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愛してる、私の運命の人

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「──んんっ……」

 ゆっくりと意識が浮上して、私は天井をまっすぐに見つめた。
 見慣れたピンクベージュの天井は、私の部屋にしかない色。
 そうだ。
 私、身体がしびれて意識を──。

 そして徐々に思い出してくる、あの唇の感触。

「!!」

 そうだわ……っ!! わ、私……っ、セイシスと……!!
 おぼろげながらに思い出されるその記憶に、私は頭を抱えた。

 そ、そうよ……!!
 あれは……あれは何か、解毒か何かをしてくれただけだわ!!
 ノーカウントよ!!
 セイシスにも他意はないんだから意識しちゃダメよリザ!!
 こんなことで動揺するような女じゃないでしょ!!
 一回目は複数の夫ともっといろいろやってる経験豊富な女なんだから落ち着け元悪役王女!!

「何百面相してんだよ」
「!? セイシス!?」

 声のした方へと視線を向けると、光差す窓辺を背にたたずむ私の護衛騎士。
 そこで初めて、夜は明け、朝が来たことを知った私は、瞬時に完全覚醒に至った。

え、待って。
私の記憶を失う前の最後の記憶だと、確か誕生日の夜だったはずなんだけれど……!!

「せ、セイシス。私、どのくらい寝て……?」
「大丈夫。そんな寝てないから。お前の誕生日が昨日の夜で、今は翌日の午後だ」
「結構寝てたじゃないの!!」

 ルビウスやフロウ王子は大丈夫かしら?
 朝から様子を見に行かねばと思っていたのに……。

「こうしちゃいられないわ。すぐ騎士団に──っ」
「リザ!!」

 ふらり──と身体の力が抜けて再びベッドに倒れ込む私にセイシスが素早く駆け寄る。

「無茶するな。解毒はできたが、まだ完全じゃないんだ。今日はこのままゆっくりしてろ。陛下と王妃様も、すごく心配してたからな。あと……ルビウスとフロウ王子なら大丈夫だ。二人とも落ち着いているし、ルビウスは付き添っているフロウ王子とよく話をしているって、アルテスが知らせに来たからな」

「そう……よかった……」

 ならひとまずは安心ね。
 ルビウスのように生真面目なタイプはとらえても自害してしまう者も多い。
 フロウ王子の存在が、彼をとどめてくれているのかもしれない。

「リザ」
「ん?」
「……その……悪く思うなよ? こっちだって緊急事態だったんだから」
「へ?」
「解毒するのに……その……口……」

 ぁ……。
 再びよみがえる昨夜の記憶に、思わずセイシスの唇へと視線を落としてしまった。
 なんで今わざわざ話題に出すのよこの男はぁぁっ!!

「わ……わかってるわよっ!! で、でもセイシス、レームの葉に解毒効果があるなんて良く知っていたわね」
 レームは一般的に花束のアクセントなどに使われる植物で、部屋の花瓶には常にこれが生けられている。だからこれが解毒作用を持つだなんて気にしたこともなかったわ。

「ん? あぁ……ルビウスが連行される間際、あいつ、俺に耳打ちしてきたんだよ。フロウ王子の胸の花は毒花で、近くに居続ければ痺れをもたらす。ってな。その時解毒薬のことも聞いた。ちょうど部屋に飾ってあるはずだからってな。……あいつ、人の部屋の花の種類までチェック済みだったいたいだな」

「あの花が毒花……!? っ、盲点だったわ。フロウ王子がつけている花に毒があるなんて思わないもの。でもそうよね。王族は一応数種類の毒に慣れさせられるものだし、フロウ王子にあの花の毒の耐性をつけさせていたとしたら……はぁぁぁっ、そんな可能性にも気づけなかっただなんてっ」

 なんだかとっても悔しい。
 あそこまで考えに考え抜いて抜かりなくやってきたと思っていたのに。
 油断禁物、ってことね。

 それにしても用意周到なことだ。
 これが今回の滞在でフロウ王子とくっつける作戦だった、ってことか。

 でも……私の一回目の人生での初キスがぁ……。
 まさか解毒行為として奪われることになるだなんて……。

「って……そうよ!! そもそもあなた、彼女は!?」
 いくら主人の命の危機とは言え、口移しなんてさせてしまってはさすがに申し訳ない。
 するとセイシスは眉を顰めて口を開いた。
「は!? いないからそんなもん!!」
 セイシスから帰ってきた否定の言葉に、今度は私が眉を顰めた。

「う、うそ!! だってこの間……私見たもの!! あなたが廊下で、侍女を抱きしめてるところ!!」
 つい口にしてしまったあの日に見たもの。
 あれから何度もふとした拍子に思い出しては心をえぐった衝撃的な場面。
 無かったなんて言わせない。

「侍女を? ……あぁ……、あれは勝手に飛びついてきたんだよ、あの女が」
「かっ……勝手に……? あの人と結婚したいから婚約話も断ってたんじゃ──」
「何でだよ……。想像力豊かすぎるだろ。俺は婚約者もいなければ恋人いない歴=年齢だからな。ったく……伝わってると思ったらこれか」

 はぁ、と深くため息をついて瞑目すると、セイシスは再び私をまっすぐに見つめた。
 漆黒の瞳に、戸惑った表情でセイシスを見上げる私が映った。

「ダンスの時、後で時間が欲しいって言ったろ?」
「え、えぇ……」

 困らせるかもしれない、って言ってたあれ、よね?
 あの時は護衛をやめて好きな人と田舎でのんびり暮らしたいって話かと思ったけれど、侍女はそういう相手じゃないみたいだし、今の流れからしてそれはないだろう。
 私はごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待った。

「……俺はずっと、目の前のトンデモ姫しか見てないよ」
「え?」
「だから、小さい頃からずっと、俺はお前一筋なんだよ。トンデモ鈍感姫」
「…………は……はぁぁああああ!?」

 え、ちょ、脳みそが付いて行かない!!
 私一筋!?
 予想だにしていなかった言葉が飛び出したことによってパニック状態になる私に、セイシスは構うことなく言葉をつづける。

「婚約者ができて結婚して、それでお前が幸せになるのならって思ってた。それでもお前の傍で、お前を守ることには変わりないんだって。でも──」

 セイシスがそっと私の右手を取る。

「ごめん。無理だわ」
「セイシスあ?」
「お前と誰かがくっつくのを黙って見てるほど、俺は大人じゃないみたいだ」
「え──」

 そしてセイシスは、私の手を取ったまま、その場に跪いてこちらを見上げた。
 真剣に。まっすぐに。

「俺はお前のことをただ一人愛すると誓う。だから──俺と、結婚してください」

「っ……」

 自主規制されることなくはっきりと耳に届いた求婚の言葉。
 大好きな人からの焦がれ続けたその言葉は、私の胸にすっと馴染んで溶けていく。
 1回目、そして2回目。
 彼からの愛情をどれだけ待ち望んだことか。

 思いを伝えられない苦しみを抱えながら。
 思いを聞くことすらできないもどかしさを抱えながら。
 どれだけ彼を思い続けたか。

 それが叶うだなんて。
 これは夢、じゃないわよね?

 放心状態の私に、セイシスがじれったいと言わんばかりに立ち上がり私の顔を覗き込むと「返事は?」と急かした。

 返事?
 そんなのもちろん──。

「する……っ!! 結婚、するわっ……!! セイシス、私と……私と結婚して!!」
「うわっ!?」

 思わず抱き着いたセイシスの首に腕絡ませると、驚きながらもゆっくりと壊れ物に触れるように私の腰にセイシスの腕が回った。

 生きているぬくもりがじんわりと伝わる。
 きっと私は、何度でもこの人を好きになる。
 1回目も2回目も、この生を全うして生まれ変わったとしても。

「愛してるっ……!! 私の、運命の人──」







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