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秋 睡蓮

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 その日は、雨が降っていた
講義も終わり、店への道を小走りに急いでいた戸河内
途中、傘もささず交差点の横断歩道の前に立ち尽くしている女性を見つける
伏せられた視線、その先には藤本が供えて居るらしい花束があった
何かを思いつめて居る様な顔
戸河内はどうしてか気に掛り、つい声を掛ける
良かったら店で雨宿りでも、と配達中の札が掛る戸を数日前に貰ったばかりの鍵で開け中へ
「あなたは、ここの店員さん?」
すっかり濡れてしまっている女性へとタオルを渡してやれば
不意にそんな事を聞いてくきた
そうだと頷いて返せば、女性の表情が僅かに曇る
どうしたのだろうと様子を窺ってみれば
女性の腕が、徐に戸河内を抱いてきた
「ど、どうしたんですか!?」
突然のソレに驚く戸河内
だが触れてくる女性の腕が微かに震え
その内にしゃくり上げる声が聞こえ始めてしまえば
戸河内はどうする事も出来なくなってしまう
「ごめんなさいね。、私ったら、つい……」
暫くそのままで居ると、女性は顔を上げる
その目尻には涙
頬を伝うソレに気付き、女性は慌ててソレをぬぐい
すぐに戸河内には作った笑みを向けた
「本当に、ごめんなさいね。それから、このタオル、ありがとう」
深々頭を下げてくる女性
そのまま店を出ていこうとする女性へ
戸河内は慌てて自分が持ってきた傘を差し出した
「……?」
「良かったら、使って下さい。折角拭いたのに、また濡れちゃいますから」
「でも、これはあなたの傘じゃ……」
「大丈夫です。バイト終わるころには止んでるかもしれないし」
だから使ってくれ、と手に握らせてやる
女性は暫く躊躇して居たようだったが
「ありがとう。なら、使わせてもらうわね」
受け取ってくれた
それがどうしてか嬉しかった
「気を付けて、下さいね」
手を振って向ければ、女性も振り返してくれていた
その姿が往来の人の波に紛れ見えなくなると同時に
「樹!ゴメン、遅くなった!?」
藤本が返ってきた
戸河内がくる時間だと慌てて帰ってきたらしく
傘を持っているにも拘らず藤本はずぶ濡れで
いい歳の大人の癖に、どうしてかこういう処が抜けている
「傘、なんで差さないの?ずぶ濡れじゃない」
「え?」
「そのままだと風邪ぶり返すよ。ほら、さっさと拭いてくる!」
語尾を若干強く言ってやれば、藤本は照れた様な笑みを浮かべ
頷くと上へと上がって言った
全く、と強く息を吐き出しながら、戸河内は改めて外を眺め見る
酷く振る雨、その水滴が地面を弾く音
そのどちらともが、今はなぜか気に掛ってしまう
「何か、嫌だな」
一人きりの店内、何となく心細さを覚えてしまい
椅子の上に膝を抱え、蹲る様に座ったと同時
「何でそんなコンパクトになってるの?樹」
藤本が降りてきた
戸河内が座っている向かいに藤本も腰を降ろし
顔を覗き込んでくる
「樹は、雨が嫌い?」
「な、なんで?」
「んー。何か難しそうな顔、してるから」
何となくそう思っただけ、と藤本は僅かに笑みを浮かべる
そんな顔を、してしまっているのだろうか
何気なく窓ガラスの方を向いてみれば
そこに写る戸河内の顔は、藤本の言葉通り難しそうなソレだった
「確かに、雨嫌ってる人って、多いよね」
外を眺めながら藤本が話を始める
「樹は?雨の日は嫌い?」
「私?そう、だな……」
余り深く考えた事はなかった戸河内は改めて外を見やる
薄暗い空、空気さえ重たげに感じられる
「あんまり、好きじゃないかも」
気分が滅入ってしまいそうだと返せば
藤本も同感なのか、同じく外を眺めるその横顔には苦笑が浮かんでいた
また、何かを思い出している
その何かを聞くことはしないが、憂鬱な顔をさせていたくはない
どうすればいいのだろう
今の自分が藤本にしてやれる事は何なのだろうと考えながらも
その答えは一人考えるだけでは見出す事は出来なかった
「ね、樹。今お客さん居ないし、てるてる坊主でも作ろうか」
行き成りな提案をしてくる藤本
戸河内の返答を聞くより先に、テーブルの上へとボックスティッシュを置く
「……何で行き成りてるてる坊主なの?」
「んー。だって、雨やんでほしいでしょ?」
「それはそうだけど……」
「だから。ね、作ろ」
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