10 / 44
三人目の婚約者候補アルテス
しおりを挟む「セイシスー……」
「あ?」
「レイゼル何とかして……」
「お前が取引したんだろうが」
うっ……。
それはそうだけど……そうはいっても、毎晩寝所に来ては世間話やボードゲームをして、その間もいちいち甘い言葉で口説いてくるんだから、残り7日が終わるまで私の心臓がもつかどうか……。
さすが男娼。
女心の的確な掴み方がよくわかっているし、思わずどきっとさせられるし、正直ときめきもする。
だけどレイゼルの顔をしっかりと見るとちゃんと現実に引き戻されるから、前世のトラウマ体験ってすごいと思う。
「閨教育するよりはマシだろう? 毎回ちゃんと我に返ってるんだから、大丈夫だよ。それに、もしお前がレイゼルを欲しても、俺がさせないから、安心しろ」
「セイシス……」
今のちょっとときめいたじゃない。
普段そう言うこと言わないのに時々ぶっこんでくるんだから、たちが悪いわ。
セイシスのくせに。
「羽交い絞めにしてでもお前を止めてやるよ」
「王女への扱い!!」
これよこれ。
こういう一言ですべてが台無しになるのよね。
うん、やっぱりセイシスだわ。
ぐったりと机に突っ伏すのと同時に、執務室の扉が叩かれた。
「お、来たかな?」
「!! どうぞ」
私はぐったりと溶けていた身体を固めなおし背筋を正すと、扉を叩いた主に入室の許可を出した。
「失礼します」
丁寧に頭を下げて入ってきたのは、騎士服を身にまとった一人の青年。
「いらっしゃい、アルテス」
「ご無沙汰しております、リザ王女」
黒髪にアメジスト色の瞳
可愛らしい笑顔と似つかわしくないその長身に、私は首を大きく上にあげて彼を見上げる。
「お前また背伸びたな」
「久しぶりだね、兄さん。まだ伸び続けてるよ」
アルテスに会うのは一年前彼が騎士団に入団するよりも前以来だから、約一年半ぶりか。
前に会った時はまだセイシスよりも小さくて、私と同じくらいか少し小さいくらいだったのに、こんな短期間でセイシスまで抜かしてしまうだなんて。
成長期、恐るべし……。
「騎士団に入団してからずっと隊舎暮らしで……なかなか社交の場にも顔をお出しできず、申し訳ありません」
「気にしなくていいのよ。元気そうでよかったわ。さ、座って」
私が執務机前のソファを進めると、アルテスは「はい!! ありがとうございます!!」と子犬のような笑みを浮かべて、そこに座った。
いや、もう子犬なんてもんじゃないわね。
大型犬だわ、これは。
だけど一回目の人生のアルテスと今のアルテスは、あまりにも違っている。
一回目の彼は、私の夫になった時も身長は私と同じくらいで、まだまだ可愛い子犬ちゃんだった。
それに、騎士団にも入ってはいなくて、公爵令息として領地を助けながら過ごしていたはず。
他の夫たちはわずかな違いはあれどそこまで大きな変化はないというのに、彼だけが、なぜか一度目と全く違う。
「──で……何でセイシスまで座ってんの?」
私は自分の隣で腕と足を組んでどっしりと座り込んでいる男をじっとりとにらみつける。
「ん? いや、弟との久しぶりの再会だからな。俺も一緒しようと思って。それに、お前もこの方が何かと都合がいい、だろう?」
ニヤリと笑ってしれっと言いやがったこの護衛騎士は、それでも私のことをよくわかっているといえるだろう。
私がこの候補者の誰とも結婚したくないということを知って、話がまとまらないようにと気を配っていてくれるんだと思う。
まったく……こういうのずるいわよね。
結局いつも私の良いように進めてくれようとするんだから。
「はぁ……そうね。アルテス、良いかしら?」
「えぇ、僕は構いませんよ。僕、リザ王女のことはもちろん、兄さんのことも大好きですから」
うぁっ!!
笑顔が……笑顔がまぶしいわ!!
身長は大きくなったとしても、やっぱりこの国宝級の笑顔は変わらない!!
あぁ……ここのところの精神的な疲れが洗い流されていく……。
「可愛い!! 可愛いわアルテス!! やっぱりあなたは私の癒しよ!!」
思わず声を上げて立ち上がると、私は向かいに座るアルテスの顔を引き寄せをぎゅっと抱きかかえた。
「んな!? おいリザ!!」
「ははははは。僕、リザ王女のハグ、昔から好きなんです。あったかくてふわふわで、とっても気持ちいいんですよねー」
昔からアルテスと話していると、思わず頭を抱き込んでわしゃわしゃと頭を撫でてしまうのよね。
さらっさらの髪がまた気持ちよくて、いつまででも撫でていられるわ。
「あったかくてふわふわって……当たり前だろ!? 胸だけはしっかり成長してんだから!!」
とんでもないことを言いながらセイシスは私の首根っこを引っ掴んでアルテスから引きはがす。
「なっセイシス!? あんたと違って穢れ無きアルテスに何てこと言ってんのよ!?」
「俺のがよっぽど穢れてねぇよ」
「どこが!?」
煩悩の塊にしか見えないんだけど!?
いろんなところで女の子とっかえひっかえしてそうだもの。
いや、勝手なイメージだけど。
「穢れる暇があるほどお前の傍から離れてないっての」
「え?」
「何でもねぇよ馬鹿」
んな!?
やっぱりこっちの大型犬は可愛くない!!
「ははは!! やっぱりリザ王女も兄さんも、二人とも可愛くて大好きだよ」
それから私はしばらくの間、昔とは違う身長差にはなってしまった幼馴染たちと、昔と同じように、三人で会話を楽しんだのだった。
1
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
世にも不幸なレミリア令嬢は失踪しました
ひよこ麺
恋愛
レミリア・オリビエール・ヴァーミリオン公爵令嬢は世にも不幸な令嬢でした。
誰からも愛されないレミリアはそれでも笑っているような太陽みたいな少女。第二王子のクリストファーの婚約者だったので王宮に住んでいましたが、彼女の孤独な心を知る人はいませんでした。
そんなある日、クリストファーから少し距離を離そうと婚約破棄ともとれる発言をされたレミリアは自身を繋いでいた糸が切れたのがわかりました。
帰る家もないレミリアは遠い昔に孤独のあまり作り上げた架空の友人のルーファスと遊んだ唯一幸せな思い出が残るキンモクセイの前で自殺を図るのですが……
前世の因習、呪われた血筋、やがて全てを巻き込んでいくレミリアに隠された秘密とは?
-時の止まった悲劇の国と古にかわされた約束。レミリアは幸せを手に入れることはできるのか?
※キンモクセイの花言葉のひとつ「隠世」から着想を得た物語。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される
葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」
十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。
だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。
今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。
そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。
突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。
リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?
そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?
わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる