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第一章

Side歩

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 朝か夜かもいまいち定かではないダンジョン内。
 光苔と共に自生する、時を告げる草だけが俺達の時計代わりだ。

 夜は大体十八時ごろから、緑から紫色に色を変え始めるヨイノクサ。
 これは朝五時かあたりから徐々に緑に戻っていくのだそうで、俺たちの大切な時間の指標になっている。

「あ、これ……」
 なんとなく触れたポケットにゴツゴツとした感触。
 ケルベロスを倒したあと、肉を持ち帰るときに見つけてポケットに入れておいたキラキラと光る紫色の鉱石。おそらく魔石だろう。
 ただ、俺は魔石に関してはまだよくわかっていないので、不用意に魔力を注ぎはしない。
 明日ティアラさんに聞いて、彼女に渡そう。
 俺が持っていても仕方がないし。

 魔石や魔法に関してはまだまだだけれど、この世界の魔物や植物の生態系には少しだけ詳しくなってきたし、慣れてもきた。
 でもそれは、明日には必要のなくなる知識。
 俺は明日、“扉”から再び元の世界へ──家族の元へ帰るんだ。

 きっと父も母も、兄も弟も心配してる。
 周りがなんと言おうが関係ない。
 俺には、俺を心配してくれる家族がいるんだから。だけど──。

「ティアラさん……」
 どうしても頭から離れない。彼女のことが。

 今まで剣道一筋だった俺が、初めて求めたもの。
 剣道で世界を目指そうと強くなろうと、今までずっとただひたすら走ってきた。
 脇目もふらず、必死に。

 それが、今になって天秤にかける存在と出会うなんて、思ってもみなかった。

 訓練場の隅で一心不乱に筋トレに励んでいた女性。
 あまりにもまっすぐな瞳に、時折滲む翳《かげ》り。
 剣を握る手に滲んだ血豆。
 まるで必死に自分の存在できる場所を作ろうとするかのような姿が、今も目に焼き付いている。

 彼女が安心して暮らせて、好きなことをして笑って存在できるなら、それでよかった。
 そのために、魔王も倒した──はずなのに。

 それだけじゃ嫌になってしまった。
 もっと、彼女と一緒にいたいと願ってしまった。
 もっと彼女を見ていたいと、欲が出てきてしまった。

「はぁ……どうしたもんかな……」
「連れ去っちゃいなよ」
「!?」

 ここにあるはずのない声に驚き振り返ると、にんまりと笑った守さんが俺を見ていた。
 なんだこのニヤニヤ顔は。
 しかも今この人なんてった?
 連れ去る? 誰を?

「あの……話がいまいち見えないんですけど……」
「だーかーらー!! ティアラちゃんと離れたくないなら連れ去ったら? って!!」
「ティアラさんを!?」
「だってさ、詳しくはわからないけど、追放されたんでしょ? ティアラちゃん。なら、こっちに連れ帰ったって──」
「ダメです!!」

 思わず声が大きくなる。
 でも、それだけは──だめだ。できない。
 だってティアラさんにも、彼女を愛している家族がいる。待っている人がいる。
 そんな人たちから、彼女を奪ってはいけない。

「……だよね。アユム君は優しいからそう言うと思ったよ」
「え……?」

 んー、と伸びをしながら俺の隣まできて、頭上に落とされたのは温かい手のひら。

「ティアラちゃんもそうだけどさ、アユム君も大概一人で抱え込むよねー。でもさ、人のことを思って我慢するのも大切だけど……、伝えなきゃいけないことはちゃんと伝えなよ? じゃないと一生後悔するからな」

「守さん……」

 一生後悔する。
 ずしりとその言葉が俺の胸にのしかかった。

「んじゃ、俺は寝るかな。歩君もしっかり寝ろよ? じゃなきゃ、ティアラちゃんに見せる最後の顔が目の下にくま作った悲惨なものになっちゃうよ」
「それは嫌だ」
「だろ? んじゃ、根を詰めすぎないようにね。おやすみ」

 そう言って飄々と笑ってから、ひらひらと手を振って守さんはテントの方へと歩いて行った。
 考えの深さというものは、いくらいつも飄々としていても、それまでの経験の深さが滲み出る。

 俺は今まで剣道一筋で、強くなることしか頭になくて、いろんな経験をするチャンスを自ら手放していたんだよな……。

 あれ?
 でもそれはどうして?

 そもそも俺は──なんで剣道を始めたんだっけ──?

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