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第5話 白い結婚③
しおりを挟む「…ティアナを?」
「はい」
どうせ働くなら、監視下に置いておきたい。その方が、使用人たちも安心するだろうしーー。私に仕えるのは屈辱だろうが、所詮は平民の子、別に自分が勝手に偉そうにしていただけだ。
ルイス様は、ふ、と笑ってやってみろと言った。
ーーああ、心を捨てておいて良かった。
今でも彼を愛していたなら、その、少し零した笑みに反応してしまっていただろうから。
ティアナに専属侍女の件を伝えると、悔しそうにしながらも、彼女は正式に専属侍女になることを認めた。
◇
「奥様。招待状が山のようです」
「まぁ…大変。すぐに片付けましょうか」
ちりも積もれば山となるというのはまさにこのこと。
薄っぺらい封筒がいくつもいくつも重なって山のようになっている。
とりあえず、出席が義務であるものだけを残して、他は全てルイス様に回した。
「…王立パーティー、ね」
王室が一年に一回開くパーティー。
貴族は皆出席義務が課せられており、パートナーは自由。ーーそれが、平民であっても。
しかし、それは噂の火種になるだけなので、平民を連れる者は、ほとんどいないが。
流石に今回ばかりはルイス様も、パートナーに私を選んだ。
◇
今宵は、王立パーティー。
流石、由緒ある侯爵家だけあって、多くの人が挨拶に訪れた。一人一人に、笑顔を交わしながら返事をする。
「じゃあ、ここからは」
「はい」
別行動だ。
流石に好きでもない女とずっと一緒にいるのは気が引けるのだろう。ーーこちらは、どうでもいいのだが。
「…アイリス?」
ふいに、聞き覚えのある声が耳をかすめた。
振り向くとーー。
「リアム?」
「久しぶり。アイリス…って、もうアイリスって呼べないよな。ラグリー侯爵夫人?」
「やめて、余所余所しい」
彼は古くからの、いわば幼馴染みたいなもので、でも「貴族」だということしか分かってないのよね。
それから、リアムとは沢山積もる話をして、それからダンスの時間になった。
初めはパートナーと踊るのが義務付けられている。
周りを見れば、皆にこやかに踊っている。ーー無言で踊っているのは、私たちくらいだろう。
それにしても、ルイス様はリードが上手い。さすが、武術に長けているだけある。
「…ありがとうございました」
お互いカーテシーをし合って、それから二曲目、とはならない。
それは、お互いがお互いを「どうでもいい」と考えているからだ。
特にルイス様。
彼が「お前なんかどうでもいい」と言ったから、私は心を捨てたのだ。
私と踊るよりも、他の令嬢と踊った方がはるかに楽しそうなルイス様を横目に、私はひと足先に帰宅した。
◇
「ティアナさん。仕事はどう?覚えられる?」
「…難しい、です…」
働くことが精一杯で、細部まで手が届いていない。レナは、初めはそんなものだと言っていた。しかし、これ以上他の仕事を頼めそうにないので、自分でこなすことにする。
ついこの前まで参考にしていた侯爵家の書類はもう情報が不足しはじめたので、新しいのに変えにいくつもりで保管室へ向かった。
「…誰だ?…ああ、お前か」
まさかの偶然、夫に遭遇。
だが、見てもわかるとおり、この冷たさだ。ーーこれで振り向いてくれるかもしれないと、よく思ったな、と昔の自分に苦笑する。
「ティアナはどうだ」
「はい。おかげさまで日々成長しています」
「そう、か…」
心配している様子から、やはりティアナのことを愛しているのだとわかる。なぜ働かせているのか、疑問に思うほどだ。
けれど、それを聞くつもりはない。
だって、彼はーー私の夫は、私に「どうでもいい」と残酷な言葉を吐いたのだから。
◇
「幼馴染が、この屋敷に来るのですって」
「…幼馴染、ですか?」
「ええ。今度紹介するわね」
レナが興味津々、といった様子で目を輝かせている。そしてその「幼馴染」は、当然リアムだ。
それでもレナがそれ以上詮索してこないのは、やはり「侍女」という職業が板についているからか。
良い侍女を持ったな、と感心する。
そして、その日が私にとって信じられない日になるとは思いもしなかった。
◇
リアムも(おそらく)貴族だ。そして、この家のボロを出さないために、念の為ルイス様には不在にしてもらうことにした。
「…来客、だと?」
「ええ。ですから、その日は屋敷を空けていただけると…」
「逢引でもするのか」
…は?
逢引……?それをしていたのは、浮気まがい…というよりもはや浮気で不貞をしていたのは、自分たちだって、忘れたのかしら。
散々ティアナと育んだ日々は、さぞかし美しかったでしょうに。
「…何をおっしゃっているのかわかりませんが…。とりあえず、その日はよろしくお願い致しますね」
「…」
都合の良いときだけ答え、それ以外は無視、か。
なんて貴族らしい貴族でしょうと、私は皮肉な笑みをこぼす。
ーーまあ、どうでもいいけれど。
あの人のことなんて信じないと、心に決めたのだし。
あの人のことなんて愛さないと、心を捨てたのだし。
窓を開けた私の視界で、白いゼラニウムが太陽の光を浴びて揺れていた。
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