上 下
8 / 44

いかがわしいの、たくさん。

しおりを挟む
「ね、ねね、閨授業って……」

 あぁもう口が回らないわ。
 でもそうだ。そういえばそんなもの一回目もあったわ。

「リザ王女殿下の婚約から結婚、そして世継ぎを作るという過密スケジュールが決まった以上、閨教育を早急に行う必要があります。今までは極力好いた男と、という陛下の自由恋愛主義に則りそういう教育を施されませんでしたが、今回ばかりはそうも言ってはいられないということで、せめて初夜で恐れの無いよう、しっかりとした閨教育を施すようにとご命令になりました」

 有難迷惑だわ!!
 ていうか親に閨の心配とかされたくないわ!!

「大丈夫。その道のプロを用意しております」
 そ、その道のプロって……まさか……。

「高級娼館の一番人気の男娼、レイゼル・グリンフィードでございます」

 やっぱり前世の夫の一人ぃぃいいいいい!!

「娼館って……大丈夫なのか、宰相。そんな輩にリザ王女の身体を任せて……」

 セイシスが珍しく私の心配をしてる……!!
 あなた、私を心配するという心があったのね……!!

「えぇ、大丈夫です。レイゼルは一番人気と言えど、最後までは行うことのない高級男娼。もちろん病気や素行についてもしっかりと検査と調査をしております」

 最後まで行うことのない男娼……って……それまでの過程でしっかりと満足させてるからこその一番人気ってことよね?
 あらためて聞くとすごすぎるわ……。

 まぁ、それもそうよね。何を隠そうこのレイゼルこそが、一度目の人生での私の閨授業の相手でもあり、初めての相手でもあり、私を色欲に落としビッチ悪役王女にしたてあげた張本人なのだから。
 もう決して落とされたりしないわ!!
 こっちは命がかかってるんだから!!

「今夜から10回の授業で、このレイゼルがリザ王女の寝所に通います。その際に、閨の手ほどきを受けてください」
「こ、今夜から!?」
 急すぎない!?
 心の準備とか出来てないんだけど!?

「はい。それまでにしっかりと心の準備をしておいてくださいね。では失礼」
「え!? ちょ、ちょっと!?」

 戸惑う私をそのままにして、テレンシー宰相は綺麗な一礼をすると部屋から去っていった。

「……嘘でしょぉ……?」


 ***


 何の対策もないままに日は落ち、夜が来てしまった。
 私はお風呂に入れられピッカピカに磨き上げられると、ぴらっぴらの薄い肌着に着替えさせられた。
 いや、無理。
 一回目の私はこれを受け入れて成すがままだったけれど、今回は違う。
 命がかかってるんだから、このまま成されてたまるもんですか。

 薄い肌着の上から黒のワンピースを着て少しでも布面積を増やしてその時を待つ。
 そして──コンコンコン、と小さなノック音。

 キタァァァアアアア!!
「ひゃ、ひゃいっ!!」
 緊張のあまり噛んでしまったけれど通じたようで、扉がゆっくりと開く。
 けれど、部屋に入ってきたのは私が待っていた人物ではなく──。

「セイ……シス?」
「よっ」

 よっ、じゃねぇぇぇええええ!!
 私の緊張返せ!!

「何でセイシスがここに来るのよ!?」
 今から閨授業だってのに!!
「いや、緊張してんのかなーって思ってさ。結局何も考えがまとまってなさそうだったし……」
 私の、ために?

「で、閨教育、どうだ?」
「どうだ? じゃないわよ!! だいたい、私には閨教育なんて必要ないんだから」

 だって人生二度目だし。
 しかも一度目は夫五人持ちのビッチ王女……。
 いやいらん。
 閨教育とか、今更いらん。

「……は?」
 セイシスの低い声が冷たさを帯びて、部屋に響いた──刹那。

 ドサッ……。
「ひゃっ!?」
 私の身体がぐるりと回転し、視界いっぱいに広がったのは、表情を失くした、見慣れたはずのセイシスの顔。

「せ、セイシ……」
「どこで覚えた?」
「はい?」
「俺の目をかいくぐって、一体どこの誰と? 相手は誰だ?」

 何か目が怖いんだけど!?
 ソファに組み敷かれ黒曜石が私を見下ろす。
 こんな、こんな顔、私、知らない。
 こんな……男の人、みたいな……。

「この白い肌に、誰が触れた? 俺以外にこの髪に触れるのを許したのは誰だ?」
 首筋に、そして髪に、なぞるように這い上がるセイシスの長い指先。

「せっかく、俺が守ってきたのに……。いつの間に……」

 ま、まずい、セイシスがなんかおかしいわ!!
 と、とにかく、何とか誤解を解かないと!!

「だ、誰ともそんな関係にはなってないわよ!! あんた常に私にくっついてるでしょ!? 私に男っ気がないの一番よく知ってるでしょ!! その……あれよ!! 本!! 本で読んだの!! たくさん!! そういう……なんか……いかがわしいやつ!!」

「……」
「……」

 あぁ……これはひどい言い訳だ。
 何だ、いかがわしいやつって。
 しかもたくさん読んだとか……。
 ただの欲求不満王女じゃない。
 そんなので納得するわけが──。

「……そっか」
 したぁぁあああああ!?

 腕をつかんでいた手の力が抜け、私の上からゆっくりと起き上がるセイシス。

 なんかまた別の誤解を受けたみたいだけど、まぁ、落ち着いてくれたみたいでひとまずはよかった、のかしら?

「じゃぁ、お前、実経験は……」
「(二度目の人生では)ないわよ馬鹿!!」
「そっか……そう、か、うん、なら、いい」

 いい、じゃないわぁぁあああ!!
 こいつは私の何なの!?
 保護者か!?

 ゆっくりと起き上がった私を見て、セイシスがやたら嬉しそうに笑った。

「ていうか、いかがわしい本たくさんって……やらし」
「~~~~~~っ!?」

 一体何なのよぉぉおおお!?





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世にも不幸なレミリア令嬢は失踪しました

ひよこ麺
恋愛
レミリア・オリビエール・ヴァーミリオン公爵令嬢は世にも不幸な令嬢でした。 誰からも愛されないレミリアはそれでも笑っているような太陽みたいな少女。第二王子のクリストファーの婚約者だったので王宮に住んでいましたが、彼女の孤独な心を知る人はいませんでした。 そんなある日、クリストファーから少し距離を離そうと婚約破棄ともとれる発言をされたレミリアは自身を繋いでいた糸が切れたのがわかりました。 帰る家もないレミリアは遠い昔に孤独のあまり作り上げた架空の友人のルーファスと遊んだ唯一幸せな思い出が残るキンモクセイの前で自殺を図るのですが…… 前世の因習、呪われた血筋、やがて全てを巻き込んでいくレミリアに隠された秘密とは? -時の止まった悲劇の国と古にかわされた約束。レミリアは幸せを手に入れることはできるのか? ※キンモクセイの花言葉のひとつ「隠世」から着想を得た物語。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」  十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。  だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。  今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。  そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。  突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。  リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?  そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?  わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...