上 下
20 / 34
幼少期編

20 早いもので気が付けば十歳でした

しおりを挟む
 あれから魔術の勉強ではなく、シンリーやセバスによるマナーレッスンに勤しむ日々が続いた。
 そのお陰で外面のスキルは大いに上がった。
 公爵家内で猫を被る事はないので、今のところ出番はないが。

 実はそれとは別に、皆に隠れて魔力の底上げに挑戦し続けていた。

 地味で目立たない魔法を、魔力が底を切るギリギリ迄、毎日使い続けるというもの。

 魔力を酷使すると、魔力量が僅かに増える事に気が付いたレティシアは、就寝時間に合わせて魔力切れのタイミングを図り、毎日失神する様に眠った。
 本当に地味だが、魔力切れの感覚はなかなかに辛かった。

 膨大な魔力を持つのに、何故そんな事をするのか。


 ぶっちゃけ暇だったからである。


 マナーレッスンは貴族特有のもので苦手ではあるが、元々成人した会社員だったのだ。勉強や礼儀作法など最低限の知識はそもそも備わっている。
 しかもレティシアの脳がハイスペックなのか、一度ですんなり覚えてしまう。

 今も勉強やレッスンは続いているが、はっきり言うと、つまらないのだ。

 なので、その時間を有効活用する為に、よくあるテンプレ魔力チートを。魔力インフィニティを極めようと、今に至る。

 どれ程魔力が上がっているのかはよく分からないが、こういう地味でルーティンな努力は苦手ではない。前世では元々インドア派で、RPGのレベル上げは得意中の得意だった。


 もう習慣化と化し、気が付いたら十歳になっていた。……早いね。


 最近のレティシアは、ルシータに稽古を付けてもらおうかとさえ思っていたが、何とルシータがご懐妊したのだ。近々出産予定で、既にお腹はパンパンだ。

 妊娠したと始め聞いた時は大層驚いたが、ユリウスが養子となり、だいぶ慣れた頃にこんなやり取りがあった事を思い出した。



[回想]


「ユリウスもすっかり公爵家に慣れた事だし、そろそろ新しい家族をこさえないとなぁ? レオ!!」

「シッ、シータ! こっ子供の前で何を言う! そう言う事は……二人きりのときに、言うべきであってだな……」(ブツブツ)

 レオナルドが珍しく顔を赤らめて、何やらゴニョゴニョ言っている。

(何故だろう。いつもかっこいいお父様が、乙女に見える。そしてお母様は、美人なおっさんだ)


[回想終わり]



 ……というやり取りが、だいぶ前にあった。思い出したら色々納得した。

「ユリウス兄様。赤ちゃんは男の子か女の子かどちらかしらね? まあどちらでも、生まれて来るのは天使である事は、間違い無いのだけど」

 優雅に紅茶を飲むレティシア。最近はお淑やかの練習の為に、少しはお嬢様らしく振る舞うようにしている。
 そのせいもあって、レティシアをよく知らない者が見れば、近寄り難い高嶺の花的な存在に見える事だろう。

 まだ少女の幼さを残してはいるが、レティシアは更に美しく成長していた。

「そうだね。まあ僕はどちらでも、無事生まれて来てくれさえしたら、それでいいよ」

 ユリウスは少女と見間違える可愛らしさは影を潜め、美少年から、凛々しさを持ち合わせた美青年へと変貌途中だ。身長も伸びて、体つきも少し逞しさを感じる。


「それにしても、レティ」

 カップを置いたレティシアの手に、ユリウスの指が触れる。

「僕と二人きりの時は、いつものレティでいて欲しいな。他人行儀でいられるのは、辛い」

 さり気なく、指を絡ましてくる。

(……何だか、最近。スキンシップが、過剰に大胆にエロチックになって来ている気がするのですけど?! 私の気のせいですか? お兄様ー?!)

 という内面の動揺を隠しつつ、レティシアは首を傾げた。

「他人行儀だなんて。私はただ、令嬢としての振る舞いを……」
「レティ」

 左手の指でレティシアの指を絡ませながら、右手の、長くて綺麗な人差し指が伸びて来て、レティシアの唇が優しく押される。
 甘くてどこか扇情的な眼差しで、レティシアを見つめる。

「お願いだから」
「!! わっ分かったからー!!」

 ばふんっ、という副音声が付きそうな程、一瞬で顔が真っ赤になったのが分かる。
 絡まった指を慌てて外し、自分の唇に触れている指を、両手で押し返した。

「っもう! 折角練習してるんだから、いっつも邪魔しないでよ兄様!!」
「僕は、いつものレティが好きなんだ。そんな澄ましたレティは、似合わないよ。それに」

 レティシアの唇に触れていた指を頬に当て、テーブルに肘を付いて、ニッコリと微笑んだ。

「練習なんかしなくても、他の奴等きぞくに、レティが会わなければいいんだよ。アームストロング家に、ずっと居ればそれで良いと思うんだ」
「だ・か・ら! いい加減それも限界だと思うの! 私だって、もう十歳よ? 社交界デビューしててもおかしくない…というか、十歳に魔力測定で社交界デビューするって聞いたけど!?」
「そうだったかな」
「もう!! 兄様、既に社交界デビューしてるじゃない!! 来年には魔術学園に行っちゃうし。……学園寮で過ごさないと、いけないんでしょう? ……いつまでも兄様に甘えてる場合では、ないと思うの」

 ユリウスは魔力測定の後、アームストロング領土内にて無事社交界デビューを果たしていた。

 最初、レティシアは内心かなり心配だった。

 公爵家の一員になったとは言え、『元平民』と言う変なレッテルを貼られないか。
 上手く貴族として、溶け込めるのか。とか。


 まあ蓋を開けて見れば、心配してた全てを余裕で覆されてた訳だけど。

 今では美しい容姿と教養、人望などが相まって、女性貴族達の心を鷲掴みだとか何とか。

「確かに、来年から四年もレティに会えなくと考えると、今から気が狂いそうになる。だから、会えなくなる分、もっと甘えて欲しいんだよ? そうだ、レティは僕の事『ユーリ』って呼んでくれて構わないよ? まあ、今みたいに二人きりの時だけ、だけど」

(……敬愛する兄が、フェロモン垂れ流しで困ってます。一体どうしたらいいのでしょう……?! 鼻血を出さない方法、誰か教えて下さい!!)

「う、うう……。私だって寂しいよ…? ユ、ユーリ兄様……」

 鼻血が出ない様、少し鼻に力を入れつつ、初めての愛妾呼びに顔が赤くなる。

 そんなレティシアを見ていたユリウスは、額に手を当て少し俯いた。ユリウスも何やら顔が赤い。

「……レティが可愛すぎて辛い……。やっぱり、学園通うの辞めようかな……」

(冗談がキツイです、お兄様!!)


 本格的に色々キャパオーバー寸前で、部屋の扉がノックされた。

 ユリウスは少し掠れた声で、応答した。

「ユリウス様、旦那様がお呼びです。レティシア様もご一緒に、との事です」

 ユリウスの側近であるデュオの声で、甘い空気が薄れた。レティシアは内心ホッとした。

「……そうか、分かった。……レティ、行こうか?」

 ユリウスは席から立ち上がると、当たり前のようにレティシアに手を差し出す。

「はい。ユリウス兄様」

 レティシアも当たり前にその手を取って立ち上がったと同時に、ユリウスの手がレティシアの腰に回り、強く引き寄せられた。

 そして耳元で囁かれる。

「話はまた後でね? レティ。……後、これから二人きりの時はユーリ、だからね?」
「は、はひゅぃ!」

(……来年から暫く会えないからって、ユリウス兄様の部屋に入り浸るのは、今後控えよう……心臓保ちません……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

どうも、初夜に愛さない宣言をされた妻です。むかついたので、溺愛してから捨ててやろうと思います。

夕立悠理
恋愛
小国から大国へ嫁いだ第三王女のリーネは、初夜に結婚相手である第二王子のジュリアンから「愛することはない」宣言をされる。どうやらジュリアンには既婚者の想い人がいるらしい。別に愛して欲しいわけでもなかったが、わざわざそんな発言をされたことに腹が立ったリーネは決意する。リーネなしではいられないほどジュリアンを惚れさせてから、捨ててやる、と。 「私がジュリアン殿下に望むことはひとつだけ。あなたを愛することを、許して欲しいのです」  ジュリアンを後悔で泣かせることを目標に、宣言通り、ジュリアンを溺愛するリーネ。  その思惑通り、ジュリアンは徐々にリーネに心を傾けるようになるが……。 ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...