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第五話 落ちていった勇者、そしてケンジ転生後、初めての冒険者ギルド

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<高野健司憑依前のグレン視点>

 俺は何てことをしてしまったんだろう。アランの補助魔法が無ければ、あんなにも無力だったのか。自分の力を過信してしまった。もうアランの補助魔法はいらないほど自分は強いのだと。
 レッドベアを倒したあとは、そろそろソニアとレイラも俺のものにしようと思っていた。だが、俺はその二人を置き去りにして逃げてしまった。レッドベアに殺される恐怖のあまり…。

 その逃走中にギルドの暗部たちに捕まり拘束。ギルドに連れ戻され生還したソニアとレイラに袋叩きにされた。逃げた負い目、これからギルドから負わされる刑罰への恐怖、そして容赦ない殴打のなか、俺は気を失った。最後、アランの声で『殴る価値のない男だ』と聞こえた。

 翌日、俺はギルドマスターに呼ばれ、冒険者の資格と勇者の称号の剥奪を言い渡される。
 もう二度と冒険者にもなれない。

 さらには国外追放、若干の猶予はもらえるが期日以内にバレンシア王国内にいると処罰される。王国憲章にもギルドや騎士団、自警団に属した立場で戦闘中に仲間を置き去りにして逃走した者は処罰対象とされると記されている。

 裁きを受けていると、ギルドの外から歓声のようなものが聴こえた。ギルドマスターが
「『鋼鉄の絆』の出陣だ。メンバーにアラン、ソニア、レイラも加えてな」
「え…」
「お前にはもう関係のない話だ。斬首でないだけありがたいと思え」
「…………」
「国外追放は少し猶予期間があるが王都は即刻退去だ。おい、城門の外まで、こいつを連れていけ」
「はっ」
「二十日以内に出て行け。それを過ぎても王国内にいたら拘束する」
「…………」

 俺は屈強の暗部たちに両腕を掴まれ、城門まで連れ去られていく。『鋼鉄の絆』は冒険者出陣の門である東門、俺のような罪人は文字通りの裏門、最後、暗部に蹴り飛ばされて俺は裏門から追い出された。
「ちくしょう…」

 もう一度裏門が開くと、俺が定宿に置いていた荷物が乱暴に放り出された。そして乱暴にバタンと閉じる。惨めだ。たまらなく惨めだ…。
 改めて俺は昨日ソニアとレイラに殴打された傷をヒールで治し、トボトボと実家のある町へと向かった。国から出て行く前に、父さんと母さんに会いたかった。

 駅馬車を乗り継ぐこと数日、故郷の町が見えてきた。バレンシア王家に仕えるエラい貴族の領都、それが俺とアランの故郷の町ホーストだ。大河と山の恵み、俺の家は田畑と狩猟、そして大河の漁で生計を立てている。アランの家もそうだ。町民学校もあってアランとは同級生だった。

 傷心で帰ってきた俺に故郷の人々は冷たかった。いつも学校帰りにアランと食べていた串焼き屋、懐かしさもあり食べようと屋台の前に行くと
「仲間を置き去りにするようなヤツに食わせるものはねえよ!」
 と、追い返された。これで実家がどうなっているかも察せられた。村八分にされているかもしれないと。

 実家に帰ると父さんと母さんが出てきた。父さんに問答無用で殴られた。母さんは泣いていた。
「お前のようなヤツは、もう息子じゃない!お前のせいで俺たち家族が町でどんな仕打ちを受けていると思っているんだ!この外道が!」
 さらに蹴られた。
「勘当だ!二度と、そのツラ見せるな!」
「ごめん、ごめんよ、父さん、母さん…」
「お前なんか生むんじゃなかった!」
 母さんが乱暴にドアを閉めた。だいたいこうなることは予想していたけれど辛かった。俺は生まれた家に頭を下げて、その日のうちに故郷の町を出ることに。

 何もする気が起きない。いっそ国内に留まり捕まって死罪でも受けようかとも思った。
 駅馬車に乗る金も無く、俺はただ、あてもなく歩くだけ…。気が付いたら海沿いに辿り着き、入水しようか、そんなことも考えつつ、ある町に着いた。
 俺は乞食となり果てていた。国外追放?したくても出来ない状態、路銀がないのだから。働いて稼ぐ気力もない。そもそも雇ってもらえない。餓死でもすればいいのに、と思っても俺は元勇者。称号を剥奪されても、その力が体から消えることも無い。頑丈なんだ、余計に。痩せもしないし、魔力が失っていくことも無い。

 何だか、騒がしいな…。確か、ここは王都から東に離れたシートピアと言う町だったかな。
 町だから城門はない。漁師町が発展した港町と聞いている。
 港と町の間にある大通り、屋根のない馬車が連なり街道をゆっくり進んでいるのが遠目に見える。道の両側に多くの観衆がいて、その馬車が目の前に来るのを拍手しながら待っている。お祭りか?いや、パレードか…。そういえば王都でも、たまに騎士団のパレードやっていたな。

 俺は臭くて申し訳ないと思いつつも、その観衆の中に入り、見物することにした。
 そしてギョッとした。馬車の先頭には竜の首が槍で串刺しにされている。
 あれは…長年に渡りバレンシア王国と隣国のカノンダ帝国を苦しめてきた邪竜ゲドラだ。
 竜としては小柄な方だが、なまじの大きな竜よりはるかに強く、ブレス一つで町が吹き飛ぶ。両国の国民が数えきれないほど、あの邪竜に命を奪われた。
 騎士団も太刀打ちできず、両国の冒険者ギルドで国からの依頼として、ずっと掲示板に張られていた塩漬けのクエスト、何人もの冒険者が挑んでも返り討ちにされたというのに、それを倒したのか!

「……!」
 槍でゲドラの首を串刺しにして掲げるのは『鋼鉄の絆』のカシム!?
 大歓声のなか『鋼鉄の絆』は観衆たちに手を振っている。長年苦しめられた邪竜の脅威から、やっと解放されるのだ。嬉しいだろう。まさに英雄だ。
 そして俺は自分の目を疑った。アランがいた。しかもソニアとレイラの間に。屋根のない三人用馬車に乗って、アランたちは観衆に手を振っていた。
 理解できなかった。アランをあんなに忌み嫌っていたソニアとレイラがアランに抱きつきながら観衆に手を振っている。しかもあんな嬉しそうな笑顔で…。

 さらに最悪なことにアランが観衆の中に俺がいたことに気付く。体こそ痩せていないが容貌はもはや乞食の俺。アランは俺を見て嘲笑し、懐から革袋を取り出して俺に放り投げた。金の施しだった。アランの意識は再びパレードに戻り、ソニアとレイラと仲良く手を振って観衆の声援に応えていた。

 俺は膝から地に崩れ落ちた。涙が止まらなかった。
 やがてパレードは終わり、観衆も去っていった。街道の清掃が始まったが、俺はその場で泣いているだけだった。係のおばさんに
「兄ちゃん、邪魔だよ」
 と、邪険にされて、俺は路地裏に歩いて行った。壁にもたれて笑い出した。
「ははは…。何だったのかな、俺の人生は…」
 何の希望もない。アランの施しの金を捨てることも出来ない。
 俺は意識が薄れていくのが分かった。ああ、これが死なんだなと思った。
 体は頑丈…。だけど絶望したら人間それだけで死ねるんだな…。
 やっと楽になれる…。

 こうして俺、元勇者グレンは『絶望死』を遂げた。
 この直後、異界から来る八十五歳の爺の依り代になるとも知らずに…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 俺とサナはダーフィーの町を出て、現在滞在している国の王都に向かうことにした。
 国名はターサンド王国と言い、王都の名前はブルドン、海に面した肥沃な町と聞く。海沿いの道を駅馬車は進み、俺はずっと馬車の窓から海を見ている。
 サナは駅馬車が出発して間もなく眠りだした。昨日激しかったからな…。
 俺は海を眺めつつ、グレンの記憶を掘り起こしている。この世界には信じられない死因があるのだな。人生に絶望したら死んでしまうなんて…。

 地球にこんなのがあったら…いや、もしかしたらあるかもしれないが、終身刑を言い渡された罪人とか、みんなこれで死んでしまうだろう。うさぎって寂しいと死んでしまうんだよ、なんて言葉を聞いたことあるけれど、それと同じなのかな。
 しかしな…。やはり十八の小僧が人生に絶望して死ぬ…なんて、たとえこれが自然死扱いであろうともあっちゃいけないことだよグレン、アランからの施しも反骨のバネとして立ち直らなくちゃならない。死の直前にお前と出会えていたら、俺が教官となってビシバシ鍛えてやったのに残念だ。

 しかし一方でアランの今後がどうなるかも気になる。
 邪竜ゲドラ退治とグレンへの『ざまぁ』が小説のラスト。しかし、もうここは現実の世界だ。小説の世界じゃない。アランもグレンと同じ十八、ここからの方が人生は長い。ハッピーエンドのその後がある。豊臣秀吉のように晩年を汚すのか…。英雄となったアランがどんな人生を送るのか。小説ファンの俺にとって楽しみでもある。


 しばらくして王都ブルドンに着いた。
 旅は金がかかる。駅馬車の運賃も馬鹿にならない。
 だけど思いのほか、先の消防装備品は売れて、俺の商業ギルドカードには多額のゴルダーが振り込まれた。サナと見てビックリしたほどだ。サナはカードに表示される明細の内容について詳しく教えてくれた。

 住居を持たない旅人であっても税金は取られ、その税は現在滞在しているターサンド王国に納められる。特許と商標を取ったのが、この国であるため俺がどんなに遠方にいて、その地で暮らそうとも消防装備品の利益で生じる税金は、この国に納めることになるらしい。これは世界共通だと説明してくれた。さすが商人の娘だな。父親はクズだったようだが。

「ターサンド王国は公四民六か…。しかもダーフィーから、ここに至るまで関所も無かった。いい政治しているじゃないか」
「そうね、苛政の国なんて言ったら八:二もあるらしいし、通行税取りまくる関所も多いと聞くわね」
「そういうところは事前に調べて行かないことにしよう」
「とにかく、この安定収入なら、あと二人くらい嫁を娶っても大丈夫よ。私も働くしね」
 嫁を増やすことを勧める第一夫人、所変わればと言うが念のため聴く。
「いいのか?俺は別に君だけでも…」
「身が持ちません!絶倫男のお相手は!」
「ははは」
 すまんねぇ、前世は女房しか知らないし…若い体得たら、そりゃねえ…。

「それにしても冒険者が多い町だな。鎧姿で歩く人がたくさんいるよ」
「あっ、あの人、私たちと同じく編み上げ靴履いているよ」
 言われてみればチラホラ見かける。良かった。この世界には存在しなかった消防装備品を作ったのはいいが、異世界転生ものでありがちな目ざとい商人に目を付けられるのはごめんだからな。商業ギルドで特許と商標を得て、技術提供をした後は丸投げした方がいいとアドバイスをくれたサナに感謝だ。
 それにしてもサナ、姿が女性消防官となっているが手には鞘に収めている槍、安全ベルトにはナイフ、かなり物騒な女性消防官になっている。
「ねえ、ケンジ、私たちもああすべきじゃない?」
 作業服も早や流通しているが、やはりそれだけじゃ不安か、胸当てをしている人も多い。
「そうだな、俺たちも真似ようか」

 とにかく町を歩いてみることに。行きかう人はみんな人間、この世界は異世界転生ものによく登場するエルフや獣人はいない。モンスターはいるのに。
 まったく作者さん心配りが足りないよ。獣人娘とか会いたかったのに。あなたの小説の世界に転生するかもしれない人がいるのだから、そういう点も気を使ってほしいよ。
 ただ、人種間の差別意識は低いようだ。黒人と白人のカップルが普通に仲睦まじく歩いているし、俺たちも見かけは白人と黄色のカップルだ。でも、たまに俺の頭を見つめる人がいるな。白人金髪がスポーツ刈ほどの短髪って珍しいのかな?
 ちなみに髭は生やさないでほしいとサナに言われた。体にキスされる時にチクチクするからイヤなんだと。それじゃあ、しょうがないと思いませんか奥さん。

 二人で胸当てを購入した。この世界の職人さんもすごいな。
 この革の胸当て、実にいい仕事だよ。
「ねえ、町の情報を知りたいのなら冒険者ギルドがいいって。商業ギルドはこことちょっと離れているらしいから、そっちに行ってみない?」
「ああ、そうしよう」
 冒険者ギルドかぁ…。グレンの記憶にあるが俺はこの世界に来て一度も行っていないんだよな。登録のさいステータスを映す水晶玉に触れなきゃならないんだろう?特技にはバレたら面倒くさいのもあるし、やっぱり属することは難しいけれど、まあ入って情報を集めるくらいなら…。

「おおおお…」
 俺も異世界転生ファンタジー小説は書いていた。『ステータスオープン』だけは頑なに使わなかった設定だけど、冒険者ギルドは各作品に出している。やっぱり、その方が話を進めやすいから。
 そして頭の中に思い浮かべた冒険者ギルドそのもの!

 しかし、大半が男で巨乳の筋肉美女とか仲間を探している薄幸な美少女なぁんて人はおりません。現実はそんなに甘くないってことか。何と言うかヤクザの事務所に来たって感じだ。サナはビビッているかと思えば平然としている。ううむ、さすが現地人。
「登録はしないよ。しようとすると必ず荒くれ男が絡んでくるんだよ」
「らしいわねぇ、カノンダ帝国の冒険者ギルドでも、よくあったと聞くわ」
 あらゆる異世界転生ファンタジー小説で発生している定番だ。グレンとアランは登録時に発生しなかったが、美少女のサナを連れているのが気に食わないか、ジロリと睨んできた者が数名いた。ギルドを出るまで油断はできない。

 まずはクエスト、それらの依頼書が貼られている掲示板を見ることに。
「上の方にあるのが塩漬けされている依頼なのね…。あの『鋼鉄の絆』が成し遂げたゲドラ討伐くらい難易度高いんでしょうね」
「だろうなぁ…」
 俺にはもう無関係の話なので、ただ頷いた。

「色んな仕事あるんだな。土木工事に特定のモンスター退治、子守り、仇討の加勢なんてのもあるぞ」
「あっ、給仕あった。条件いいみたいだけどギルドに登録しないとダメなのかな」

「いえ、大丈夫ですよ。腕に覚えがない人に登録を強要いたしません。普通にその依頼書を窓口に持って来て下されれば仕事先は紹介いたします」
「ここの職員さんですか?」
「はい、ケイトと言います。よろしく」

 そして俺を見て
「貴方が編み上げ靴、ケブラー手袋、安全ベルト、作業服などを発明したケンジさんですね」
「え?はい、そうです」
「冒険者ギルドと商業ギルド、業種は異なってもギルド間は繋がっているから。優れた発明品の特許取得者や商標登録者の風体や素性はギルド間で情報交換されるの」
 小声でサナが言ってきたが
「ああ、それは俺も契約書で読んだよ。承知している」
「冒険者ギルドとして感謝いたします。特にあの編み上げ靴は革命でしたから」
「い、いや、そうですか。必要だから自分用に作ったのですが、家内に特許と商標の登録を勧められまして」

 令和日本みたいに塗装されていない道、突起物だってある。それを踏んづければ負傷する。戦闘時には致命的だ。だから量産されて現在売れまくっているらしい。俺のギルドカードに表示された金額を見れば一目瞭然だ。
 正直、これだけでも十分に食べて行けるだろうが、こんな面白そうな世界に来ておいてスローライフなんて、もったいないお化けが出てくる。
 色んなことを体験したいし、見てみたい。八十五の爺が十八の若者になったのだ。

「ケンジさんは冒険者になる気は無いと?」
「はい、身分証は商業ギルドで発行されたもので足りますし、先の発明品でそれなりに収入もあるので、わざわざ危険を冒す者、冒険者にはなりません」
「そうですか…。しかしながら当ギルドとしては、ケンジさんを見込んで、ある仕事を依頼したいと考えております。もちろん断っていただけても構いませんが、お話だけでも聴いてくれませんか?奥様と一緒に」
「ええまあ、そのくらいなら。サナ、いいかな」
「構わないわ」

 小声でサナが耳打ちしてきた。
「何となく分かる。この人、たぶんかなり偉い立場」
「そうなのか?」
「受ける受けない、ギルドに登録するしない、いずれにせよ縁を持って損はないわよ」
 サナの見込み通りだった。通された部屋の豪華さ、ああ、これも冒険者ギルドを出した小説を書いていて想像していたな。ギルド内の豪華な応接間とか。想像通りだよ。

 その応接間に通されて、他のギルド職員女性からお茶を出された。その所作が美しい。
(しつけが行き届いているな…)
「前口上抜きでお話させてもらいます。ケンジさん、貴方は『治癒(大)』を使えますね」
「え、まあ使えますが…今までそんなに使ったことはありませんよ」
 俺を制して、サナがケイトさんに対し、身を乗り出して訊ねる。
「魔導センサーですか?」
「はい、ギルドの入り口に設置してあります。治癒と収納、中以上の方は、それで分かるのです。大の持ち主は滅多におらず、おそらくターサンド王国ではケンジさん一人でしょう。当方としてはギルドに登録してほしいのですが無理強いは出来ませんので」
「魔導センサー…」
「ええ、カノンダやバレンシアの冒険者ギルドにもあるはずだけど、精度はこちらの大陸の方が上のようね」
「治癒(大)ともなれば、まず王族貴族が放っておきません。仕官をお望みですか?」
「真っ平御免です」
「ですが、ギルドに永年の指名依頼を受けているとしたら、王族貴族も手出しできません」
「永年の指名依頼ですか?」
「貴方に、ある事情を抱えている女性たちの救世主になってもらいたいのです」
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