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第一章

ダンジョン女子会

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「ティアラさん、起きてる?」

 毛布にくるまってしばらく経ってから、隣で寝ていたはずのレイナさんが声をかけてきた。
 ちょうど寝付けずにいた私はすぐに「はい、どうしました?」とゆっくりと起き上がる。
 そして彼女の顔を見ると、暗がりの中で、どこか思い詰めたような表情で私を見ていた。

「あの……も、もう傷は大丈夫なの?」
「へ?」
 傷? どこの?
 思い至ることがなく惚けた顔で彼女を見る私に、レイナさんは焦ったいとでもいうかのように「右肩の傷よ!!」と声を上げた。

「右肩……あぁ!! あれですか。もうすっかり大丈夫ですよ。聖女の力で跡形もないですし」
 怪我したこと自体忘れていたくらいにはなんともない。
 私が笑って肩をブンブン回して見せると、安堵したようにレイナさんがほっと息をついた
 口には出さないが、ずっと心配していてくれたんだろう。

「わ、わかってたけどね!! ティアラさん、脳筋だし。ただでは死にそうにないしっ」
「素直じゃないよねー、レイナも」
 言い訳がましく早口になるレイナさんの言葉を遮って、私でもレイナさんでもない声が飛んできた。
「カナンちゃん!!」
 私の反対隣からムクっと身体を起こして、カナンさんが笑う。

「最後だからちゃんと話したかったんでしょ? ティアラ様と」
「っ」
 最後。そうだ。
 レイナさんは明日、扉の向こうへ……日本へ帰るんだ。
 守さんや、歩さんと。
 そして私は、“扉”を封印する。
 もう二度と開いてしまわないように。

「……ティアラさん」
「は、はいっ」
 レイナさんはしばらく俯いた後、意を決したように顔を上げ、私をまっすぐに見て名を呼んで、私はそれに少し硬くなりながらも返事をする。

「たくさん……守ってくれて、ありがとう」
「!!」
 今、ありがとうって……。
 あのレイナさんから……?
 今まで私を避けていたような彼女からの突然の感謝の言葉。その衝撃に、思うように返す言葉が出ない。

「私がここにきて、ずっと歩君と一緒に戦ってくれたんだよね。貴族の……しかも伯爵令嬢が、私たちのために、戦って、魔物捌いて、毎日返り血を浴びて……。なのに私は、自分のことで精一杯で、ただ守られて……。ここでも守られてばかりで……」

 レイナさんの膝の上で握り込まれた両手の拳が僅かに震えている。

「……私、本当はずっとわかってたの。自分がなんで周りの人に嫌われているのか」
「え……」
 自嘲した笑みを浮かべて、彼女はぽつりぽつりと語り始めた。

「そりゃそうだよね。ビクビクして、自分に好意を持ってくれる男の子の影に隠れて、向き合ったり歩み合うことからずっと逃げてきたんだから。……私ね、一人っ子で、小さい頃からずっとチヤホヤされて生きてきたの。パパもママも一人娘を溺愛して、なんでも願いを叶えてくれた。調子乗ってたんだと思う。自分の言うことはなんでも叶うんだって。だからどんどん、人から嫌われた。そうしたら人の目が怖くなった。でも、私に好意を持ってくれる男の子たちはたくさんいて、私は、そんな人たちに甘えて──そうしたらますます嫌われて、また人の目が……怖くなった。きっとね、自分から歩み寄れば修復できたんだと思おう。でも──私は逃げ続けた」

「レイナさん……」

「でもね、向こうに帰ったら、ちゃんと周りの人たちと向き合う。怖くても自分を変えなきゃ、ここで自分と向き合った意味がないって思うから。それと……。私も……ティアラさんみたいに、何かと向き合って、堂々と立てる強い人になりたいから」

 そう言って笑顔を見せたレイナさんは、きっとあれからたくさん考えたのだろう。
 自分の行いを。
 自分のこれまでを。
 自分のこれからを。

「……はい。きっとできます。あなたなら。この世界からずっと応援しています」

「私も。ここで出会えたのも何かの縁だし。応援してるよ」

 カナンさんの誰とでも仲良くなれる前向きさは、きっと色々あって向き合うことから逃げてきたレイナさんにとっては居心地が良かっただろう。
 だからこそ彼女の前では自分を出して、言い合ったりすることだってできたし、レイナさん自身、カナンさんを友達だと認識していたんだと思う。
 だって、カナンさんと話す時のレイナさんは、アユムさんの前で見せるレイナさんでも私の前で見せるレイナさんでもなく、素のままの彼女だったんだから。

「……ありがとう。ぁ、でも、歩君は渡さないからね」
 突然出てきたアユムさんの名に、どくんと音を立てて心臓が大きく跳ねる。

「歩君を好きなのは本当だし、帰ったら携帯の連絡先交換して、猛アタックして告白だってするつもりだから」

 携帯──!!
 懐かしい響き!!
 この世界には携帯のようなメールや電話や写真機能がついたハイテクなアイテムはないから羨ましい。

「あれ? アユムさんとはまだ交換していなかったんですか?」
 交換するタイミングなんていくらでもあっただろうに。
「それがアユム君、ほぼ全ての時間を剣道の稽古をして過ごしていたから、携帯はもともとそんなに使わなかったらしくて……。家に置いたままここに来たんだって」

 高校生や大学生って、携帯がないと生きていけない時期じゃないの!?
 そんなにも真剣に剣道に取り組んでいたのは、何か特別な理由があったのかしら?
 何にしても、これからはアユムさんが彼の目標に向かって、やりたいことをやりたいようにできるように、この世界から応援しなければと思う。

「ま、別にあんたがどうしようと私は別に構わないよ。アユムのことは好きだけど、世界を越えるとか無理だし。でも……私的にはアユムはティアラさんとくっつくっていう未来を推すけどね」

「えぇ!?」
 私!?
 まだ言ってるの!?
「むぅー。ぁ、そうだ。帰る前に──これ」
 突然何かを思い出したかのようにレイナさんがゴソゴソと枕元を探ると、出てきたのは握り拳サイズのキラキラと光る魔石。

「これ、あの時拾ったやつ」
 あの時──あぁ、私が肩を怪我した時の?
 しかしこれはまぁ見事な……。

「通信石じゃん!! しかもランクAAA!! でっか!!」

 そう、通信石。
 私がここで見つけたものの二倍、いや、三倍の大きさの。
 市場に出回ればすごい価値がつきそうだけれど……うん、争いのもとね。
 砕いて三つに分けるか、或いは──。

「これは魔力を流さなければただの石。というか、ちょっと魔法陣が描かれただけのクリスタルです。こちらにあっても色々と面倒ですし、レイナさんが持っていてください」

 魔石は分割されても描かれた魔法陣はそれぞれ分割されたものへと刻印される。
 だけどこれだけ質がいいものとなると、どこで手に入れたかとか詮索されて面倒だし、これを求めて“ヨミ”に落ちて出られなくなる人間も続出するだろう。
 そう、色々面倒なのだ。
 幸いあちらの世界に魔力を持つ人間は基本いない。
 これが悪用されると言うことはないだろう。

「え、でも……」
「ここでの思い出にとっときなって。……忘れないでね。ここでのこと。私たちのこと」

 レイナさんが持つ石の上からそっとカナンさんが自分のそれを重ね、私もその上から自身の右手を重ねた。

「繋がっています。会えなくても」

「カナンちゃん……。ティアラさん……。うん……ありがとう──……」

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