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頑張れ理性~Sideセイシス~

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 あー……終わった。
 とりあえず今日のフロウ王子ですべての婚約者候補との面談は終わったぞ。
 よく耐えたな、俺。
 特にレイゼルとの閨授業が入るとか聞いた時は発狂しかけたけど、肝心のリザが閨授業をする気がなかったから救われた。

 婚約者候補の誰とも結婚するつもりはないようだが、そうも言ってられんだろうな。
 いつかは俺の手を離れて、他の男の手を取る。

 考えただけでどうにかなりそうだが、割り切るしかない。
 あいつの……リザの傍にいるためには。

 子どもの頃からずっと、俺の心はただ一人にある。
 初めて会ったのは俺が四歳、あいつが二歳の時。
 ぷっくりしたほっぺたが印象的な小さな女の子は、表面上はどんな時もニコニコとしてお姫様らしい子だというイメージだったが、なぜかいつも、苦しんでいたように見えた。

 いつも何かと戦ってるあいつのそばで、あいつを守りたい。
 いつしかそう思うようになった。
 惚れちまったんだよなぁー……厄介な奴に。
 しかも成長するにつれてどんどん綺麗になってなんか身体も良い身体つきになるし……。
 にもかかわらず男に対する危機感が無さ過ぎるんだよあいつは!!

 レイゼルに簡単に近寄らせるし、あろうことかアルテスの顔を胸に抱き込むし、俺が押し倒してもいつも通り返しやがって……。

「くそっ、こっちのことも考えろっつの」
 何であいつあんなに無防備なんだよ。

 シャワーを終えて一人悶々とベッドにダイブした、その時だった。

 ベッドサイドの通信石が光った。
 と同時に聞こえてきたのは、荒い息が混ざった、俺の宝物の声。

「セイシスっ、私、へん、なのっ……。すぐ、来てっ……」

「!?」
 苦し気な声と共に悩ましげな吐息。
 これは──!?
「っ、とにかく、考えてる場合じゃねぇ!!」

 俺はベッドの上から飛び上がり部屋を飛び出すと、隣のリザの私室へと駆けこんだ。

「──リザ!!」
「せい……しす……っ」

 奥の寝所に進めば、ベッドの上で丸くなりネグリジェを乱れさせ荒い呼吸を繰り返す主の姿。
「っ、リザ!? どうした!? 何が……っ!?」
 ぐったりとしたその身体を抱き上げればダイレクトに感じる高い熱。

「セイシスっ……何か……っ、変、なのっ……。身体が熱くて……っ、はぁっ、疼いて、苦しいっ……」
 赤い頬。
 うるんだ瞳。
 荒い吐息。

「っ媚薬か……!?」
 一体なぜ!?
 料理は全て鑑定の魔石で検査を行っていた。
 料理の中に媚薬が混入されているとは考えにくい。
 とすれば──。

「!! 花か!! リザ、少し待ってろ。すぐなんとかしてやる」
 俺はリザを再びベッドに横たわらせると、ベッドの周りに飾り付けてある大量の花をすぐ隣のシャワールームへと突っ込む。
 そして部屋の窓を一旦開けて空気を入れ替えると、再びリザの熱く火照った身体を抱き上げる。

「大丈夫か?」
「んっ……だいじょ、ぶ」

 そんなに強いものじゃなかったのか、精神に異常をきたす程強い効果はないみたいだな。
 それでも切なげに時々漏れ出る吐息がその効果を思わせる。

「じゃぁ俺、誰か人呼んで、隔離してる花を調べさせ──」
「だめっ!!」
「!?」
「あの花自体は……っ、媚薬効果のあるものじゃ、なかった……っ。変に疑いをかけて、繋がった国同士の糸を縺れさせちゃ、だめ……っ」

 驚いた。この状態で冷静にそこまで分析して慮るとは……。
 苦しみながらもその瞳は強くまっすぐで、あらためてこいつの背負ったものの重さと、こいつの覚悟を感じる。
 自分のことよりも、安易に疑って国同士の関係をこじれさせることを心配するなんて、リザらしいといえばらしい。
 それなら俺は、その医師に従うのみだ。

「わかったよ。……あー……じゃぁ俺、部屋、出とこう、か?」
 せめてもの配慮で部屋を出ようかと提案するが、腕の中のトンデモ娘は首を大きく横に振った。
「やだっ、行かないで……っ。ぎゅってしてて」
「ぎゅっ!?」
 涙で潤んだ目で上目遣いに見上げてくるリザに、思わずごくりと喉を鳴らす。

「この、くらいっ……、耐えられるからっ……。だから……っ一人にしないで……っ」
「~~~~~~っ。わかったよ。ずっとこうしててやる。安心しろ。何も、しないから」

 俺は抱きしめる力を少しばかり強めると、腕の中で震える愛おしいトンデモ娘の頭をそっと撫でた。


 ***


「……寝たか」
 荒かった息が落ち着いて、安定した寝息が聞こえてくる。

 あー……可愛っ!!
 ていうかネグリジェがきわどいんだよ!!
 上から見下ろすと谷間がっつり見えてるから!!

 はぁ……本当、よく耐えたな俺。
 俺がこれまでずっと理性を試されてきたのはすべてこの日のためだったんだな……。
 まさかこんな特大の試練が残されていたとは……。

 腕の中で眠るリザは、安心しきった顔でよだれまで垂らしている。
 ……なんか腹立ってきたな。
 こっちの気も知らずに。

 にしても、料理にも花にも媚薬はない、って……だったらいったいどこで?

「明日から警護を強化するか」

 フロウ王子もだが、今は怪しい人物が多すぎる。
 なんたって、リザは絶賛婚約者選び中だからな。
 かなり前に媚薬を投与されたが、毒耐性がある程度ついているリザに症状が出るのが遅すぎた、という線もあり得る。
 いつどこで媚薬が入ったかわからない以上、容疑者は全員だ。

 明日から、一層気を引き締めないとな。

「お前は──俺が必ず守る」

 そして俺は、腕の中ののんきなトンデモ娘の頭上に一つ、キスを落とす。

「これぐらいは許せよ」

 なんたって、服を力強く握りしめられた俺はこのまま好きな女を抱きしめたまま夜を明かさなくちゃならないんだ。

「はぁ……がんばれ、俺」

 これほどまでに夜が長いと感じたのは、今夜が初めてだった。

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