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第二章

結婚前日のサプライズプレゼント

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 結婚式前日。
 ここ二日程、忙しくしているようで会うことができていなかったアユムさんが、大きなリュックとともにプレスセント公爵家を訪ねてきた。

「ごめんねティアラさん。結婚式前日に突然」
「いえ、大丈夫ですよ。アユムさんこそ、もう大丈夫なんですか? お忙しそうでしたけど……」
「うん。やらなきゃいけないことも終わったよ。あぁ、でも、一つ忘れてたことがあって……」

 そう言ってリュックをアサルト、中からリボンでラッピングされた袋と、くしゃくしゃの紙袋を取り出し、テラスのテーブルの上に置いた。

「これは?」
「ティアラさんに。れいなちゃんと守さんから預かってたの、すっかり忘れてた。他のものと一緒にして何かあっちゃいけないと思って、この二つだけ別ポケットに入れてたんだ。渡すのが遅くなってごめんね」

 私に……レイナさんとマモルさんから?
 何かしら。
 私はそっと、リボンのついた方の袋を手に取る。
 こっちはきっとレイナさんからね。

「開けても?」
「うん。ティアラさんのだからね」
 私はゆっくりと丁寧にリボンをほどくと、中から出てきたのは白いレースのベール。
 光の加減でレースにつけられた小さな石がキラキラと輝いて、思わず見とれてしまった。

「綺麗……。あら、手紙?」
 同封されていた紙を開くと、可愛らしい丸字で書かれたメッセージ。

「読みますね。『ティアラさんへ。きっと近い将来、ティアラさんは歩君と結ばれてしまうだろうから、これをあげる。私が、自分が結婚する時のために刺繍したベールだよ。お小遣いで少しずつ作ってた力作。もしよかったら、あなたがお嫁さんになる時、もしまだ用意していなかったら、使ってくれたらうれしいな。あなたと、そして歩君の幸せを、遠くから祈っています。れいな』……レイナさん……」

 結婚式のベールは、確かドレスと一緒に用意してもらった。
 今回のドレスはウェルシュナ元殿下との結婚式の時のものではない。
 アユムさんと二人で考えて、急ピッチで作ってもらった、アユムさんとの結婚式のためだけのウェディングドレスだ。
 私一人では決められない。だけど……。

「アユムさん、私……」
「うん。ベールは、このベールを使わせてもらおう。きっととっても綺麗だよ、ティアラさん」
 私の言いたいことを察して先に提案してくれるアユムさんに、胸が熱くなる。

「ありがとうございます……!! ふふ、嬉しいです」
 カナンさんの思いのこもったベールをぎゅっと抱きしめると、自然と顔がほころぶ。

「守さんはなんだろう?」
「そうですね、開けてみましょう」
 私はベールをきれいに畳みテーブルの上に置くと、今度はくしゃくしゃの紙袋に手を伸ばした。

「!! これは……」
「真っ赤なリボン……と……お守り?」
 中にあったのは、艶々としたサテン生地の真っ赤なリボンと、“安産”と書かれたお守り。

 どういうことだろう、と首を傾げればもう一つ、中に入っている紙に気づいた。

「手紙だわ。読んでみますね。『ティアラちゃん、無事に歩君は君を救出してくれたかな? まぁたぶん二人が結ばれるのはそう遠くないと思うから、この二つを贈らせてもらうね。運命の赤い糸、って知ってる? 運命の赤い糸でつながった二人は、結ばれて幸せになるんだよ。ということで、これはリボンだけど赤い糸ってことで。結婚式でブーケにでも結んでやって。あともう一つは、きっと遠くない未来のために。さっき安産祈願で有名な神社で夜だけど無理言って開けてもらって、お守り買ってきた安産のお守りだよ。これできっとティアラちゃんは安産間違いなしだ!! やったね!! それじゃ、二人で幸せになってね。ティアラちゃんが幸せにならなかったら、俺が搔っ攫いに行くからねー。守』

 わ、私への安産のお守り!?
 さすがに気が早くない!?
 ていうか、アユムさんが固まっちゃったじゃない!!

「あ、アユムさん?」
「……安……産……。ティアラさんが……俺の……」
「アユムさん!? アユムさーん!?」

 駄目だ、帰ってこない。
 そんなに安産がうれしいのかしら、アユムさん。
 とりあえずアユムさんを戻ってこさせなきゃ。
 えーっと、何をどうして……モーニングスター、は、死んじゃうし、各種薬は……人体に影響が出そうだし、えーっと……。はっ!! そうだわ!!

 私は一度自分の席を立つと、反対側に座るアユムさんの方へ移動し、彼の耳元にそっと自分の唇を寄せた。

「アユム君? ねぇ、戻ってきて」
「!?!?!? ティ、ティアラさん!?」

 戻ってきたぁぁあああ!!
 この間言ってたのよね、敬語無しで話してくれるようになったらどんな瀕死状態でも生き返る自信があるって。
 瀕死じゃないけど効いてよかったわ。

「よかったです、戻ってきてくれて。ふふ。明日はリボンもありがたく使わせてもらいましょう」

 マモルさんのリボンをブーケにつけて、頭にはレイナさんのベールをかぶる。
 これほど心強いものはないわ。
 あぁ、明日が楽しみっ。

「……」
「……」
「……」
 再び黙り込んでしまったけれど、どうしたのかしら?

「……アユムさん? ひゃぁっ!?」
 私がたまらず声をかけると、腕を引かれ私はアユムさんの膝の上に座る形で倒れ込んだ。
「ちょ、アユムさん!? いったいどうし──むぷっ」
 声を上げた刹那、大きな彼の両手が私の両頬を包みこむ。

 う、うごかない!!
 しかも顔が近い!!

「アユムさん、じゃないでしょ? あと、敬語も。戻ってるよ。
「~~~~~っ!!」

 い、意地悪だ!!
 意地悪なのに何その甘い声!!
 何その色気たっぷりの表情!!

「そ、それは追々……」
「だーめ。せっかく敬語なくしてくれたんだから、この際慣らしていこう。さ、もう一回」

 ひぃいいいいっ!!
 小悪魔だ!! 小悪魔がいるっ!!

「え、えっと、とりあえず席に……」
「ティアが慣れるまで、このままね」
「えぇっ!?」

 うそでしょ!?
 私が声を上げると、アユムさんは妖艶にほほ笑んで、私の銀の髪をひと房すくい取り、そっと口づけた。

「結婚前の予行演習、ね? 逃がさないよ、ティア」
「ひぃいいいいいいいいい!!!!」

 結婚前日。私はアユムさんの強硬手段により、敬語がなくなるまで彼の膝の上に抱かれ続けたのだった。
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