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第一章
Side歩~別離~
しおりを挟む俺が剣道を始めた理由、そのきっかけ。
いったい何だったか。
不思議と頭の中から除外されているかのように、その部分だけが空白だ。
いや違う。
たぶん、考えないようにしていただけだ。
「覚えてない? まぁ無理もないか。あなたにとっては重すぎる出来事だったものね。……歩、あなた、小さいころに川で溺れて、高校生の女の子に助けてもらったのよ。その子はそのまま流されてね……。死んじゃったお姉さんみたいに、誰かを助けられる人になりたいって、力をつけたいんだって言ってはじめたのよ、剣道」
川で溺れて──。
女子高生に──。
冷たく肌を刺す川の水。
流される恐怖。
あぁ、覚えてる。
俺を抱き上げて、その人は安心したように笑って、そして──いなくなったんだ。
『高校三年生の秋でした。大雨の翌日、増水した川に転落した小学生を助けた代わりに私は命を落としました』
「!! まさか──ティアラ……さん?」
二つの世界は並行で進んでいるようで元々それは並行ではない。
“扉”の発見によってつながり、時間軸が統一されたからこその今の時間軸がある。
あぁそうか……だから……。
『こちらの世界が日本とつながっている世界であるということに気づいた時、日本に帰りたいと思ってしまった自分もいます。今の日本にはきっと、前世の私の親もいるはずですから』
一つ一つのピースがカチカチとはまっていく。
そして出来上がるのは、一つの真実。
「……」
「歩君?」
「どうした? 歩? 母さん、やっぱり休ませたほうが……」
「違う……。ちがうんだ」
心配する兄の言葉を否定しながら、あふれる涙を腕で拭う。
「俺はずっと昔から、あの人に守られていた──」
俺が誰かを守りたいと思った理由も、俺がティアを守りたいと思った理由も、すべて一つにつながった。
そんな気がした。
「行ってらっしゃい」
穏やかな声が降ってくる。
「母さん……」
「行きたいんでしょ? 大切な人を守りに」
俺の言わんとしていることをわかっているかのように、母は穏やかにほほ笑んだ。
「あなたが後悔しない生き方をしなさい。せっかく生かしてもらった大切な命ですもの。あなたならそれを無駄にしない生き方をするって、お母さんもお父さんも信じてる。たとえ会えなくなっても、お母さんも、お父さんも、あなたの幸せが一番の願いだから」
そう言って俺を抱きしめた母の腕は力強くて、俺はこの腕に生まれてからずっと守られてきたんだと感じさせられた。
決して一人で大きくなったわけじゃない。
たくさんの人に守られて、俺はここまで生きてきたんだ。
今度は俺が、たった一人の大切な人を守る番だ。
「ありがとう、母さん、父さん……」
***
──皆が寝静まったころ。
外で陣取っていたマスコミは警察官によって撤去させられ、辺りは静けさを取り戻していた。
「よしっ」
母が大急ぎで洗濯して乾燥機で乾かしてくれたばかりの黒い服に黒いマント。
向こうに行ってからずっと一緒だった俺の相棒ともいえるこの服を、また着ることになろうとは──。
「はいこれ。持っていきなさい」
母から渡されたのは、どっちりとした大きな黒いリュック。
「何、これ……」
「着替えと食べ物とあといろいろよ!! もしかしたらホームシックになるかもしれないでしょう? 一応、慣れ親しんだ服や食べ物も必要かなって思って」
「俺はお前のアルバム入れといた!!」
「俺は兄ちゃんにお勧めしたい漫画入れといたよ!!」
「俺は遠足控えた小学生か!!」
母と兄と弟のチョイスに深夜という時間も考えずについ声を上げて突っ込んでしまった。
この三人は本当によく性格が似ている。
顔は俺が一番母に似ているというのに、遺伝って不思議だ。
「歩くーん!! これ、持ってって」
あちらへ持っていってほしいものがあるからと一度家へ帰ってきたれいなちゃん。
タクシーから降りると、バッグの中からピンクのリボンでラッピングされた小さな袋を取り出し、俺に手渡した。
「これは?」
「ティアラさんに渡して。中に手紙も入ってるから」
「わかった。必ず渡すよ」
手渡されたそれをリュックへ入れると、今度は守さんもタクシーで到着した。
「待って待ってー!! 俺もこれ、持って行って!!」
「また袋?」
守さんから渡されたのは、今度は何の絵柄もない真っ白な紙袋。
しかもくしゃくしゃしてる。
「あー、ちょっと急いでたから袋はぐっちゃぐちゃだけど、中は無事だから。ティアラちゃんに渡して」
「は、はぁ……」
れいなちゃんにしても守さんにしても、いったい何を渡すつもりなんだ……。
「歩」
「父さん?」
それまでじっと黙っていた父が、静かに俺の名を呼んだ。
「歩、って名前はな、何があっても歩み続けろって意味を込めてつけたんだ」
「何があっても……」
「あぁ。苦しいことがあっても、とにかく生きて一歩でもいいから歩め。そうしたら、大体のことは何とかなってくるもんだよ」
「父さん──っ」
抱きしめられたぬくもりに、何とも言えない懐かしさを感じ、息が詰まりそうになる。
「どこにいても、会えなくなっても、お前は父さんたちの大切な子だ。自信もって──生きろ」
背中を押してくれたその言葉を。
包み込んでくれたぬくもりを、俺はきっと忘れることはない。
「あぁ……。父さん、母さん、兄さん、紬、今まで本当に……ありがとうございました……!! れいなちゃん、守さんも、ありがとう」
俺は家族一人一人の顔を、そして仲間たちの顔を一人ずつ目に焼き付けると、精いっぱいの笑顔を彼らに向けた。
「じゃ……いってきます……!!」
両手の上に乗せた魔石へと力を流す。
刹那、夜の住宅街に光があふれ、俺はこの世界に別れを告げた。
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