35 / 44
罪悪感も忘れて
しおりを挟む
「皆、今日は我が娘リザのために集まってくれてありがとう。存分に楽しんでいってくれ」
父の短い挨拶に、出席者たちから拍手が起こる。
私はそんな父の傍らで、侍女たちが着飾ってくれた完璧王女姿で段下の人々に微笑む。
さぁ、これからダンスだ。
まず初めに私が踊ることになる。
それから他の貴族たちが踊り始めるのだけれど……まずいわ。
パートナーについて何も考えてなかったぁぁあああ!!
さすがに婚約者候補の中から一番目の相手を選ぶわけにはいかない。
それが私の結婚への意思だと思われてしまうから。
まぁそもそも、カイン王子はサフィールと今作戦実行に行ってくれているし、レイゼルも聞き込み中。
アルテスは騎士のお仕事をしながらルビウス警戒中で、フロウ王子しか空いていないんだけど。
こうなったらお父様に……。
いやいや、いい年した王女が一番手のダンスを父親と踊るなんて……。
いやでも……もう仕方がないか。
まずはとりあえず踊らなきゃ、この後フロウ王子と踊ることもできないもの。
「あ、あの、お父──」
「リザ王女殿下」
「!?」
父に掛ける声の上から、私の名を呼ぶ声が被さった。
「!! セイシス──!!」
目の前に立っているのは、後ろの方で私の周りを警戒していてくれているとばかり思っていた私の騎士。
何!? 正装姿でどうしたの!?
騎士というよりこれじゃまるで普通の公爵令息みたいじゃない!?
言葉が出ずに口をパクパクとさせる私の前で、セイシスはふっと笑って跪いた。
「俺と、踊っていただけますか?」
そんな言葉と共に差し出された手に、思わず思考が停止する。
え、踊る?
セイシスが──私と?
そうか、今はまだ身分は公爵令息。
なんらおかしくはないんだわ。
なら──。
「えぇ、もちろん」
セイシスの彼女に申し訳がない、という罪悪感がなかったわけではない。
それでも私は、思った以上に喜んでいる自分に従って、その差し出された大きな手に自分のそれを重ねた。
──優雅な音楽の調べに合わせて、流れるように踊る。
目の前にはいつも一緒にいるのにいつもとは違う雰囲気の私の護衛。
髪なんかしっかりセットしちゃって、なんだかとっても──悔しいけど、カッコいい。
「お前と踊るのも久しぶりだな」
「そうね。小さい頃はよく一緒にダンスの練習をしたものね」
「お前に踏まれ続けた記憶は今も鮮明に痛みまで思い出せるわ」
「うっ……わ、忘れて!!」
子どもの頃、一回目の記憶があるから余裕だと高をくくっていた私は、大人として踊るのと子どもとして踊るのとでは感覚が全く違うのだということをわかっていなかった。
自分が子ども、ということは、相手も子どもで、私はそれを理解してはいなかったのだ。
子どもの短い手足で、子ども相手に踊る。
それは大人として大人相手に踊るのとは力の入れ方も立ち方も違って、グダグダになってしまった私は、それはもう見事にセイシスの足を踏みまくったのだった。
うん、忘れたい。
とんでもなく恥ずかしい。
だけど──。
「……私、やっぱりセイシスが良いわ」
「ん?」
つい口から洩れた素直な気持ちは、ごまかすことのできないくらいはっきりとしたもので、至近距離で踊るセイシスにしっかりと伝わってしまった。
「……私の傍にいて、私を起こしてくれて、私のダメなところを指摘してくれて、疲れた時にはそっと甘いものを差し入れてくれる、あなたが良い」
一回目の私はきっと、セイシスに何も言わなかった。
いや、言えなかったんだ。
そして思いに気づくのが遅すぎた。
たくさんの夫と結婚してしまった責任もあったし、何よりこの関係が崩れるのが怖かったんだと思う。
だからただ傍に置き続けるだけで変わらない関係を続けた。
私の思いなんて、夫達には筒抜けだったのに。
結果私は、彼らのことを傷つけた。
今の私には夫はいない。
候補者達にも思いに応えられないと告げた。
何のしがらみもない。
あとは……。
後は私の、覚悟だけ。
「セイシス、私──」
「今日」
「へ?」
「……今日、パーティ終わったら時間もらえる?」
いつになく真剣な様子のセイシスに、思わず言葉に詰まってしまう。
「じ、時間? えぇ……まぁ……何事もなければ」
我ながら愛想のない返事だ。
思い人からの誘い。もう少しうきうきしてもいいものを。
「なら、その時に。……その時にちゃんと言わせてくれ。俺のこれまでの──本当の気持ちを」
これまでの、本当の気持ち?
それは一体何に対しての?
まさか私がずっとそばにいたいとか言い出すのを見越して、「実は好きな人がいるから結婚してのんびり田舎で暮らしたいんだ」とか言い出すんじゃ──!?
「なに青くなってんだよ」
「だ、だって……」
「大丈夫。困らせるかもしれないが、別に変なことじゃないから」
困らせる?
何それ余計気になるんだけど!?
「おっと、そろそろ曲も終わりだな。フロウ王子が待ってるぞ」
そう言ったセイシスの視線の先には、私を見つめるフロウ王子と、背後には鋭い視線で私を見ているルビウス。
いけないいけない。
こんなところで別のことに気を取られてる場合じゃないのよね。
「安心しろ。何があっても、俺が守るから」
「セイシス……。うん、信じてる」
そして曲の最後の音がトーンと響いて、ホールに溶けた。
父の短い挨拶に、出席者たちから拍手が起こる。
私はそんな父の傍らで、侍女たちが着飾ってくれた完璧王女姿で段下の人々に微笑む。
さぁ、これからダンスだ。
まず初めに私が踊ることになる。
それから他の貴族たちが踊り始めるのだけれど……まずいわ。
パートナーについて何も考えてなかったぁぁあああ!!
さすがに婚約者候補の中から一番目の相手を選ぶわけにはいかない。
それが私の結婚への意思だと思われてしまうから。
まぁそもそも、カイン王子はサフィールと今作戦実行に行ってくれているし、レイゼルも聞き込み中。
アルテスは騎士のお仕事をしながらルビウス警戒中で、フロウ王子しか空いていないんだけど。
こうなったらお父様に……。
いやいや、いい年した王女が一番手のダンスを父親と踊るなんて……。
いやでも……もう仕方がないか。
まずはとりあえず踊らなきゃ、この後フロウ王子と踊ることもできないもの。
「あ、あの、お父──」
「リザ王女殿下」
「!?」
父に掛ける声の上から、私の名を呼ぶ声が被さった。
「!! セイシス──!!」
目の前に立っているのは、後ろの方で私の周りを警戒していてくれているとばかり思っていた私の騎士。
何!? 正装姿でどうしたの!?
騎士というよりこれじゃまるで普通の公爵令息みたいじゃない!?
言葉が出ずに口をパクパクとさせる私の前で、セイシスはふっと笑って跪いた。
「俺と、踊っていただけますか?」
そんな言葉と共に差し出された手に、思わず思考が停止する。
え、踊る?
セイシスが──私と?
そうか、今はまだ身分は公爵令息。
なんらおかしくはないんだわ。
なら──。
「えぇ、もちろん」
セイシスの彼女に申し訳がない、という罪悪感がなかったわけではない。
それでも私は、思った以上に喜んでいる自分に従って、その差し出された大きな手に自分のそれを重ねた。
──優雅な音楽の調べに合わせて、流れるように踊る。
目の前にはいつも一緒にいるのにいつもとは違う雰囲気の私の護衛。
髪なんかしっかりセットしちゃって、なんだかとっても──悔しいけど、カッコいい。
「お前と踊るのも久しぶりだな」
「そうね。小さい頃はよく一緒にダンスの練習をしたものね」
「お前に踏まれ続けた記憶は今も鮮明に痛みまで思い出せるわ」
「うっ……わ、忘れて!!」
子どもの頃、一回目の記憶があるから余裕だと高をくくっていた私は、大人として踊るのと子どもとして踊るのとでは感覚が全く違うのだということをわかっていなかった。
自分が子ども、ということは、相手も子どもで、私はそれを理解してはいなかったのだ。
子どもの短い手足で、子ども相手に踊る。
それは大人として大人相手に踊るのとは力の入れ方も立ち方も違って、グダグダになってしまった私は、それはもう見事にセイシスの足を踏みまくったのだった。
うん、忘れたい。
とんでもなく恥ずかしい。
だけど──。
「……私、やっぱりセイシスが良いわ」
「ん?」
つい口から洩れた素直な気持ちは、ごまかすことのできないくらいはっきりとしたもので、至近距離で踊るセイシスにしっかりと伝わってしまった。
「……私の傍にいて、私を起こしてくれて、私のダメなところを指摘してくれて、疲れた時にはそっと甘いものを差し入れてくれる、あなたが良い」
一回目の私はきっと、セイシスに何も言わなかった。
いや、言えなかったんだ。
そして思いに気づくのが遅すぎた。
たくさんの夫と結婚してしまった責任もあったし、何よりこの関係が崩れるのが怖かったんだと思う。
だからただ傍に置き続けるだけで変わらない関係を続けた。
私の思いなんて、夫達には筒抜けだったのに。
結果私は、彼らのことを傷つけた。
今の私には夫はいない。
候補者達にも思いに応えられないと告げた。
何のしがらみもない。
あとは……。
後は私の、覚悟だけ。
「セイシス、私──」
「今日」
「へ?」
「……今日、パーティ終わったら時間もらえる?」
いつになく真剣な様子のセイシスに、思わず言葉に詰まってしまう。
「じ、時間? えぇ……まぁ……何事もなければ」
我ながら愛想のない返事だ。
思い人からの誘い。もう少しうきうきしてもいいものを。
「なら、その時に。……その時にちゃんと言わせてくれ。俺のこれまでの──本当の気持ちを」
これまでの、本当の気持ち?
それは一体何に対しての?
まさか私がずっとそばにいたいとか言い出すのを見越して、「実は好きな人がいるから結婚してのんびり田舎で暮らしたいんだ」とか言い出すんじゃ──!?
「なに青くなってんだよ」
「だ、だって……」
「大丈夫。困らせるかもしれないが、別に変なことじゃないから」
困らせる?
何それ余計気になるんだけど!?
「おっと、そろそろ曲も終わりだな。フロウ王子が待ってるぞ」
そう言ったセイシスの視線の先には、私を見つめるフロウ王子と、背後には鋭い視線で私を見ているルビウス。
いけないいけない。
こんなところで別のことに気を取られてる場合じゃないのよね。
「安心しろ。何があっても、俺が守るから」
「セイシス……。うん、信じてる」
そして曲の最後の音がトーンと響いて、ホールに溶けた。
10
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
世にも不幸なレミリア令嬢は失踪しました
ひよこ麺
恋愛
レミリア・オリビエール・ヴァーミリオン公爵令嬢は世にも不幸な令嬢でした。
誰からも愛されないレミリアはそれでも笑っているような太陽みたいな少女。第二王子のクリストファーの婚約者だったので王宮に住んでいましたが、彼女の孤独な心を知る人はいませんでした。
そんなある日、クリストファーから少し距離を離そうと婚約破棄ともとれる発言をされたレミリアは自身を繋いでいた糸が切れたのがわかりました。
帰る家もないレミリアは遠い昔に孤独のあまり作り上げた架空の友人のルーファスと遊んだ唯一幸せな思い出が残るキンモクセイの前で自殺を図るのですが……
前世の因習、呪われた血筋、やがて全てを巻き込んでいくレミリアに隠された秘密とは?
-時の止まった悲劇の国と古にかわされた約束。レミリアは幸せを手に入れることはできるのか?
※キンモクセイの花言葉のひとつ「隠世」から着想を得た物語。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される
葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」
十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。
だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。
今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。
そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。
突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。
リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?
そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?
わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる