少女の呼吸音が聴こえてきた。

「い、生きてる……?」

 倒れた少女に駆け寄り抱き起こす。
 吐息の音に合わせ少女の胸が起伏を繰り返していることから死んでいないことは間違いなかった。

「お、おい、何をしたんだよ!」
「……」

 骸骨を問い詰めても、何も返っては来ない。
 それでも、ボクは諦めずもう一度叫んだ。

「黙ってるなよ! 何をしたのかって訊いてるんだ!」
「っ……う、うぅ……」

 骸骨への怒声によって目を覚ましたのか、顔をしかめながら少女がその瞼を開き、両の瞳がボクの顔を捉えた。

「だ、大丈夫?」
「ん? あ、あぁ……ええと? 俺はまた殺されたのか?」
「っ!?」

 明らかに先ほどまでの少女とは違う言い草。

 転生したばかりの、出会ったばかりの少女の顔が、ひどく懐かしい表情を浮かべていた。
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