上 下
13 / 89
【1】きっかけは最初の街から。

11)ツェリディアの過去。

しおりを挟む


 依頼を終え、道具屋を去ったツェリディアはギルドへの道を進みながら物思いにふけっていた。不思議な雰囲気をまとった少年だと思っていたが、平原に出てすぐ妖精達が現れるし、更には精霊まで。精霊の方は自ら契約を結ぶなど異例であった。
 元々ツェリディア自身も妖精を呼びやすい体質。下手すれば視界が埋まる程に付きまとわれたこともあった。別に不快ではないのだが。


 ふと浮かぶとある妖精。学生だというアリオットのおかげで思い出した。毎日のように現れていた、あの火の妖精を。
 あの子は今、どうしているんだろう。





「また、会えると思うんだけどな」





 ポツリと呟いた言葉は何処に向けて発したものなのか。



 さて、逸れた思考を戻す。
 彼の名前はアリオットと言った。
「彼が始まりの者……だったら今回の件も色々と進展すると思うんだけどねぇ」







◆◆◆◆



 幼い頃、お祭りからの帰り道だった。薄暗くなる時間、兄と一緒に歩いていた際に通りすがりの占い師に声を掛けられた事があった。


『お前達はいつか始まりを名に持つ者と出逢う。その時運命は流転するだろう。急速に、急激に。お前達の力はその時の為に』



 その時は占い師の放つ気迫に押され、ただ恐怖が身を襲った。動けない私を兄が懸命に手を引いて走って走って走って。家に着いてからも暫く兄の手を離すことができなかった。



◆◆◆◆



 当初は何を言われているのか全く理解出来なかった。そりゃ幼い子どもに言い聞かせるには言葉が少し難解だ。だが、忘れる事無く覚えている。それは兄も同じくだった。
 過去にツェリディアは始まりを名前に持つ者と出逢った事がある。未だに信じられないが、彼と出逢ってから妖精に関するスキルが変化した。まぁそれだけではなかったけども。未だに頭は上がらないし、かけがえのない大事な人だ。今、自分が抱えている件はその彼と彼に纏わる人達も関わってくる。必ず、必ずや真相を解明しなくては。






 ふと武器屋の前で足を止める。ショーウィンドウに写る軽鎧姿。腰に下げているのは細かい装飾の入った剣と鞘。今の姿には似使わないデザインだ。それもそのはず。よく見れば柄と鞘には王都騎士団の紋章が刻まれており、騎士団員しか持つことができない特殊な誓約魔法が込められた装備品だ。ただし、この剣は途中から折れてしまっており、現在は何の力も感じることができない。



 カルティタニア王国の王都騎士団は国と国王に誓いを立て、その誓約をもって国王からの恩恵・加護を受ける事ができる。その鍵となるのが『誓約の剣』。ある者は力を、ある者は魔力を、ある者は守護を望み今も騎士団に従事している。



 決して折れることのない剣の筈だった。



 あの日までは。





◆◆◆◆



「とある地区で『契約切りの魔道具』が悪用・乱用されているフシがある。すまないが魔力や魔法抵抗値レジストが高い第三部隊に調査に出てもらいたい案件だ。行ってもらえるだろうか」
「了解。まずは人員を厳選して向かいます。」


 団長であるイグニス・サラマンドラからの特務。
 嫌な予感はした。『契約切り』、名前の通りありとあらゆる契約・目に見えない縛りを切断する魔道具。
 第三部隊は魔騎士とも呼ばれている。出で立ちは騎士だが、剣術にも魔法に優れた部隊だ。隊長であるツェリディア、副隊長のカイルと隊員のザック、レストンの4人で現地に向かう。



 王国領土内北、隣国との境目にヤツらはいた。契約切りの『魔剣』を扱う剣士と『短剣』を振るう魔術師。
 結果、カイル、レストンの2名は負傷しつつも魔術師を拘束、『短剣』を破壊し回収。

 召喚術を使役するザックは負傷しつつも剣士と対峙。ただ、『契約切りの魔剣』が召喚術では相性が悪く、戦況は不利な状態だった。隙を突いて振りかざされた魔剣、防御が間に合わないと誰もが見て取れる状況にツェリディアが渾身の力を込めて剣士へ何かを投げ放った。



 それがツェリディアが腰に下げていた『誓約の剣』だったのをザックは未だ鮮明に記憶している。



 剣士も魔剣で振り払う。その隙に間合いを詰めて使い慣れた大鎌を振り抜く。ガキィィンと鍔迫り合いの音が響く。魔剣の効果が自らにかけた肉体強化の魔法も消し去る。しかし消される度にかけ直す。何度も何度も何度でも。しかしその均衡は数分で崩れた。





 魔剣が触れた『誓約の剣』は不穏な黒い渦を纏い、パキンと折れた。






 その瞬間、ツェリディアから溢れ出た桁外れの魔力により戦況は逆転。爆発的な肉体強化が剣士を吹き飛ばした。残念ながら相手も瞬間的に防御力を上げていたらしい。魔剣を手放した為に魔法による強化が十分に効果を成したのだろう、剣士はそのまま逃走。追いかけたかったがこちらも負傷者が多い。深追いはせず、放置された魔剣を回収し王都へ戻ることにした。






 その後の調査で『契約切りの魔道具』はとある教団組織によるものと判明。呪いの一種に近いという。








 ツェリディアが誓約で願った王の恩恵・加護は「魔力の制御」。生まれながら持ち合わせている桁外れの魔力をどうにか制御したかった。暴走はしないにしろ、魔力を持ち得る者にとっては畏怖であり、近寄り難い存在となる。感覚の鋭い者はもちろん、動物、魔物ですら近寄らない。
 あの時のメンバーで制御系の誓約をしていたのはツェリディアのみ。(そもそも通常であれば力の制御など望みはしないだろう。)例え『契約切り』が施行されたとしても戦力には影響が出ない。例え折れたとしても、大切な人達が住むカルティタニア王国への忠誠心は変わりはしない。

 この相手では魔法を放っても魔剣の効果でほぼ無効化されるのが見えていた。物理で、尚且つターゲットを外らす為の外的要因が必要だった。石やナイフのような小物ではなく、そこそこの大きさで魔力に打ち勝てるもの。
 それがたまたま腰に下げていた『誓約の剣』だった。



 『誓約の剣』はカルティタニア王国の騎士の証。剣士だろうと魔術師だろうと弓士だろうとメイン武器とは別に全員が必ずこの剣を帯刀している。魔法誓約の効果で、現在誰が在籍しているのか管理の意味も成す。




 剣を失うことは騎士団員の証を失う事。
 剣が折れたのと同時刻、在籍一覧から一人の名前がスっと消えたのを団長のイグニスは目撃していた。






「隊長、俺の…俺のせいで…っ!」
「気にしないで。これが一番被害が少ないと判断して私が勝手に動いたんだ。一隊長として仲間を守れて良かったと思ってるよ」
「しかし……!!」



 ……その判断は誤っていたかもしれない。今でも思い出す、その場にいた3人の痛烈な表情。特にザックはその責任を重く感じていたかもしれない。

 それでも部下を、仲間を庇った事に関しては後悔はない。





****


 重苦しい空気の騎士団長室。


「団長。もし、剣を直すことができたら騎士への復帰ってできるんですかね?」
「ああ、もちろんだ。俺の権限全力使ってでも戻させる」




 だからこいつは預かっとく、と受け取った退団届を引き出しの奥底にしまった。



「ありがとう……ございます……っ」



 視界が歪む。ポタポタと雫か床に染み込んでいく。今頃になって涙が溢れてきたのだ。悔しかった。家族のような仲間に囲まれたこの場所を奪われたことに。だから何としてでも戻りたかった。




「泣くな、必ず帰って来い。」



 頭を撫でてくれる団長の優しさに、とうとう堪えきれなかった涙腺は決壊し、号泣してしまった。





◆◆◆◆






 切れたなら、また結ぶだけ。






 私の心は未だに折れてはいない。






「必ず、取り戻す。」






 祈るように静かに剣を鞘に戻し、ギルドへ向かう。
 今日はきっと進展する何かがあると信じて。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】ごめんなさい?もうしません?はあ?許すわけないでしょう?

kana
恋愛
17歳までにある人物によって何度も殺されては、人生を繰り返しているフィオナ・フォーライト公爵令嬢に憑依した私。 心が壊れてしまったフィオナの魂を自称神様が連れて行くことに。 その代わりに私が自由に動けることになると言われたけれどこのままでは今度は私が殺されるんじゃないの? そんなのイ~ヤ~! じゃあ殺されない為に何をする? そんなの自分が強くなるしかないじゃん! ある人物に出会う学院に入学するまでに強くなって返り討ちにしてやる! ☆設定ゆるゆるのご都合主義です。 ☆誤字脱字の多い作者です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...