3 / 23
第3話 その男は
しおりを挟むアルスはカーマ王国の城のとある一室で、重要な会議を開いていた。
アルスが集めた主な出席者は、宰相、宮廷魔法士、騎士団長、その他各部署の代表である。
会議が始まって十分が経つと重苦しい雰囲気が漂う。
アルスが出席者の顔を見渡すと、その表情は信じられない、といったものや呆れたような顔をした人、そして無表情なものがいた。
しかし、共通しているのが、王の判断を疑うかのような、アルスに向ける視線である。今回ばかりは独断が過ぎたかとアルスはひとりごちる。
そしてもう一つの前提を説明するためにアルスは口を開く
「まだ話し合う前に説明が残っている。剣聖ルフが一体どういう人間かを共有するべきだ」
アルスはそう言うと隣に立っている文官に資料を配るよう命じた。
そしてアルスは配られた資料を改めて確認する。アルスが剣聖ルフの経歴を見るのはこれで二度目だが、どうしても驚きの感情が湧いてしまう。
剣聖ルフ
それはカーマ王国において最も有名なザーマイン人である。
その名前が轟いたのは、今から五年前に起こったザーマイン帝国とベルクス連邦の戦争である。
当時、二十七歳であったルフは、ザーマイン軍においてはかなり有名な剣の使い手であった。
軍において、ルフに勝てたものはおらず、そのあまりの強さから上官の貴族から嫉妬され嫌がらせを受ける程だった。
そしてあるとき、ザーマイン軍の一個旅団がベルクス連邦の奇襲を受け壊滅し、撤退することになった。そのとき上官の貴族がルフに命じたのが殿だった。
ルフはその命令を聞き、死ぬ覚悟で殿を務めた。
死の隅を彷徨う戦いの中でルフは己の限界を超え、そして気力に目覚めた。驚くことにルフは気力を使わずに軍で一番強かったのだ。
気力に目覚めたルフは相手の千の軍を壊滅させた。
それから国内外で剣聖ルフと呼ばれるようになった。
だが、その五年後になんとルフは反逆罪の罪で処刑が決まってしまったのだ。
罪の内容は次期皇帝であるルシウスを殺害しようとしたことである。これはルフによればルシウスに嵌められたという。
こんなところで死ぬ気がなかったルフは牢を脱走して、追手を撒くために山脈を超えこの国にたどり着いたらしかった。
会議の出席者が全員ここまでの内容を読み終えたことを確認すると、宰相が全員の顔を見渡しながら言う。
「まだ、ザーマイン国の剣聖がどうなっているかは情報が入っておらん。が、実は帝国が新しくシドという名の剣士を帝国軍の剣術指南役に任命した情報がある」
宮廷魔法士の一人であるアランが、それは初耳といった表情をする。
「シドですか......聞いたことがない名前ですね。確か元々、軍の剣術指南役は剣聖ルフが任命されていましたよね」
「ああそうじゃ。どうやらこの資料に書いてある内容は真実の可能性が高い」
宰相の言葉に一同は納得の表情を浮かべる。と同時にアルスを見つめる、王の判断を疑うような目はなくなりつつあった。
アルスは自分に向けられる疑惑の目がほぼなくりつつあるのを感じ、安堵した。
「我が剣聖ルフと話したところ、我が国に仕えたいという意思は嘘には感じなかった。我が言うのだから間違いない」
王は舐められたらおしまいだということを、アルスは先代の王である父親から聞かされていた。アルスは威厳を感じさせるために見栄を張った。
「なるほど。確かにこれまでアルス王は人選を間違えたことはない」
アルスと仲が良い宮廷魔法士であるアランも援護をする。
「王が言うのならそうなんだろう」「確かに」「王の判断はこれまでに大きな間違いがなかった」
口々に王の言うことは間違いないという言葉が飛び交う。
オッホン!
流石に恥ずかしくなったアルスは大げさに咳をして一度静かにする。
「実は問題は他にもある。それは剣聖ルフが暴れた場合、止められるやつがいるかということだ」
アルスはもう一つの懸念事項である、剣聖が暴れた場合、誰が止められるかという話を切り出す。
カーマ王国ではここ百年間、戦争をしてこなかったというのもあり、英雄と呼ばれる存在がいない。最も、平和故に優れた学者が多く、魔法士の数も多い。
しかし、戦争において英雄は生まれるものだ。我が国の魔法士が、戦いにおいてどれほど優れているのかアルスは分からなかった。
「それはごもっともな意見ですな。仮にルフが暴走して国の上層部が全員殺されたら、この大陸において生涯笑われ続けるでしょうな」
平和を望み変わりなくこのカーマ王国を、存続させようと思っているアルスからしたらそれは我慢ならないことだった。
「アラン、お前から見て剣聖ルフに勝てそうか正直に話してくれ」
宮廷魔法士アランという男は、カーマ王国の名門ルーベル魔法大学において歴代トップの成績を残し卒業した、天才である。
論文「マナが脳に与える影響とその可能性」は著名な魔法学者達から高い評価を得て僅か22歳でカーマインの魔法士の中で最高の栄誉とされるベルガ賞を授与されるほどである。
カーマ王国で数少ない、英雄レベルの人間とアルスが思っている男である。そしてアルスが思う戦闘能力が高さそうな男でもある。
「そうですね。私の本職は戦いではなくどちらかというと研究よりですから。正面から戦うと恐らく負けるでしょう。私よりもベルルの方が強いですよ」
それを聞いたアルスはアランの隣に座っている、紫色の髪をした少女に目を向けた。
宮廷魔法士ベルルである。
ベルルはアラン程ではないがここ最近話題になった天才魔法士である。ルーベル魔法大学を二年飛び級し卒業した才女で戦闘魔法科に所属していた。
アルスの視線にベルルが答える。
「私が何百回か戦闘シミュレートしたところ、負けはしないと感じました。ただ勝てるかと言われれば決め手にかけますね。しかし、城に集っている宮廷魔法士と騎士達を合わせれば勝てると断言します」
「なるほど。それなら問題はないじゃろう。とりあえずアルス王の護衛にはベルルをつければいい」
宰相の言葉に否定の声は上がらなかった。
アルスからすれば型苦しそうな少女に、四六時中護衛されるのは、王の威厳が薄れ舐められそうだなと感じてしまう。だが死にたくなかったので、あきらめて受け入れることにした。
その後の会議は密偵を派遣するなど、ザーマイン帝国に注意を向ける方針に決まった。
0
お気に入りに追加
2,134
あなたにおすすめの小説
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
成長チートと全能神
ハーフ
ファンタジー
居眠り運転の車から20人の命を救った主人公,神代弘樹は実は全能神と魂が一緒だった。人々の命を救った彼は全能神の弟の全智神に成長チートをもらって伯爵の3男として転生する。成長チートと努力と知識と加護で最速で進化し無双する。
戦い、商業、政治、全てで彼は無双する!!
____________________________
質問、誤字脱字など感想で教えてくださると嬉しいです。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~
影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。
けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。
けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。
家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから
ハーーナ殿下
ファンタジー
冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。
だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。
これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる