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第二章 寝言の強制力と魔法使い
Sideシリウス~あの日の時分~
しおりを挟む結局殿下はカルバン公爵家で夕食まで食べてから、夕食の皿を片付け終えた広間で今ものんびりと食後のティータイムを楽しんでいる。
突然食事を一人分追加することになって、レゼロには苦労をかけてしまったな。
今度美味しい酒でも買ってやろう。
弾丸帰省で疲れたであろうセレンを先に休ませ、二人だけになった部屋で、紅茶をすすりながら殿下が横目で私を見た。
「にしても、よかったじゃないか。念願のセレンシアと結婚出来て。……通じ合ってるかは知らんが」
「通じ合ってないから困ってるんですよ……」
父母だけではない。
セレンの兄や殿下までもが私のセレンへの思いに気づいているというのに、肝心な本人が全く気付いていない現実に、思わず頭を抱える。
「まぁ、こじらせたお前の態度は、彼女に誤解を与えていてもおかしくはないがな」
「うっ……」
「他のご令嬢には基本は紳士に優しく笑顔で接するくせに、セレンシアにだけはいつもクールな無表情で言葉も少なかったからなー」
「ぐっ……」
「セレンシアが他のご令嬢から侮られているのはお前のせいでもあるんだぞ?」
「うぐぐっ……」
悔しいがその通りだ。
私には何も言えない。
あの日、図書館で、セレンが今までも嫌がらせを受けていたと知って、責任も感じていた。
私がセレンから距離を取らなければ。
セレンとその他の令嬢への接し方の差を作らなければ。
彼女を傷つけることはなかっただろう。
私は大事なものを諦めて遠ざけることで、その大事なものを傷つけているということを、ずっと気づけずにいたんだ。
「まぁ、でも今のお前はようやくセレンシアへの本来の気持ちを出し切っているみたいだし、これからに期待、だな。いやー、まさか自分の膝の上に女性を乗せて料理を食べさせるお前の姿が見られるとはなー。あのセレンシアの羞恥心に満ちた顔!!」
「記憶から消し去ってください」
私のセレンの可愛い顔を見られたことだけは不服だが、それでも家でゆっくりとセレンを堪能したいという欲の方が勝ってしまった。
本来ならば今すぐにでもセレンのところに行って夫婦(仮)の時間を過ごしたいというのに……。
「ははは!! それはそうと……シリウス。本当に今度こそセレンシアを大切にするんだろうな?」
さっきまでの飄々とした表情から一転、殿下の鋭い眼光が私に向けられる。
あぁ、やっぱり。
殿下もセレンを──。
なんとなく気づいていた殿下の思い。
学生時代、セレンの寝言で殿下が被害に遭った時も、殿下は驚きながらも自腹でセレンのためにケーキを買ってきた。笑顔で。
【寝言の強制実行】は仕方がないが、満更でもないように優しい笑顔をセレンに向けてケーキを渡す殿下を見た時、胸がざわついたのを覚えている。
だけど──。
「大切にしますよ。誰よりも長くセレンの傍にいて、セレンを思ってきたのは私ですから。今までも、これからもそうです」
これだけは譲るわけにはいかない。
一度は諦めていたセレンとの結婚。
不可抗力とはいえ結婚することができた今、このチャンスは必ず活かしてみせる。
もう決して、セレンへの思いに嘘はつかない。
「……そうか。うん、それならいい」
「……殿下、本題は?」
「気づいていたか」
気づくに決まっている。
私が留守だというのは騎士団長から私の有給について報告を受けているであろう殿下はわかっていたはず。
なのにわざわざ自ら足を運んで私の帰りを待っていたのだ。
何か居ても立っても居られなくなって、自ら足を運んだと考えるのが妥当だろう。
「はぁ……さすがだね、シリウスは。セレンシアのこと以外なら有能なんだから」
「ほっとけ」
思わず昔と変わらぬ口調に戻ってしまった。
立太子してからは極力臣下として口調を正してきたが……まぁ、今のは私のせいではない。
「と、まぁ、そうだな……。そのセレンシアのことで、ちょっと、ね」
「セレンの?」
「……古い書物にね、眠りの魔法について書かれているものがあってさ。その魔法は、眠っている間に言った言葉が現実になるけれど、次第に身体がその状態を欲する中毒状態になって、眠りにつく時間がだんだん長くなって、最終的には──眠りから、醒めなくなる」
「!?」
眠りから……醒めなくなる?
まさかその魔法がセレンの【寝言の強制実行】だとしたら……。
セレンが……眠りについたままに──?
「まだそれがセレンシアの【寝言の強制実行】のことかはわからないが、早急に魔法使いを見つけた方がよさそうだな」
「そう……ですね」
「私も自分の持てる最大限の力でサポートする。気負いすぎるなよ」
「はい」
そうだ。まだ仮定だ。
考えすぎるな。焦るな。
とにかく、情報を的確に整理して、魔法使いを探し出す。
それだけを考えよう。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ。馬車を待たせているしね」
「待たせているにもかかわらずのんびり食後のお茶まで召し上がるとは相変わらず図太いですねフィル」
「はっはっは!! よく言われる!!」
掴みどころがないしはた迷惑な方だが、王族で一番頭が切れるのもこのフィル・テスタ・ローザニア殿下だ。
だが……周りの人間には同情する。
それでも憎めないのは、殿下のその愛される性格のせいなのだろう。
「ではな、シリウス。新婚旅行ではちゃんとセレンシアにも伝わるよう気持ちを伝えろよ!!」
「ほっとけ!!」
そうして殿下は愉快に高笑いをしながら、カルバン公爵家を後にした。
「……なんだろう。どっと疲れた。……風呂にでも行くか」
***
湯に浸かって夜着に着替え寝室に向かう。
もうこんな時間になってしまった。
セレンの寝顔でも堪能してから、私も寝るか。
そう緩みそうになる頬を引き締めてから、寝室の扉を開けると──。
「あ、シリウス、お帰りなさい」
「!? セレン? 起きていたのか?」
夫婦のベッドの上に座って本を読む、愛らしい私のお姫様。
今すぐにでも抱きしめてベッドに押し倒してしまいたい……!!
そんな欲望をぐっと堪えながら、私は何も動揺を見せることなく彼女の隣に腰を下ろした。
「えぇ。シリウスだって朝から私に付き合ってピエラ伯爵領に行ってくれて疲れているんだし、私一人で先に寝るのはなんだか悪い気がして」
女神か。
何で彼女はこうも優しいんだろう。
私は、彼女から勝手に距離を取ったというのに……。
「シリウス、今日はありがとう。付き合ってくれて」
「ううん。またセレンと一緒にピエラ伯爵領に行けてよかったよ」
昔はよく遊びに行っていたけれど、成長して、気持ちを自覚してからはめっきり行かなくなってしまったピエラ伯爵領。
今回彼女と、仮とはいえ夫婦としてあいさつに行くことができたのは一つの大きな通過点だったように思える。
「明日からの新婚旅行も楽しみだね」
話が決まってからすぐに殿下が指示して宿の手配をしてくれたようだし、せっかくだ。楽しもう。
何よりセレンが楽しみにしているんだから。
「えぇ。シレシアの泉に行けるなんて夢みたいだわ!!」
ああ、そんなに目をキラキラさせて……。
セレンがまぶしい。
私は必死で平静を装うと、セレンにやさしく微笑み、彼女の綺麗なピンクゴールドの髪をひと撫でした。
「そうだね。私も楽しみだ。素敵な旅行にしようね」
セレンに私の思いをしっかりとわかってもらえるよう、今まで以上に私の思いを全開にしていかねば。
鈍いのは生まれつきだが、彼女の自己肯定感が低いのは私のせいでもある。
そんな彼女にも伝わるように、私の持つ全ての愛をセレンにぶつけよう。
私の決意を知る由もないセレンが、膝の上に置いていた本をベッドサイドのチェストの上に置いて私を見上げる。
「シリウス」
「ん?」
「今日、守ってくれてありがとう。とってもカッコいい騎士様だったわ」
「っ……」
「お、おやすみなさいっ」
照れた顔を隠すように布団にもぐりこんでしまった。
そして私がその言葉の破壊力に固まっているうちにも、小さな寝息が聞こえ始める。
「何……今の……」
顔がありえないくらいに熱を持ち始める。
私はそんな火照った顔を冷やすように右手の甲を押し当てた。
「はぁー……っ、反則」
あの日、ただセレンを連れて逃げることしかできなかった自分が。
あの日以来、ひたすら強くなろうと努力を重ねた自分が。
今の言葉一つで報われていく。
そんな気がした。
セレン。
必ず私が、君を守ってみせる。
どんなものからも──。
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