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第三章 寝言の強制力とその真実
平民出身の最年少博士
しおりを挟む「ふっ……良い茶だね」
「ふっ……じゃないです。殿下。なぜ私は突然城に呼び出されたのでしょう?」
騎士団の寮の客室で一夜を明かした私の部屋に、朝早くから城の遣いが尋ねてきた。
そしてあれよあれよという間に城まで連れて来られ──今、私は恐れ多くもフィル・テスタ・ローザニア王太子殿下と朝食をご一緒している。
せっかくの宮廷料理も緊張しすぎて味がしない。うっぷ。
「はっはっはっは!! 可愛いセレンシアが、あのシリウスの魔の手から逃れて騎士団で保護されていると聞いては、真のヒーローであるこの私が出ぬわけにはいくまい?」
「…………」
「わ、わかった。わかったからその顔はやめなさいのっぺりしすぎて怖い」
何を言っているんだこのお方は。
無の境地で無言で見つめれば、殿下は苦笑いでそう言って、再び優雅に紅茶を召した。
「まぁ、それは半分冗談として──、セレンシア。急なのだが、今夜城でパーティを開くことになった」
「パーティ、ですか?」
それはまた急に……。
「すでにカルバン公爵、そしてピエラ伯爵家のには遣いをやっている。というのも──ピエラ伯爵家の領地から初の平民出身で博士号を取った者がいてな。その祝いのパーティだ」
「平民の博士、ですか?」
通常博士号を取るにはそれなりの学力を持ち、学校へと通い、高い成績を収める必要がある。
それ以前に、高等専門学校へと進学するには莫大なお金がかかる。
だからそもそもあまり学びの機械の無い平民が博士号をとるだなんて、ほぼほぼ不可能に近いことなのだ。
だというのにもかかわらず平民が?
しかもピエラ伯爵領で?
私が首をかしげていると、コンコンコン、と小さなノック音が響いた。
「お、来たようだな。──入れ」
殿下が入室の許可を出すと、ゆっくりと扉が開かれ、城の騎士に連れられて一人の若い青年が姿を現した。
綺麗な黒髪に長細いメガネ。
その人物を見て、私は大きく目を見開いた。
「トマス!?」
「お嬢様、ご無沙汰しております」
驚く私を見て、殿下がにんまりと笑った。
「彼が、史上最年少で史上初の平民出身の博士となった、トマスだ」
殿下の紹介に少しばかり照れ臭そうにトマスが笑った。
トマスはピエラ伯爵領の孤児院出身の少年だ。
私の1つ上で、私が読み聞かせをしに行くといつも真剣に話を聞いてくれた。
読み書きを熱心に学ぶ彼に、私が勉強の際に使っていたお下がりの本を貸してあげて、着実に学をつけていった。
15歳で孤児院を出てからは1年制の平民の学校に進んだと聞いていたけれど、まさかそのまま高等専門学校にまで進んで博士号を取るだなんて……。
「すごいわトマス……!!」
「ありがとうございます、お嬢様。お嬢様がたくさん本を読んでくださって、本を貸して学ばせてくださったおかげです。あれがあったから、僕の狭い世界はどんどんひろがって、まだまだ学びたいと思えた。あなたがいなければ、今の僕はありません」
──無駄ではなかった。私のしてきたことは。
平民の孤児に本を読みきかせ読み書きを教えに行くなど無駄なことだと言う貴族も少なくなかった。
だけど無駄じゃなかったんだ。
少しだけ、心が温かくなった。そんな気がした。
「と、いうことだ。急だが隣国への留学も決まってね。彼の功績を称えるとともに、盛大に送り出してやろうということだ。ちなみに、高等専門学校への資金援助は、ピエラ伯爵とカルバン公爵が連名で行っているんだよ」
お父様と、カルバン公爵が? 知らなかった。
だけどなるほど。
もしかしたら公爵たちはそれを知っていたから、こちらにいらっしゃるのはシリウスの誕生日当日ではなく、今日を指定したのかしら?
「わかりました。ではすぐに支度を──」
「あぁ、ドレス類はこちらで揃えた」
「へ?」
何と?
ドレス類をそろえている?
城で? 私の服を?
「あぁ、サイズなら心配せずとも良い。見ればぴたりとサイズを当てるのは、私の特技だからね」
怖っ!!!!
「で、ですがシリウスは?」
「シリウスにも遣いをやって、了承を得ているよ。パーティで合流すればいい。セレンシア、君はあいつのことは気にせずに、せめてパーティでのあいさつが終わるまでは、トマスについていてやってくれ」
シリウスが了承しているのであれば気にすることはないだろう。
どうせ寝言で結婚したような妻なんていなくても、ロゼさんがいるでしょうし。
それにトマスはパーティなんて無縁の平民出身。
心細いに決まっている。
「そういうことであれば、かしこまりました。よろしくね、トマス」
「はい。よろしくお願いします。お嬢様」
パーティでの最初のあいさつが終わるまでは、しっかりとトマスをサポートしてあげないと。
「頼んだよ。パーティでは、新しい保護法の発表も予定されている。それもすべて、トマスが研究したことによって成立するものだ」
「保護法、ですか?」
「あぁ。──精霊の指定保護法だ」
「精霊の!?」
昔は多くみられたけれど、今は人前に姿を現すこともなくひっそりと隠れている精霊。
その特別な力は魔法使いがすべて管理していたけれど、精霊や魔法使いを配下に収めようとした人間達のせいでいなくなってしまった。
それでもこの国には確かに精霊が存在して、ひっそりと国を守っているという。
「僕は精霊についての研究をしていて、偶然、彼らがある場所を住処にしていることを知ったのです」
「えぇっ!?」
偶然でそんなことができるの!?
今まで誰もが見つけられなかった精霊の住処を?
「い、いったいどうやって……」
「セレンシア様のおかげですよ」
戸惑う私にトマスがにっこりと笑って続けた。
「セレンシア様が読んでくださった絵本の1シーンにこんなものがありました。満月の夜、甘いパイとサクサクのクッキー、それに綺麗な水をグラスに注いで外に置いておくと、妖精たちがパーティを始める──」
「!!」
それは確かに絵本のシーンの1つ。
そう、【小鳥姫と騎士】の絵本だ。
いなくなった姫の手がかりを探すため、幼い頃に姫が言っていた通り精霊が好きなものをすべて集め、満月の夜に精霊を待っていたのだ。
あれを実践した?
子どもの頃なら私も精霊に会いたくて実践したことがあった。
だけど精霊を待っている間に眠くなってしまって、結局寝落ちしてしまったのだ。
成長して夜起きていられるくらい大人になればもうそんなことはしなくなる。
まさか大きくなっても実践するような人がいるだなんて。
「あの夜、精霊は本当に現れました。そして飲んでは食べ、歌って踊ってを一通り楽しんだ後、皆消えたり現れたりを繰り返しながら、アイリス王立図書館の方へと帰っていきました」
「アイリス王立図書館へ!?」
「はい。数か月、満月が来るたびに試してみましたが、やはりアイリス王立図書館へ帰っていくので、間違いないと確信しました」
確かにアイリス王立図書館は、はるか昔に精霊をまとめ上げる魔法使いが作った図書館と言われている場所。
ということはあそこは本当にそう、だったということ?
驚きに言葉が出てこない私に、殿下が「驚きだよねぇ」と苦笑いした。
「ただ、確かにあそこは私達王族の紋章の反応も強い。これまでは精霊の痕跡に反応しているのだと思われていたが、今も尚そこにいるのだと考えると何もかもつじつまが合う」
精霊の末裔といわれる殿下が言うなら間違いはないのだろう。
あの場所に今も精霊がいる……。
もしかしたら、足しげく通っていた私のこともよく知っていてくれるのかもしれない。
そう思うとなんだか心が躍る。
「だからね、私たちは精霊の指定保護法を制定することにしたんだ。内容としては、アイリス王立図書館に王家の結界を張って、精霊に対して悪意ある人間が入ることのできないようにする。精霊を害そうとした者への罰則。そして精霊が安心して住める国にしていくため、植林を勧め、浄水活動を徹底する。まずはそこからだな」
精霊は空気の綺麗な場所、そして綺麗な水を好む。
人が増え街が大きくなるにつれ、木々の伐採で緑が減っていった。
それも精霊が少なくなったと言われる理由でもある。
精霊の住みやすい環境を整える──良い取り組みだと思う。
「素晴らしいと思います。私も、精霊たちが安心して過ごせる国になるよう、尽力させていただきます……!!」
「あぁ。ありがとう。じゃぁセレンシア、客間に案内させるから、準備を整えておいで。女性はドレスを着る前にもいろいろと準備が多いのだろう? ゆっくり準備しておいで」
殿下はそう言うとテーブルの上のベルをチリンチリンと鳴らし、侍女を呼び寄せた。
彼女たちが私を案内してくれるのだろう。
私はすぐに立ち上がると、スカートの裾を少し摘み上げて一礼した。
「かしこまりました。では殿下、後ほど。トマス、また後でね」
そして私は侍女に連れられて、広間を後にした。
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