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出会い偏

あーんに失敗しました

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「あの……どうですか? アキラさんのお口に合いますか?」

 不安気な表情を浮かべながら、ツキはこちらの顔を覗き込んできた。

 カルーアミルクは好んで注文したりはしないが、嫌いな味ではない。
 甘く飲みやすい味は、お酒の中では好きに入る部類だ。

 ツキの作ってくれたものも普遍的な味とそうは変わらない。
 強いて挙げれば少し甘味が強いかもしれないが、誤差の範囲内であり気になるほどでもない。
 これなら気を遣うこともなく、自然に美味しいと答えることができる。

「はい。とても美味しくて、私好みの味です」
「っ……えっ、えへへ……それなら、良かったです……」

 牛乳しか入っていないグラスをマドラーでかき混ぜながら、ツキは照れ笑いを浮かべている。

「あのっ……言ってくれたら私、何杯でも作りますね? アキラさんのために……」
「っ……んっくっ……ぷはっ。では、さっそくもう一杯いただけますか?」
「はいっ!」

 輝くような笑顔で、ツキは空にしたグラスを両手で受け取る。

 前に、飯田がレディキラーカクテルについて講釈を垂れていたことがある。
 なんでも、飲みやすいけど酔いやすいカクテルを総称してそう呼ぶのだとか。

 名前通り女性を酔わせるのによく利用されるカクテルで、
 飲ませる手順とか、酔わせる程度とか、酔わせた後のこととか、
 セクハラまがいの話をされたことをよく憶えている。

 確か、カルーアミルクはレディキラーカクテルの代表格だったはずで――

「はい、どうぞアキラさん♪」
「ありがとうございます」

 まあ、ツキが酒を飲めない以上、そんな情報には何の意味もないのだけれど。

「おつまみも食べてくださいね……あっ」
「? どうかしましたか?」
「っ……あっ、アキラさん……何が食べたいですか?」
「そうですね……では、ナッツを――」

 ナッツに手を伸ばそうとしたところで、ツキに遮られた。

「ツキさん?」
「っ……」

 ツキはこくりと喉を鳴らすと、ナッツを一粒つまんだ。

「あっ、あのっ……お店のマニュアルにあるんです……。だっ、だから、アキラさんが嫌じゃなければ……いかがですか?」
「っ!」

 ツキがナッツをつまんだ指を差し出してくる。

 ツキがやろうとしていることは明白だった。
 ここはキャストが客を接待する店なのだから、そういうマニュアルがあってもおかしくないのかもしれない。

 しかし、これはまずい。
 何がまずいって――距離が近い。

「あっ……アキラさんっ、……あっ、あーん?」

 近づけるのはナッツを摘まんでいる指だけでいいはずなのに――

 ――腕が近くて――
 ――体が近くて――
 ――顔も近くて――

 これもマニュアルなのか。
 だとしたら恐ろしいマニュアルだ。
 ツキだけじゃなくちひろたちにされる可能性もあると思うともっと恐ろしい。

 理性が吹き飛びそうになるのを必死にこらえながら、上手にあーんされる為の情報を脳が必死に模索し始めている。

 ナッツが小さすぎる。
 これでは投げ込んでもらわないかぎり、ツキの指に唇が触れてしまう。
 ツキもそれをわかっているのか。
 わかっているから、そんなにも赤面をしているのか。

「あっ、アキラさん……?」

 羞恥のせいか、潤んでいる瞳。
 その目に無様に狼狽える男の姿を映しながら――
 ツキは吐息がかかるくらいの距離で、ナッツを待機させている。

 後は口を開くだけで、ツキの指が口の中へ――

「っ……っ……」
「アキラさん……あっ、あーん」
「っ……っ……っっ! いっ、いえっ、大丈夫です!」
「んむっ!?」

 半ば強引に、ツキの手首を掴んで押し戻す。
 つままれていたナッツはツキの唇の上に着地して、柔らかさを強調するように唇に身を沈めている。

「……すっ、すみません。別に、ツキさんが嫌とか、そういうわけじゃなく……」
「いえ……大丈夫です……。私こそ、すみません……強引でしたよね……」
「そっ、そんなことは――」

 ガリッ、とナッツの砕かれる音に言い訳を阻まれる。
 あーんに失敗したナッツが、ツキの中へと消えていく。

 これが正解だったのかはわからない。
 でもあのままあーんされていたら、アルコールを摂取し始めた脳では理性が吹き飛んでいた確率は高い。

 ツキは見るからに落ち込んでいる。
 憂う顔もそれはそれで目を惹くが、原因が自分にあっては見ていて気持ちの良いものでもない。

 ツキには笑っていてほしい。
 しかし、童貞の頭には気の利いた言葉も浮かんでくれなくて――

「……」
「……」

 ツキとふたりきり。
 重い沈黙に包まれながら。
 ツキがナッツを食べ続ける音を聴いていることしかできなかった。
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