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第二章
彼と彼女の繋がる時間軸
しおりを挟む「……ティアラさん。俺の話、聞いてくれる? 俺が、剣道を始めた理由──」
「剣道を始めた──理由?」
アユムさんはすぐ目の前を流れる川を、何かを思い出すように目を細めしばらく眺めてから、口を開いた。
「俺が七歳、小学一年生の秋のこと。大雨の翌日だったんだ。その日に限って寝坊して、兄にも登校班にも置いていかれて、一人で家を出た俺は、一人で登校していた。通学路には川があって、その日はすごく増水していて……。でも、嵐の後の良い天気でさ。太陽の光が水面に反射して、きらきらしてて……。思わず、見入ってしまったんだ。……そして──増水した川に、落ちた」
「!!」
増水した、川に──待って、それって──……。
「俺がもがけばもがくほど、冷たい水が俺にまとわりついた。もうダメだ、って、伸ばした手を下ろしかけたその時……ドボンッ、て大きな音と、声が響いたんだ。“あきらめないで、絶対に助けるから”って。結果、俺はその人に抱えられて、騒ぎを聞きつけて助けに来た人たちによって土手の上に引き上げられた。引き上げられて、助かった、って、安心して、振り返ったら……俺を助けてくれたその人は安心したように笑って、そして──水の中へ、消えてしまった……」
「っ……」
「大人たちが引き上げた時にはもう、その人の息はなかった。聞けば近所の高校生で、俺はお葬式にも参列したんだ。子どもながらに必死でその人のご両親に謝ったの、覚えてる。でも、その人のご両親は俺を責めなかった。“正義感の強いあの子らしい”って。“あの子の救った命を大切に生きてね”って。それからなんだ。あの人のように、誰かを助けられる強い人になりたいって、剣道を始めた」
無意識に頬を伝い始めた生暖かい感触。
涙が、止まらない。
だって、その人は──私だ……。
「待って、じゃぁアユムさんが……あの時の男の子……?」
私が呆然と目の前の青年を見上げてつぶやくと、彼は穏やかな表情でうなずいた。
「俺の命を救ってくれて──ありがとう。そして、ごめん。いつからか、強くなるという思いだけで、その理由を忘れようとしてた」
引き寄せられ、抱きしめられると伝わる、彼の鼓動の早さと震える手。
忘れようと脳が反応するのは仕方がない。
だって、自分を助けて人が死んだんだもの。
私が背負わせてしまったものだ。
謝るなら、私の方。
「元気に生きてくれて──よかった……。死んでしまって、ごめんなさい……っ」
どうしているだろうと、いつも気にしていた。
私が背負わせてしまった重みに、つぶれていないだろうかと。
「会えて……良かった」
この世界は元は別の時間軸。
前世の世界よりも前の時間。
それが統一されたのは、私が転生して十三歳の頃。
その時の日本の時間軸は──私が死んだ一年後。
アユムさんが八歳の時。
あぁ、だからだ。
すべて合点がいく。
私のした行動にって、きっと心に傷を負ったであろう少年は、こんなにも大きくなったのか。
「ちゃんと……動いてる」
「あなたが救ってくれた、命の音だよ」
私が救った……命の音……。
「ティアラさん、約束して。もう絶対、俺の前から突然いなくならないで。もう、あんな思いはしたくないから──」
不安げに揺れる黒曜石の瞳を見上げてから、私は彼を抱きしめる力を強める。
「はい。もう、絶対に、突然死んだりしません」
そう力強く答えれば、私の頭上から「ありがとう」と震える声が降り落ちた。
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