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第11話 嫉妬して自爆

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 セルジュがダンスの練習をはじめてから数日が経った。コレットの協力もあり、ようやくダンスのリードに慣れつつあったセルジュは、その日、初めてリュシエンヌとパートナーを組むことになった。

 庭園で失態を犯したあの日以来、コレットを除き、女性に接触することなく暮らしてきたセルジュは、また失態を重ねてしまうのではないかと気が気でない思いでいた。けれど、実際にそのときになってみると、意外にもすんなりとリュシエンヌに触れることができた。
 動悸が乱れることも嫌な汗をかくこともなかった。コレットが言っていたとおり、リュシエンヌと組むほうが踊りやすいようで、今日のセルジュはいつもよりずっと踊れていた。
 ふわりと微笑んで、リュシエンヌがセルジュを見上げる。穏やかな笑みを返し、ふと視線を落とすと、セルジュの身体に圧し潰されたリュシエンヌの豊満な胸が目に入った。

 普通の男ならば、この状況では股間を気にせずにいられないことだろう。だが、セルジュは驚くほど冷静だった。匂いたつような色香を纏うリュシエンヌと密着していても、セルジュの男根はぴくりとも反応を示さない。まさに絶望的なまでの無反応だ。

 これまでにない爽やかな笑顔で顔を上げ、セルジュは記憶の中のヴィルジールに動きを重ねた。なめらかな動きに合わせて、リュシエンヌのドレスの裾が優雅に翻る。ふわりと揺れる柔らかな紅茶色の髪の向こうに、ぼんやりと窓の外に目を向けるコレットの姿が見えた。
 セルジュの視線に気がつくと、コレットはにっこりと笑って小さく手を振ってみせた。

「練習をはじめて間もないのに、セルジュさんはダンスがとてもお上手なのね」

 そう言って、リュシエンヌがくるりとターンを決める。

「この数日間、暇さえあれば踊っていましたから。それに、これ以上あいつに馬鹿にされるわけにもいきませんし」
「まあ」

 ひくりと口の端を上げてセルジュが答えると、リュシエンヌは楽しそうにくすくすと笑った。
 ダンスの練習の際にコレットがセルジュを馬鹿にしたことなど一度たりともなかったけれど、この城で再会して以来、コレットがセルジュの情けない部分を知りすぎているのは否定しようのない事実のはずだ。
 コレットのセルジュに対する評価は駄々下がりに違いないのに、セルジュのコレットに対する評価は上がりっぱなしで、セルジュにはそれがとても不公平に思えてならなかった。

「……と言うか、礼儀もなにもなってない癖に、不思議と評判が良いんですよね、あいつ」
「あら、コレットは慎ましくて可憐で機知ウィットに富んでいて、社交の場では高嶺の花だと有名なのよ」
「まさか、あんなに煩くて落ち着きがないのに?」

 さすがに冗談だろうとセルジュは笑い飛ばしたが、リュシエンヌは呆れたと言いたげに小さく肩を竦めてみせた。

「それは、そうしていればあなたに構ってもらえるからでしょう?」
「私に、ですか?」

 言われてみれば、と考えて、セルジュはこれまでのコレットの様子を思い返した。それからコレットのほうにちらりと目を向けて――真顔になった。
 いつの間にやらロランがコレットの隣に居て、何やら楽しそうに話をしている。以前にも増して親しげな様子を見せつけられて、セルジュは無性に腹が立った。
 ピアノの演奏が終わると同時にリュシエンヌの手を放すと、セルジュはつかつかと靴音を鳴らしてふたりの元へと向かった。

「珍しいな、ロラン」
「お疲れ様です、セルジュ」
「殿下の手伝いは終わったのか」

 さりげなくコレットを押し退けるようにして、ふたりの間に割って入る。ロランは一瞬目を丸くして見せたけれど、すぐに穏やかに微笑んで、

「まあ、ほどほどに。そんなことよりも、ダンス、大分様になっていましたよ」

そう言ってセルジュを褒めた。
 ロランの褒め言葉をセルジュが鼻で笑い飛ばしているうちに、コレットはさっさとその場を離れ、リュシエンヌと楽しそうにおしゃべりをはじめていた。遠巻きにふたりの様子を眺めながら、セルジュはがくりと肩を落とした。
 あまりにも大人気おとなげない行動だった。リュシエンヌに対しても、酷く礼儀に欠けていた。原因不明の感情に任せて人の会話に割り込むなんて、これまでのセルジュにはあり得ない行動だった。
 
「あの状態でリュシエンヌ様に反応しなくて済むのだから、勃起不全に感謝ですね」
「確かにそうだな」

 落ち込んだまま流されるようにロランの話に頷いて。セルジュは勢いよく顔を上げた。

「……ってお前、なんでそれを知ってるんだ」
「カマをかけてみただけですよ。女性恐怖症だと聞いていましたし、騎士団員のみなさんが貴方は娼館に行くのを嫌がると言っていましたので」
「くそっ……!」

 ――最悪だ! コレットだけでなく、ロランにまで恥ずかしい事実を知られてしまったなんて!
 してやられた、とセルジュが舌打ちする。屈辱に歪むその顔を眺めながら、ロランはくすりと口の端を釣り上げたのだった。

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