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第14話 窮地
しおりを挟むルフは戦場を駆け巡りながら、ある事を考えていた。それは想像以上にザーマイン軍が弱いことである。その原因は既に予想がついていた。
ルフが視線を遠くに向けると、通常の個体より二倍以上も大きい身体を真っ黒に染めたワイバーンが、ザーマイン軍相手に暴れていた。
それを相手にしているのは、気力に目覚めている精鋭の兵士達や、二つ名がついている程の有名な人間だった。
総司令官を打ち取るのは、今この瞬間しかないことをルフは悟る。
ルフは己がザーマイン軍に所属していた経験から、ザーマイン軍の総司令官がどこにいるのかある程度予想が付いていた。その場所に向けて突き進む。
ルフが相手の兵士達を蹴散らしながら進んでいると、やがてどこからか声が聞こえてくる。
「ルシウス様お逃げください! カーマ王国軍が...剣聖ルフがこの近くまで迫ってきています!」
「何だと! 俺がルフ相手に逃げろと言うのか!」
ルシウスは屈辱に感じていた。魔物に襲われたタイミングで、カーマ王国の軍が攻めてきたのである。偶然にしては出来すぎだ。
おそらく事前にザーマイン軍が、山脈から攻めてくるのを察知していたのだろう。カーマ王国は歴史が古く、他国にない珍しい魔法を持っているはずだ。何らかの魔法でザーマイン軍を魔物に襲わせた可能性がある。
魔物が恐怖を感じないようにしたのかもしれない。ルシウスは己の完璧な作戦が読まれ、完全な対策をされていることにプライドが傷つけられるのを感じる。
しかし、ベルクス連邦との戦いで自分の作戦が失敗に終わった経験があるルシウスは、驚きこそするが負けたこと自体は認めなくもない。
問題はルフの存在だった。己が追い出したルフ相手に逃げ出すことは、自身の感情が許さなかったのである。
ルシウスがルフの対処方法を考えていた時だった。
「まさか、貴方が来ているとは思いませんでしたよ。ルシウス」
ルシウスは聞き覚えのある声がした方向へ、咄嗟に顔を向ける。目に飛び込んできた人物が何者か理解すると、彼は目を大きく開き、そしてその後すぐに顔を大きく歪ませた。
「俺から逃げ出したにも関わらず、俺の前に姿を現すとは。ルフ、お前にはプライドがないのか?」
「プライドですか。勿論ありますとも。私の復讐心の十分の一にも満たないですけどねえ!」
ルフは、ルシウスを殺せる絶好の機会が訪れたことに、思わず狂気な笑みを浮かべる。そして剣を構えてルシウスを殺す準備をする。
その姿を見たルシウスは、このままではこちらの分が悪いことを悟る。そして何とか時間稼ぎ出来ないかと、頭を高速で回転させる。するとあることを思いだす。
「お前が牢屋にいる間、隠れてお前に食事を持ってきた人物について覚えているか?」
ルシウスの言葉に、ルフは振りかざそうとした剣の動きを止める。
「......覚えていますよ。平民である私にも態度を変えずに接してくれた人でした」
「ならその人物がどうなったのか分かるか?」
「酷いことにはなっていないでしょう。貴方の婚約者なはずだ」
「殺した」
「今なんと言いました?」
ルシウスは笑いながら、早口で喋る。
「お前が悪いんだぞルフ。牢屋に入っているお前にアンテリーゼは何度も何度も食事を持ってきた。わざわざお前のためにな。だから殺してやった」
アンテリーゼ。それはルシウスの婚約者であり、彼が愛していた一人の女性だった。
「そんなことで殺したのですか!? 貴方は愛していたでしょう!」
「......愛していたさ。だがアンテリーゼは常にお前を見ていた。だから仕方なかった」
「......まさか私を無実の罪で殺そうしたのはそれが理由ですか?」
ルフは何故自分をルシウスが殺そうしたのか、ようやくその答えにたどり着く。
「フフッ ハハハハハ! そうだ! その通りだ! あいつはよりにもよって平民のお前を愛していた。俺を愛さないのなら必要はない」
「貴方はどうしようもない人だ。一思いに一瞬で殺して差し上げましょう」
ルフは聞くに堪えないルシウスの口を黙らせようと、襲い掛かる。残像をも残すほどの神速の一撃は、ルシウスの首目掛けて振るわれた。
剣がルシウスの首に触れようとしたその瞬間、キィン!と甲高い金属がぶつかる音が響きわたる。ルフの一撃は黒色の刀身によって受け止められた。
「遅いぞシド」
ニヤリと笑みを浮かべたルシウスが、割り込んで来た黒い剣の持ち主を咎める。
「そこは褒めるところでしょう。ルシウス様」
シドはルシウスの言葉に、気安い口調で返す。
「それで、ワイバーン共はどうした?」
「当初の数の十分一程まで減らしました。後は私達がいなくても問題ないでしょう」
「予想以上に早かったな。なら後はカーマ王国軍だけか」
ワイバーン達が、もう既にそこまで減らされたことにルフは危険を感じる。
それに加えて、私達という言葉にルフは嫌な予感がする。
彼が後ろに下がって周囲を見渡すと、シドと呼ばれた男の後ろに見覚えのある人物達が姿を現す。
「まさか、反逆罪の貴方がここにいるとは驚きです」
「時代遅れの剣聖じゃん」
「丁度いい。お前とは一度戦って見たかったんだ」
風読みのリリア、勇者ラドクリフ、槍聖のビアスと呼ばれている者達だった。
「......これは予想外ですな」
ルフは絶対絶命の状況に内心の言葉が思わず口に出る。ここまで英雄を連れてきているのは予想外だった。
ザーマイン帝国はベルクス連邦との戦線を抱えていたためである。
「あれ、ガイアのやつはどこいったんだ?」
「確か、カーマインの女の魔法士と戦っているはずだ。珍しく長引いているが、直にこちらに来るだろう」
ルフはガイアまで来ていることに驚きを隠せない。それも戦っている相手は恐らくベルルだ。
彼は何とかルシウスを殺す方法がないか必死に考える。それは復讐心だけではない。何故なら軍を率いる将が死ねば、兵は統率を失い実質的にこちらの勝利だからだ。
ルフは現れた四人の中でも、シドと呼ばれた男に注意を向ける。
ルフに見つめられている事に気づいたシドは口を開く。
「そういえば貴方と話すのは初めてですね。私は貴方の後任を務める、ザーマイン軍剣術指南役のシドといいます。」
シドは優雅にルフに向かって軽く礼をする。
平民には思えないその所作を見たルフは、ある噂の人物を思い出す。
それは貴族の出でありながら、幼少の頃に死にかけたことで気力に目覚めた男。そして剣技においても天才と言われている人物だった。
二つ名が付いていないのは、戦争に出ていないからだろう。ルフはシドを要注意人物として認識した。
「四対一ですが恨まないでくださいよ。貴方は危険だ」
シドは他の三人に目配せをすると、ルフに襲い掛かった。
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