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出会い偏
自己紹介しました
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「こちらにお座りください」
ツキに促されるままに、化粧スペースのパイプ椅子に鏡を背にして座る。
ツキとふたりきりなのにパイプ椅子では雰囲気が台無しだけれど、表のソファを運んでもらうわけにもいかない。
仕方ないと諦めるしかないだろう。
「それでは……お隣、失礼しますね」
パイプ椅子を横にぴったりとくっつけて、隣にツキが座った。
今までで一番近い距離。
横を向けば、目の前にツキの顔がある距離。
キャバクラでは隣にキレイな女性が居るなんて当たり前のことなのに。
飯田に連れまわされた経験でそれにも慣れたと思っていたのに。
隣がツキになるだけで、どうしてこんなにも変わってしまうのか。
どうして、まともに顔も見れなくなってしまうのか。
「お客様? どうかされましたか?」
「……いえ、何でもありません」
愛想笑いで誤魔化すと、ツキは不思議そうに見つめてきた。
そして一人で納得したような仕草を見せると、座った椅子からまた立ち上がった。
「ツキさん……?」
「それです。お客様」
「それ、とは……?」
「私、自己紹介をまだしていませんでした」
思い返せば、ツキというのはちひろが呼んでいたのを聞いて知った名前だ。
ツキ自身がそう名乗ったことはない。
ツキは手を前で組むと、ぺこりとお辞儀をした。
「申し遅れました。本日、お客様のお相手を務めさせていただきます。ツキと呼んでください」
お相手、という言葉に体がぴくっと反応してしまう。
その挨拶はきっと、今まで何度も繰り返されてきたのだろう。
顔が見える程度に頭を下げ過ぎないお辞儀も。
さらりとした髪の流れも。
声の調子も。
とても慣れているように感じられた。
客への挨拶なんて、キャストにとっては基本中の基本だろうから、そんなの当たり前なのだろうけれど――
「……ふふっ。なんだか今更すぎて、ちょっと笑っちゃいますね」
でも、このはにかみだけは。
マニュアルにも載っていない、今だけのものなんじゃないかって――
「お客様のお名前も、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ、えーっと……私はこういうものです」
「えっ?」
「あっ、いやっ、これは……すみません、つい……癖で」
またやってしまった。
ツキにまで名刺を渡してどうするというのか。
こんな醜態、ツキに笑われてしまう。
そう思っていたけれど、ツキの反応は予想外のものだった。
「わぁっ、ありがとうございます!」
「……嬉しそうですね」
「はい! 私、こういうのすごい憧れてて……店長に名刺作りたいって言っても、全然取り合ってくれなくて……だから、すっごく嬉しいです!」
ツキのような職業なら名刺を持っていてもおかしくなさそうだけれど。
むしろ、キャバクラではノルマでもあるのかと思ってしまうくらいに渡されるのだけれど。
とにかく、ツキはとても嬉しそうだった。
「かわさき……あきらさん……。素敵なお名前ですね」
「……そうでしょうか。漢字も変だし、ちょっと中性的な名前ですし。上司からはミドリなんて呼ばれてて、先ほどそちらの店長さんにもそう呼ばれることが決定しました……」
「ミドリさん……そっちの響きも可愛いですね」
くすくすと笑うツキ。
こんな風に喜んでくれるのなら、あだ名で呼ばれるのも悪くないと思えてしまう。
「……ツキさんも、そう呼びたいのならそっちでもいいですよ」
「んー……いえ。私はアキラさんと呼ばせていただきます」
「そうですか?」
「はい。店長と上司さんが愛称で呼んでいるのなら、私だけの特別が欲しくて……」
「っ!」
「……ダメでしょうか?」」
今の自分では、ツキのおねだりを断ることなんてできそうもなかった。
それがどんな内容だったとしても。
「だっ、大丈夫です。ツキさんの呼びたい呼び方で呼んでいただければ」
「ほんとですか? それじゃあ、これからよろしくお願いしますね、アキラさん♪」
「は、はい……」
今までは、ミドリと呼ばれる方が恥ずかしかったのに。
下の名前をさん付けで呼ばれるのがこんなにも照れ臭いものだったなんて――
ツキと出会わなければ知ることもなかったのだろう。
ツキに促されるままに、化粧スペースのパイプ椅子に鏡を背にして座る。
ツキとふたりきりなのにパイプ椅子では雰囲気が台無しだけれど、表のソファを運んでもらうわけにもいかない。
仕方ないと諦めるしかないだろう。
「それでは……お隣、失礼しますね」
パイプ椅子を横にぴったりとくっつけて、隣にツキが座った。
今までで一番近い距離。
横を向けば、目の前にツキの顔がある距離。
キャバクラでは隣にキレイな女性が居るなんて当たり前のことなのに。
飯田に連れまわされた経験でそれにも慣れたと思っていたのに。
隣がツキになるだけで、どうしてこんなにも変わってしまうのか。
どうして、まともに顔も見れなくなってしまうのか。
「お客様? どうかされましたか?」
「……いえ、何でもありません」
愛想笑いで誤魔化すと、ツキは不思議そうに見つめてきた。
そして一人で納得したような仕草を見せると、座った椅子からまた立ち上がった。
「ツキさん……?」
「それです。お客様」
「それ、とは……?」
「私、自己紹介をまだしていませんでした」
思い返せば、ツキというのはちひろが呼んでいたのを聞いて知った名前だ。
ツキ自身がそう名乗ったことはない。
ツキは手を前で組むと、ぺこりとお辞儀をした。
「申し遅れました。本日、お客様のお相手を務めさせていただきます。ツキと呼んでください」
お相手、という言葉に体がぴくっと反応してしまう。
その挨拶はきっと、今まで何度も繰り返されてきたのだろう。
顔が見える程度に頭を下げ過ぎないお辞儀も。
さらりとした髪の流れも。
声の調子も。
とても慣れているように感じられた。
客への挨拶なんて、キャストにとっては基本中の基本だろうから、そんなの当たり前なのだろうけれど――
「……ふふっ。なんだか今更すぎて、ちょっと笑っちゃいますね」
でも、このはにかみだけは。
マニュアルにも載っていない、今だけのものなんじゃないかって――
「お客様のお名前も、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ、えーっと……私はこういうものです」
「えっ?」
「あっ、いやっ、これは……すみません、つい……癖で」
またやってしまった。
ツキにまで名刺を渡してどうするというのか。
こんな醜態、ツキに笑われてしまう。
そう思っていたけれど、ツキの反応は予想外のものだった。
「わぁっ、ありがとうございます!」
「……嬉しそうですね」
「はい! 私、こういうのすごい憧れてて……店長に名刺作りたいって言っても、全然取り合ってくれなくて……だから、すっごく嬉しいです!」
ツキのような職業なら名刺を持っていてもおかしくなさそうだけれど。
むしろ、キャバクラではノルマでもあるのかと思ってしまうくらいに渡されるのだけれど。
とにかく、ツキはとても嬉しそうだった。
「かわさき……あきらさん……。素敵なお名前ですね」
「……そうでしょうか。漢字も変だし、ちょっと中性的な名前ですし。上司からはミドリなんて呼ばれてて、先ほどそちらの店長さんにもそう呼ばれることが決定しました……」
「ミドリさん……そっちの響きも可愛いですね」
くすくすと笑うツキ。
こんな風に喜んでくれるのなら、あだ名で呼ばれるのも悪くないと思えてしまう。
「……ツキさんも、そう呼びたいのならそっちでもいいですよ」
「んー……いえ。私はアキラさんと呼ばせていただきます」
「そうですか?」
「はい。店長と上司さんが愛称で呼んでいるのなら、私だけの特別が欲しくて……」
「っ!」
「……ダメでしょうか?」」
今の自分では、ツキのおねだりを断ることなんてできそうもなかった。
それがどんな内容だったとしても。
「だっ、大丈夫です。ツキさんの呼びたい呼び方で呼んでいただければ」
「ほんとですか? それじゃあ、これからよろしくお願いしますね、アキラさん♪」
「は、はい……」
今までは、ミドリと呼ばれる方が恥ずかしかったのに。
下の名前をさん付けで呼ばれるのがこんなにも照れ臭いものだったなんて――
ツキと出会わなければ知ることもなかったのだろう。
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