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第2話 荒くれ男ABCと出会うレンヤ

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「平和だねぇ…」

 某大泥棒が映画で言ったセリフをレンヤは青空を見つめて言った。
 関東消防局に務め、しかも都心の消防署が勤務地だった彼にとって、この異世界の大自然は感動に値するものだった。あの殺風景のビル街なんぞ、二度と戻りたくないと思った。

 ここで本編の主人公レンヤの前世立川廉也について少し話そう。
 立川廉也は関東消防局に務める救急救命士である。
 高校を出てすぐに任官した。高校時代に彼女がいたが、最初のセックスで失敗し、その時に別れた。以来、彼は女性と交際せず風俗嬢だけを相手にしていた。
 こう語ると情けない男のようにも思えるが、彼は幼少から柔道を嗜み、有段者である。高校時代は全国大会にも出場している。残念ながら五輪級とはいかなかったようだが。

 そして消防士となった。消火隊、救助隊を経験し、二十代半ばから救急隊となった。特定医療行為が行える認定救命士である。阪神淡路大震災、東日本大震災にも緊急消防援助隊で出場しており、救急現場のスペシャリストなのだ。

 月に二度の高級ソープランドを楽しみにしている普通の中年男だった廉也。
 大人気アプリゲーム『アイドル☆DREAM!!』の大ファンで声優たちのライブも欠かさず行っている。そのサイリウム捌きとコールの精度はファン仲間にも一目置かれている。

 さらに趣味はネット小説の読み書きだ。ペンネームは冨沢チャッピー、ジャンルは歴史、ファンタジーと多岐に及ぶ。異世界転生ものの小説もいくつか書いているが人気はあまりないらしい。
 そして当の本人がソープ嬢を堪能したあとに心不全で他界、その異世界に何故か転生してしまったわけだ。

「川の水が飲めるなんて…」
 清流の河原で休んでいるレンヤ。東京で生まれ育ち、都心で消防士をやっていた彼にとって川の水が飲めるなんて、それこそ都市伝説級の話かもしれない。
「それにしても腹が減ったな…」
 清流より突出している岩に同じく岩をぶつけた。所為ガチンコ漁と言われているものだ。プカプカと魚が浮いてきた。鑑定したところ『ユウア』という鮎のような魚で毒はない。塩が欲しいところだが今はない。河原で焚火をして焼きだした。
「いい匂いだ。焼き魚がご馳走なのは世界が違っても変わらないな」
続けて4匹も食べてしまった。顎が令和日本にいたころに比べて強く、本当に骨まで食べることが出来る。生き物を殺して食べるのだから残さず食うのが礼儀というものよなぁ、としみじみ思うレンヤだった。

「考えてみたら、こうして狩りをすればいいんだから、俺はあまり金を必要としないのだな。…いや、花代が必要じゃないか」
 この世界にも娼婦がいるだろう。この世界でも娼婦のみを性欲の対象にしようと思っていた。冒険者なんて、いつ死ぬか分からないし、それでいいと思うレンヤ。何よりこの男、恋愛ごとに憶病になっている、というより面倒くさくなっていた。
 それはそうかもしれない。五万円も出せば吉原で若くて可愛い女を抱けたのだから。しかも後腐れなし。それが習慣化してしまっていた彼は、もう素人女にアプローチし、ベッドインするまでの行程が煩わしい。


「よし、冒険者になって花代を稼ぐとするか。強さは他の冒険者のレベルに合わせてやっていけばいい。出る杭は打たれると云うしな!」
 休憩後、グランシア王国城下町に向かう。夕暮れ時まで着きたいと思っていた。入国審査とかあるのか、あれこれ考えていたが、やはりそれは存在した。入国料は取られないが犯罪歴を暴く水晶玉が城門に設置され、荷物は門番にチェックされる。
結果、クリアー。偽証もなければ犯罪歴もない。

「グランシア王国にようこそ」
 門番の男が言った。最初の目的地としていたが、それ遠視で見て一番近かったからに過ぎない。改めて現地の者に言われると改めて、地球には無かった国名、本当に異世界に来たのだと思った。
(まさか、実体験するとは思わなかったなぁ…)

 城門を通り抜けると
「おおおおおっ!」
 まさに中世欧州を舞台にした映画の世界だ。思わず見とれてしまった。メインストリートには露店が立ち並び、武器や防具を売っている店がある。某国民的RPGの街並みが立体化されたようだ。
「さぁて、ル〇ーダのさか…じゃなくて冒険者ギルドだな!」

 現在、彼の装備は先の盗賊の亡骸から奪ったもの。足から胸部まで革鎧、剣と槍、弓矢、頭部は丈夫な布地のバンダナ、肘と膝には革のプロテクターという、この世界の成人男性一般的な旅装だ。
「ほっ、中世欧州の負の遺産たる糞尿を捨てると言うのはないみたいだな…。石畳にはマンホールらしいものもあるし下水道が完備されているのか…」

 町にいる人間たちを見つめる。人間は白人、黒人、レンヤと同じ黄色人種と様々いるようだ。異世界もの定番の獣人やエルフ、他種族は見られない。どうやら人間のみの国らしい。
 しかし、特に人種間の差別があるような様子は見えない。町は活気に溢れていた。

「おいおい、もしかしてのっけから当たりの町かな」
 ある程度は覚悟していたレンヤ、糞尿の悪臭、王族貴族の圧政、スラム、横行する犯罪などなど。
 しかし第一印象から、そんな様子はなく多種多様な人間たちが共存している町、差別意識も低いと云うのなら、それは当たりというべきだろう。

 しかし、そんな当たりの町でも文無しで暮らせない。とりあえず100万ゴルダーがあるが収入が無ければ、すぐに無くなる。仕事、そして衣食住の確保をしなければ。
 人に訊ねるのを続け、ようやく冒険者ギルドに到着した。

 能力が充実しているから、危険な冒険者にならない選択肢もあるが、どうせならやってみたいではないか。異世界に転生して俺TUEEEE!になれたなら。
「ふむふむ、定番なら登録中に荒くれ男ABCが絡んでくるんだ。そして新米冒険者の俺が蹴散らすと!ぐふふっ、オラ、ワクワクすんぞ!」


 あらゆる異世界転生ものでも重きをなす冒険者ギルド。こちらの世界でもそうらしい。
 建物は立派で、扉も豪奢だ。レンヤが入っていく。
 フロアには小さな円卓がズラと並び、その奥には窓口がいくつもある。
 大きな掲示板があって、依頼書が貼られている。
「おおおお…」

 涙が出てきそうになったレンヤ、前世立川廉也も異世界転生ものを書いた時は冒険者ギルドを出したものだった。その時に頭に浮かべたギルド内の様子、完全に一致。感動するのも無理はない。
 時間帯は夕刻、これから仕事を始めるのではなく仕事を終えたことを報告に冒険者たちは窓口に並んでいた。

「物語なら美人の窓口嬢がいるんだが…うん、いる。でもそちらの窓口は行列か。他はおっさんや不愛想なおばはんだ。うーむ、これじゃ冒険者登録時の定番の流れが発生してくんないかもなぁ…。と、俺の番か」
「はい、当グランシア城下町冒険者ギルド、主任のエルザ、ご用向きは?」
 不愛想のうえ事務的、所属署のコンプライアンス推進係だった彼からすれば『やり直し!』と言いたいくらいだ。吉原通いのくせに。
「冒険者になりたいのですが」
「ああ、はいよ、これに書いとくれ」
(このババア…)
 と、思っていたところ


「おいおい、こんなガキが冒険者かよ!」
「ガキは帰ってママのオッパイ吸ってな!」
「迷子かぁ?どこの田舎者だよ!ぎゃははは!」
 荒くれ男たちが絡んできた。窓口のエルザは眉をしかめ
「いい加減しなアンタら、新人いびりなんてちっちゃいよ」
「そう言うなよ、エルザ、これは先輩冒険者としてだな」

 荒くれ男Aが言うと
「おおおおおおおおっ!」
 レンヤが歓喜の顔で自分たちを見つめていることに気付いた荒くれ男たち。
「本当に出てくるなんて!あっ、ありがとう!荒くれ男ABC!」
 ちょっと軽く新人いびりをしてやろうと思った少年が荒くれ男一人一人の手を両手にとって上に下に。しかも感涙までしている。さしものベテランギルド職員エルザも唖然としていた。もちろん荒くれ男ABCも。

「君たちに出会えただけでも…この町に来て良かった!ありがとう、荒くれ男ABC!」
 二回もありがとうと言った。よほど嬉しいのだろう。あらゆる異世界転生ものの話でも、ギルド登録時に絡んできた荒くれ男たちを歓喜の涙で迎えたのは、おそらく彼が初めてだろう。

「なんだ、こいつ…」
 毒気が抜かれた荒くれ男ABCはその場から去っていった。
 ニコニコして彼らの背中に手を振るレンヤ、ハッ、と思い出し
「ああ、すいません。登録手続きの途中でしたね」
 窓口の向こうでエルザは顔を横に向けて肩を震わせていた。そして
「あっはははは!驚いたね坊や、あいつらの新人いびりをあんなので躱すなんて、こりゃ傑作だよ!あはははは!」
「いやいや、躱したのじゃありませんよ。故郷の古老たちから『冒険者ギルドに登録する時、必ず先輩冒険者として何やかんや言って絡んでくる荒くれ男たちがいる』と聞いていたんですよ。まさかぁ、と思っていたら本当に出てくるなんて思わず、いやぁ、やっぱし古老の話ってのは聞いておくもんですよ」

 窓口一帯にドッと笑いが起きた。さっき、その場から去ったばかりの荒くれ男ABCも苦笑いだ。
「いや、気に入ったよ坊や、へえ、綺麗な字を書くね。得物は剣、ナイフ、弓、槍、格闘ね…。師匠は?」
「先の村の古老たちですよ。武芸も魔法も知識も、みんな教えてくれました」
 よくまあ、こんな嘘をつらつらと言えるものだと自分でも思うが、異世界転生物語の主人公の出自は田舎から出てきた少年と云うのが定番であり、ステータスオープンを見てみたら、そういう設定になっていたし。

「ほう、じゃ魔法は?」
「初級の土と火、あとは身体強化くらいです。収納もありますがズタ袋一つくらいです」
 特に異端な強さではない。むしろ、このくらいの武と魔力を持って冒険者登録をするのが普通だ。先の荒くれ男ABCとて例外ではない。武と魔力の心得無し、では最低ランクからも始められない。冒険者は危険を冒す者と書くのだから。ギルド職員エルザがレンヤの頭頂部からつま先までじっくり見たあと
「いいだろう、手続きに入るかね」
 意外にも試験はなく、そのまま登録申請書は受理された。そして魔道具らしい四角い箱から魔石で出来たプレートが出てきた。
「ほい、これが坊やのギルドカードだ。預金通帳にもなっているし現在受けている仕事の内容なども表示される」
「へえ、便利ですね」
「薬草と砂鉄の採取は冒険者みな担う継続以来だ。これなら今日から始められる」
「分かりました。ギルドは何時までやっていますか?」
「あと3時間もしたら閉じるよ。朝は8時30分からだ」
「分かりました」(8時30分に始まるなんて消防署と同じだな)


 ギルドを出る前に荒くれ男ABCに声をかけられた。
「おおっ、荒くれ男ABCさん、どうしました」
「誰が荒くれ男Aだよ。俺にはダンクって名前があるんだ。ちなみにランクは『鉄』だ」
「同じく荒くれ男B呼ばわりのガンバだ。俺も『鉄』だ。よろしくな坊主」
「荒くれ男Cのオーネンだ。同じく『鉄』だ」
「改めて、レンヤです。ランクは『石』です」
「知っているよ、たった今、登録したばかりなんだから」
 ダンクが言った。ちなみに冒険者ランクは下から『石』『樹』『鉄』『銅』『銀』『金』『白金』とある。

「しかし、お前の故郷の古老たちが言うってことは、俺たちみたいなの昔からいたんだな」
 ガンバが言うと4人は大笑い、昔からあり、そして今後も続けられていく定番行事だ。そして荒くれ男Cオーネンは
「だが、あれで躱してくれて助かったかもな。お前、結構やるだろう?」
「田舎武芸ですよ。幼少から田畑で働いてきましたから体だけは丈夫です」
「いいことだ。冒険者は体が資本だからな。まあ、せいぜい頑張んな。これも縁だ。なにか困ったことあったら言ってこいよ」
「はい、ありがとうございます。荒くれ男エ…いえいえ、ダンクさん、ガンバさん、オーネンさん」
「荒くれ男ABCでいいぜ。何か気に入っちまったよ、それ」
 と、オーネン。
「おお、そういえば俺たちパーティー名無かったな。『荒くれ男ABC』にしとくか!」
 ダンクが言うと再び4人は大爆笑だった。
 それを遠くから見つめるエルザは
(大した坊やだ。あの連中を敵に回すどころか味方にしたよ。先が楽しみだね)
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