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第一章

”扉”の鍵

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「──と言うわけです、お父様」

 私はテントに戻るなり、アユムさん達へのマモルさんの紹介もそっちのけで、アユムさんに通信石を発動させてもらい、お父様に報告をした。
「ふむ……」
 難しい表情で腕を組んだまま唸るお父様。

「……私は……。私は、“扉”をぶっ壊すべきだと考えています」
「!!」
 その場の全員が、私の発言に息をのんだ。
 当然だろう。今まで誰もそんな馬鹿げたことを言い始めた者など存在しなかったのだから。

 “扉”との共存。
 それこそが、今まで誰もが考えていた“扉”の絶対原理。
 私の今の発言は、それを覆すものであり、簡単にできるという確信すらもない曖昧なものに聞こえたはずだ。

「私は、レイナさんも、マモルさんも、そしてアユムさんも、元の世界に返してあげたい。皆、親御さんやご兄弟が心配しているでしょう。だから、“扉”を開けるために鍵を手に入れたいのです。お父様ならば手に入るのでは?」

 お父様は宮廷魔術師として、管理役員と同じ魔術部に所属している。
 いくら管理役員がどこからも圧力を加えられることのない独立した人達でも、影響力はあるのでは、という淡い期待を抱いたが──「それは無理だ」──すぐ様その期待は打ち砕かれた。

「っ、なぜ……!!」

「管理役員は王族の命しか聞くことがない。“贄”の話ですらティアラから聞いて初めて知ったほどに、我々には何も権限がないのだよ。奴らは王の僕《しもべ》。奴ら以外が“魔王の眼”を持つことも、鍵を持つことも許されない。それに、お前はそれならば管理役員を襲えばいいとか考えているかもしれないが、彼らが次にここに来るのはいつになるかもわからん。定期的な交流はしているが、先日交流があったばかりだ。下手をしたら一年後のその“贄”の時期とやらになるかもしれんのだよ」

 鍵を持つのは彼らのみ……。
 しかもいつ来るかわからない。
「そんな……」
 消沈する私の肩に、そっと温かい手が落とされる。

「ティアラさん、ありがとうございます。でも、あなたのせいでも、お父さんのせいでもない。仕方のないことだから、あなたが気に病むことはありません」
 黒曜石の瞳が優しく私を見下ろす。

「でも──っ」
「俺は、貴女といるこの世界は……悪くないと思ってる」

 穏やかな瞳は瞬時に真剣なものへと変わり、私の鼓動が大きく跳ねた。
 そんな真剣な眼差しで、そんなこと言われたら……勘違いしそうになるじゃないか。
 私が彼の瞳に吸い込まれそうになっていると「ゴッホンッ」と一つ、お父様の咳払いが間を割って入ってきた。

「方法がないわけではないからな?」
「「え!?」」
 何て!?
「本当ですかお父様!!」
 私が映像に詰め寄ると、お父様は「うむ」と頷いた。

「“ヨミ”のボスだ。奴を倒すことで、“扉”は鍵がなくとも開かれるだろう」
「ボス……」
 “扉”のある五層の次の層。
 最後の層と言われる第六層にいるこのダンジョン“ヨミ”のボス。

 どの程度の強さなのか、どんな魔物なのか、全てが謎。
 冒険者が運よくボスまでたどりついても、そのままやられてしまうか、生きて帰ったとしてもそのものは口の利ける状態ではなくなっているし、管理役員が“魔王の眼”を使って確認したけれど、戦ったわけではないから何もかもがわからないのだ。
 その際には管理役員ですら犠牲になっているし。

 わかっているのは、“魔王の眼”が効かずに襲いかかってくること。
 そして、大きい犬のような魔物だということ。
 ただそれだけ。

 ……や……役に立たねぇ……!!

「どれだけ強いかはわからん。お前でも倒せるかどうか……」
「やります」
 即答だった。
 やれるかどうかじゃない。
 やるんだ。

「ティアラ!!」
「ティアラさん!!」

 お父様とアユムさんが声をあげるけれど、迷いはない。
 私は、アユムさん達を元の世界に……あの世界に戻してあげられるなら、その可能性に賭けたい

 前世、私はあの世界で生きて行くことができなかった。
 きっと父と母をとても悲しませてしまったはずだ。
 彼らには同じ思いをして欲しくはない。

「大丈夫です、お父様。私、脳筋聖女ですもの」
 そう言ってへにゃりと笑えば、なんとも言えない表情でお父様が唸った。

「だがなぁ……」
「さっすがお姉様!!」
 不安げなお父様の声をかき消して、明るい声が響いた。
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