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第1話 産婦人科医 後藤茂一

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 私の名前は後藤茂一、当年五十四歳になる産婦人科医です。
 自分で言うのも何だけど、日本屈指の産婦人科医ですかね。
 私の分娩補助は苦痛が少ないと有名なんです。母娘二代で私の患者になることも。

 自分の子供や、私の周りで働く看護師や事務員さんの子供も取り上げました。さすがに流産ゼロとは行きませんが出産死はゼロです。これは我ながら誇りですよ。
 もう妊婦さんたちの私を見つめる目が完全ときめき状態ですよ。旦那さんたちからも頼られますからな。我ながら天職を掴んだものです。


 ですがね、私の分娩補助はちょっとズルをしているんです。
 私ってば、実を云うと物心ついた時から漫画やアニメで言う“気功”というのを身に付けていました。
 いやぁ、父と母、妹にも伏せるのは苦労しました。今もって知られていません。チャクラ、オーラとも言い換えてもいいでしょうが、ともあれ私はその“気功”を体内に多分に宿らせており、長じては外気からも気功へと変換が可能になりました。この秘密、誰も知りません。こんなこと知られたら異端者扱いですからねぇ。


 だから私は、この気功を用いて、いまだ死さえ伴いかねない出産に対して救世主になりたいと思い、幼少期から産婦人科医を志して、密かに行っていた気功鍛錬の結果、己が気功を治癒エネルギーに変換できるようになりました。

 はっはっはっ、二十代で見事に禿げましたよ。

 あとは分かりますな。ファンタジー感覚で言うなら、私は回復魔法を使いながら出産補助をしているわけです。母体には分からない程度、もちろん胎児にも問題ありません。

 ちなみに全くの無痛には、いくら何でも私でも出来ません。そうしてあげられたら、どんなに良いかと思うのですがね。出産は苦痛と共にとてつもなく体力を消耗しますから。

 出産時に麻酔を投与する無痛分娩もあります。これを否定する気はないですが、母体が出産後に低血圧や頭痛、硬膜外血種が出来たりすることもあって、リスクもあるわけです。実際に死亡例もございますし。
 それと『無痛分娩』と言っても完全に無痛になるわけでもなく、あくまで痛みの軽減です。私は“気功”を用いて、その無痛分娩に近いほど母体に苦痛を生じさせずに出産補助が出来るわけです。もちろん妊娠してから出産に至るまでの診察や検査も私と妻を始め、優秀なスタッフたちが対処しております。

 過酷な悪阻に耐えて夫婦の愛の結晶を生む奥さん、仕事にかまけて、その大事な奥さんを放置する不心得者の亭主には私と女房で説教です。
『妊娠中と出産後三年、この間に奥さんを粗略にすると、一生忘れず、年寄りになったら必ず仕返しされるぞ。孤独死したいか?腐乱死体で警察に発見されたいか?』
 と脅してやります。だいたい悔い改めます。

 私自身、妊娠した女房の和美に尽くしまくりましたぞ。それが幸せでした。だから現在、和美は家庭でもクリニックでも私の心強いパートナーになってくれています。

 そんなこんなで産科医として世の中に貢献しているなぁという充実感をもって私は生きています。
 まあ、困るのは『どうして、母体にそんなに負担をかけずに出産補助が出来るのですか』と教えを請われた時ですが、その都度『母体と胎児に愛情をこめて』としか言いませんけどね!わはははは!


 経営している産婦人科クリニックも順調、子供たちも巣立ち、妻でナース長である和美と仲良く暮らしています。

 こんないい歳の私ですが、最近ハマッているのがライトノベルでしてね。いやぁ、若い才能は素晴らしい。私は鍛錬の成果もあるとはいえ、少々身体的に有利なことがあっての成功でしたから、ラノベ作家として懸命に執筆活動をする若者たちを素直に称賛したいのです。


 特に私が好んで読むのは『聖女追放』のラノベです。
 王国の平和を保ってきた聖女様がどこかの馬の骨令嬢に篭絡された馬鹿王子に追放され、その後に王国は聖女不在のツケを支払わされて滅亡、馬の骨令嬢と馬鹿王子は見事にざまぁされて処刑、チャンチャン!
 この展開が痛快でたまらない。仕事の忙しさも忘れるほど読み込んでしまう。

 ついには
「よぉしっ、私も書くぞ!この『小説家になりますっ!』一番の作家になって書籍化アニメ化映画化だっ!わはははははは!」


 『小説家になりますっ!』とは、その『聖女追放』系のざまぁ小説が多く投稿されているネットサイトです。さてさて日本一の産婦人科医、後藤茂一は『スカイキャット』というエレガントなペンネームでラノベ作家としてもデビュー!


 …まあ、天は人に二物を与えずと云いますよね。まあ気功のチカラがなければ産婦人科医として成功していたかも分からないし…でも投稿して感想どころか『いいね♪』や『お気に入り』がゼロなのはモチベーションに響く…。
 どこがいけないのか…。この人気ナンバーワン聖女追放ものより文章的には整っていると思うのだけど…


 いやいや、そんなことを言ってはいけない。負け惜しみは我ながら見苦しい!
 私はその聖女追放物ジャンルで人気ナンバーワンの

『聖女の私を追放するってかぁ!だったらこんな国見捨ててやる。滅んでしまえや!』

 の大ファンなのだ。たぶん作者は若い女性、私の方が歳の分だけ上手く文章を書けると言っても、それだけなのだ。だって実際に面白いし。ああ、早く次回が投稿されないかな。

 --------------

 医者の不摂生…。大好きな聖女追放ラノベ『聖女の私を追放するってかぁ!だったらこんな国見捨ててやる。滅んでしまえや!』が最終回を迎えた翌日、後藤茂一は就寝中に心不全を起こして他界した。享年五十五歳。
 葬式には、彼に子供を取り上げてもらった母親たち、その子供たちが参列し、県と市より特別褒章も授与されたそうである。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ここはある城の一角、三人の男女がいた。

「聖女アメリア!よくも今まで王国をたばかってくれたな!貴様のような心醜きうえ下賤な平民の女と結婚など出来るか!婚約を破棄させてもらう!」
「…レンドル殿下、私を追放すれば、この国を守る結界は消滅し、モンスターが怒涛のように押し寄せるでしょう。それでも…」
「ふはははは!よほど聖女の地位を失いたくないらしいな。そんな嘘が通じるか。もはやお前など必要ない。この国は、もう何年もモンスターの脅威などにさらされておらんわ!それに私は真実の愛に目覚めたのだ!コーネリア!」

「はいっ、レンドル様ぁ…」

 …馬鹿王子レンドルは頭と尻の軽そうな馬の骨令嬢の肩を抱いて得意げ。そのモンスターの脅威を防いでいたのは歴代の聖女だというのに。こんなやつのいる国を必死に守ろうとしたのか私は。馬鹿みたい。

「では婚約破棄書と聖女解任書をしたためて下さい」
「ああ、いいとも。ふう、せいせいするわ」
 馬鹿な男、自分で死刑執行書にサインしているとも知らないで…。
「二枚です」
「ったく面倒くさいな、これでいいか?」
 書類を確認すると私は指を鳴らした。

 パリン…

「ん?何をした…」
「いま、この国を守っている結界を全部消去しました。なに心配いりません。そこの尻軽に再び張ってもらえばいいでしょう?私の任を解くってことは私などより、よっぽど上質な結界を張れるのでしょうから。あらあら、急がなくていいの?いまこの国は無防備、私は今まで空と土中のモンスターまで食い止めてきましたが、いまはただの角ウサギやゴブリンの侵入も受け入れてしまうザル状態ですわよ」

「ふんっ、下賤で性根のひん曲がったお前のやりそうなことだな。コーネリア、やってみせるがよいぞ!」
「えーっ、無理に決まっているじゃない。私ってば生活魔法を少したしなむ程度、王子様が君は聖女だと決めて、ここに連れてきたんでしょう?」
 呆れて物も言えない。この男はただ容貌がいいというだけで、この女を連れてきたのだ。聖女の器どころか、魔力の質や量も確かめないで。レンドルは何やら唖然としているが、もう遅いのよ。
「では、ご指示通り、国外追放をお受けします」
「なっ、ちょっと待て!国外追放までは!それと結界を張り直せ!」

 ブンッ!

「ぐああああっ!」

「うわぉっ、すっごいパンチ!貴方が男なら惚れていたのに」
 私が馬鹿王子レンドルを壁に吹っ飛ぶまで殴り飛ばした時、尻軽女はカラカラと笑っていた。
「…なるほど、埋伏の毒ってこと?」
 読めた。この女、とんだ食わせものだ。いま目の前で起きたことこそが目的だった。
 どこから入り込んだ間諜か知らないが、その美貌と肢体で馬鹿王子に取り入り、私の悪口を吹き込んだのだろう。

「…何のことかしらぁ?ふふふっ」
「しばらく目が覚めないでしょうが早く逃げなさい。私も出ていく」
「あら?疑いをかけて捕まえないの」
「いいのよ、こんな国滅んでしまえばいいのだから」
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