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第12話 奇襲

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 ルフ率いる約百人の兵士達は、ドラゴニア山脈の中でも真ん中程の標高を持つ、山の頂上付近まで来ていた。


「......妙ですな」


 部隊より先行して、頂上付近まで登っていたルフが、内心の言葉を漏らす。


「何がです?」


 同じくルフと共に先行していたベルルが言葉の意味を問う。


「ワイバーンの群れが見当たらないことです。通常この高さまで登れば、ワイバーンは縄張りを侵されたと思って襲い掛かってくるはず。ですが、姿すら見当たらない」

「なるほど。山脈を越えてきた貴方が言うなら間違いはないのでしょうね」


 何かが起こっている。ルフはそんな予感がした。


「とりあえず山頂まで登れば、何かが分かるかもしれません」


 ルフとベルルの二人は、疲れた様子を一つも見せずに坂を登り、やがて山頂に辿り着く。

 それぞれ辺りを見渡す。だが、魔物の姿は全く見当たらない。


「一体何が...」

 
 ルフは違和感の正体を確かめようと辺りを注意深く観察していた。


 それを尻目にベルルは初めて見る山頂からの景色を目に焼き付けていた。大きな川の流れから、どこまでも広がる森林、険しい峡谷の数々。


 「わざわざここまで来た甲斐がありました。どうなるかと思いましたが、ピクニックだと思えば悪くないですね」


 ベルルはその場で座り込むと少しの間、景色を見ながらボーっとする。やがて近くにいるルフが、黙ってある一つの方向を見ている事に気づく。


「どうしたんですか?」


 ベルルの問いを聞いたルフは、狂気に満ちたような笑みをこぼし、視線の先を指し示す。

 ベルルが怪訝な表情でその先を見つめると、黒い小さな何かの集まりが見える。それは人間の集団のようだった。


「あ、あれは...もしかして人の集団ですか?」

「ええ。それもザーマイン帝国の軍隊ですな」

「ザーマインの軍隊!? それは本当ですか?」


 ルフはそれを見た瞬間、はっきりとそれが何なのか理解していた。ルフが前に所属していたのはザーマイン軍であり、その黒色の鎧はルフに懐かしさを感じさせる程である。


「間違いはありません。この私が言うのですから」

「だとしたら、何故こんな所に? あれは見た所数千人はいそうです。仮に魔物退治だとしても、そんな人数で向かえば魔物が大量に襲い掛かってくるはず」

「魔物退治なんかではないでしょう。あれは恐らくカーマ王国に侵攻している軍です」

「っ!?」


 ルフが答えた言葉に、ベルルはあまりの衝撃で言葉を失う。同時にルフが狂気の笑みを浮かべていた理由を悟る。ザーマイン帝国に対する復讐心からだろう。


 ルフはベルルが驚いている間にも、頭を高速で回転させていた。
 アルス王が、何故ルフ達をドラゴニア山脈に派遣させたのか。そして兵士を志願制にした理由。ルフを任官した場合にザーマインがとる行動。

 そこまで考えると、ルフは点と点が全て繋がり、王の本当の真意を悟る。


「フフッ 面白い。全ては王の計画通りという訳ですか」

「......今なんて言いました?」


 ベルルは、何やら聞き捨てならない事が聞こえてきて聞き返す。


「今のこの状況は、アルス王が頭の中で描いていた図という訳です」

「そんな!あり得ないです!」


 流石にベルルは信じられなかった。その強引な性格は異性として魅力を感じていたが、一週間程何も仕事をせずに、怠けて過ごしている様子を見ていたからである。


「アルス王は野心がある人だ。周辺国を攻めたいが、大義名分もない。そして何よりも戦力が劣っている」

「つまり?」

「私が任官を申し出た時、チャンスだと思ったのでしょう。任官を許せば、ルシウスからは良い印象はされない」

「ま、まさか」


 ベルルはそこまで聞くと、ようやく王の考えが頭に思い浮かぶ。


「貴方を任官させることで、ザーマインから反発を食らう。そしてドラゴニア山脈から攻めさせるということですね」

「ええ。ただアルス王も、確実にザーマインが山脈から攻めてくるとは思っていないはずです。魔物退治を名目にして、私達を送り出したことがその証拠です」

「なるほど。そして仮に攻めてきても...」

「この山脈で兵士を待ち伏せして奇襲すれば、戦力が劣っているカーマ王国でもザーマインを撃退できます」


 その待ち伏せの兵士が、魔物退治の名目で山脈に派遣された私達ということですか。ワイバーン退治なら標高の高い山に行くため、こちらから先に発見出来るだろう。

 だが、私達が逃げ出すことを考えないのかとベルルは疑問を抱くが、先ほどのルフの表情を思い出して納得する。

 ベルルは何も知らせずに、山脈に派遣した王の事を恨もうとしたが、その雑な扱いに何故か心が高揚して恨めなかった。
 

「アルス王の計画は、これだけはないですよベルル殿」

「それは私も分かりますよ」

「ほう。では同時に言ってみますか」

「いいですよ」


 ベルルとルフは目配せすると、タイミングを合わせて同時に口を開く。


「志願制にしたのは、士気が高い精鋭にするためですな」「剣聖ルフを派遣したのは、復讐心で逃げないからです」

「「.........」」


 二人の間で一瞬沈黙が訪れるが、それは二人がそれぞれ感心していたためであった。


「なるほど。私自身の心も利用されていたということですか。確かにこの場で私は絶対に逃げ出さないでしょう」

「数倍の兵力差でも志気を保つために、魔物を殺そうとする命知らずの人間を集めたということですね。それに少数なら魔物から襲われることや、相手に気づかれる危険性が少なくなります」


 二人は自分が仕えている王が、どこまで考えているのかと末恐ろしく感じる。

 だが、二人がこんなに余裕そうなのは、ある共通していることがあった。


「では行きますか。逃げてもいいんですよベルル殿」

「誰に言っているんですか? 私は貴方より強いですからね」

「そうですか。では私の復讐のためにも頑張ってください」

「残念でしたね。貴方のためではなく、王様のために頑張ります」


 それは己の力に自信を持っているということである。


 二人は、連れている百人の兵士と合流すると、ザーマイン軍に奇襲をするための準備に取り掛かった。






 ルフとベルルは兵士達を連れて、ザーマイン軍にゆっくりと近づいていた。だが、近づくにつれて次第に二人の言葉の数が減っていた。それは予想以上に、ザーマイン軍の数が多いためである。


「もしかして一万ぐらいいるのでは...」


 どうやら遠くから見えた軍は、一部だったようである。多くて四千程と考えていたが、一万はいるようである。


「この数は流石に予想外ですな。しかし、魔物に襲われる様子もないのは、何かしらの対策を立てているのでしょう」


 ルフ達がザーマイン軍の数を少なく見積もった理由として、大軍であれば大勢の魔物に襲われるためである。だから、ザーマイン軍のこの数は予想外だった。


「さて、どうしますかな。狙うは敵の指揮官ただ一人ですが、この数だとザーマインは本気でカーマ王国を落とすつもりのようです。仮に逃げ出せば、確実に王都は落ちるでしょう」


 兵士の数が元々少ないカーマ王国は、王都の常備軍は五千しかいない。時間をかけて辺境から兵士を集める余裕なんてないだろう。

 それに、相手は恐らく英雄と呼ばれる人間も何人か連れているはず。ルフ一人いや仮にベルルという少女の力を英雄と同等だと仮定しても、この数で敵の総司令官を打ち取るのは博打だ。


「ここで奇襲をしても失敗する可能性が高いでしょう」


 ルフの言葉にベルルも反論出来なかった。

 まさか見誤ったか。ルフが思わず王の判断を疑った時だった。


「あ、あれは何ですか!」


 ベルルが空に向けて指さす。

 その声を聞いたルフは、反射的に彼女が指さした方向を見る。

 そこには何と多数のワイバーンの群れが、ザーマイン軍目掛けて移動している光景だった。

 その様子を二人はじっと見つめていると、やがてそのままワイバーンの群れがザーマイン軍と重なる。

 数舜後、兵士の悲鳴がここからでも聞こえてくるほど響きわたる。


「これはチャンスですな」


 ルフは後ろを振り返り、自分に付いてきた兵士達を見つめる。そこには恐れをなしているものは一人も存在していなかった。狂気な表情をしているものはいたが。

 そして隣を見てベルルの表情を確認すると、そこには何かを決意した様子でザーマイン軍を見つめる姿があった。


 それを見たルフは、この瞬間突撃することに決めた。

 ルフは剣を掲げると大きく叫ぶ。


「目指すは敵の司令官ただ一人。 死にたいやつは私について来い!!」

「「オオオオオオゥ!!」」


 それは天地が張り裂けるような叫び声だった。


「ヒヒッ」「ここは天国か」「俺を殺せるやつはいるのか?」「ヒャッハー!」


 ルフ率いる精鋭の兵士百人は、ワイバーンに襲われているザーマインの軍目掛けて突撃していく。


 まず先頭を走るのが剣聖ルフだ。それについて行くのが、身体に魔力を纏わせたベルルである。
 それを見たルフは思わず笑みをこぼすと、心の中である事を呟く。どうやら口だけではないようだと。


 ルフ達はザーマイン軍との距離までもう少しの所まで近づく。すると敵の数人の兵士がこちらに向き、口を半開きにして信じられないような表情をする。


「フフッ」


 それを見たルフは、余りのおかしさで笑ってしまう。なにせ相手の国に侵攻しているはずが、その相手の国の軍が突然現れて襲ってきたのだ。それもワイバーンに襲われている中で。

 ルフは、未だに状況を把握していない相手の兵士に近づく。やがて自身の間合いにまで入ると、気力を纏わせた剣を振りかぶり、首目掛けて一閃した。

 通常よりも射程が伸びた斬撃は、そのまま兵士の首を切ると、その後ろの兵士数人の兜ごと頭を切断する。

 そしてルフは、間髪入れずに名乗りを上げる。


「私はカーマ王国の剣聖ルフである! 私を殺したいやつはかかって来い!」


 その瞬間、時が止まったようにルフの周りの音がなくなる。

 やがて一拍遅れて、後続の兵士が雪崩れ込むと、途端にザーマイン軍から悲鳴と怒号の声が響きわたる。ザーマイン軍は大混乱に陥った。
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