31 / 67
第11話 嫉妬して自爆
②
しおりを挟む
***
セルジュがダンスの練習をはじめてから数日が経った。コレットの協力もあり、ようやくダンスのリードに慣れつつあったセルジュは、その日、初めてリュシエンヌとパートナーを組むことになった。
庭園で失態を犯したあの日以来、コレットを除き、女性に接触することなく暮らしてきたセルジュは、また失態を重ねてしまうのではないかと気が気でない思いでいた。けれど、実際にそのときになってみると、意外にもすんなりとリュシエンヌに触れることができた。
動悸が乱れることも嫌な汗をかくこともなかった。コレットが言っていたとおり、リュシエンヌと組むほうが踊りやすいようで、今日のセルジュはいつもよりずっとらしく踊れていた。
ふわりと微笑んで、リュシエンヌがセルジュを見上げる。穏やかな笑みを返し、ふと視線を落とすと、セルジュの身体に圧し潰されたリュシエンヌの豊満な胸が目に入った。
普通の男ならば、この状況では股間を気にせずにいられないことだろう。だが、セルジュは驚くほど冷静だった。匂いたつような色香を纏うリュシエンヌと密着していても、セルジュの男根はぴくりとも反応を示さない。まさに絶望的なまでの無反応だ。
これまでにない爽やかな笑顔で顔を上げ、セルジュは記憶の中のヴィルジールに動きを重ねた。なめらかな動きに合わせて、リュシエンヌのドレスの裾が優雅に翻る。ふわりと揺れる柔らかな紅茶色の髪の向こうに、ぼんやりと窓の外に目を向けるコレットの姿が見えた。
セルジュの視線に気がつくと、コレットはにっこりと笑って小さく手を振ってみせた。
「練習をはじめて間もないのに、セルジュさんはダンスがとてもお上手なのね」
そう言って、リュシエンヌがくるりとターンを決める。
「この数日間、暇さえあれば踊っていましたから。それに、これ以上あいつに馬鹿にされるわけにもいきませんし」
「まあ」
ひくりと口の端を上げてセルジュが答えると、リュシエンヌは楽しそうにくすくすと笑った。
ダンスの練習の際にコレットがセルジュを馬鹿にしたことなど一度たりともなかったけれど、この城で再会して以来、コレットがセルジュの情けない部分を知りすぎているのは否定しようのない事実のはずだ。
コレットのセルジュに対する評価は駄々下がりに違いないのに、セルジュのコレットに対する評価は上がりっぱなしで、セルジュにはそれがとても不公平に思えてならなかった。
「……と言うか、礼儀もなにもなってない癖に、不思議と評判が良いんですよね、あいつ」
「あら、コレットは慎ましくて可憐で機知に富んでいて、社交の場では高嶺の花だと有名なのよ」
「まさか、あんなに煩くて落ち着きがないのに?」
さすがに冗談だろうとセルジュは笑い飛ばしたが、リュシエンヌは呆れたと言いたげに小さく肩を竦めてみせた。
「それは、そうしていればあなたに構ってもらえるからでしょう?」
「私に、ですか?」
言われてみれば、と考えて、セルジュはこれまでのコレットの様子を思い返した。それからコレットのほうにちらりと目を向けて――真顔になった。
いつの間にやらロランがコレットの隣に居て、何やら楽しそうに話をしている。以前にも増して親しげな様子を見せつけられて、セルジュは無性に腹が立った。
ピアノの演奏が終わると同時にリュシエンヌの手を放すと、セルジュはつかつかと靴音を鳴らしてふたりの元へと向かった。
「珍しいな、ロラン」
「お疲れ様です、セルジュ」
「殿下の手伝いは終わったのか」
さりげなくコレットを押し退けるようにして、ふたりの間に割って入る。ロランは一瞬目を丸くして見せたけれど、すぐに穏やかに微笑んで、
「まあ、ほどほどに。そんなことよりも、ダンス、大分様になっていましたよ」
そう言ってセルジュを褒めた。
ロランの褒め言葉をセルジュが鼻で笑い飛ばしているうちに、コレットはさっさとその場を離れ、リュシエンヌと楽しそうにおしゃべりをはじめていた。遠巻きにふたりの様子を眺めながら、セルジュはがくりと肩を落とした。
あまりにも大人気ない行動だった。リュシエンヌに対しても、酷く礼儀に欠けていた。原因不明の感情に任せて人の会話に割り込むなんて、これまでのセルジュにはあり得ない行動だった。
「あの状態でリュシエンヌ様に反応しなくて済むのだから、勃起不全に感謝ですね」
「確かにそうだな」
落ち込んだまま流されるようにロランの話に頷いて。セルジュは勢いよく顔を上げた。
「……ってお前、なんでそれを知ってるんだ」
「カマをかけてみただけですよ。女性恐怖症だと聞いていましたし、騎士団員のみなさんが貴方は娼館に行くのを嫌がると言っていましたので」
「くそっ……!」
――最悪だ! コレットだけでなく、ロランにまで恥ずかしい事実を知られてしまったなんて!
してやられた、とセルジュが舌打ちする。屈辱に歪むその顔を眺めながら、ロランはくすりと口の端を釣り上げたのだった。
セルジュがダンスの練習をはじめてから数日が経った。コレットの協力もあり、ようやくダンスのリードに慣れつつあったセルジュは、その日、初めてリュシエンヌとパートナーを組むことになった。
庭園で失態を犯したあの日以来、コレットを除き、女性に接触することなく暮らしてきたセルジュは、また失態を重ねてしまうのではないかと気が気でない思いでいた。けれど、実際にそのときになってみると、意外にもすんなりとリュシエンヌに触れることができた。
動悸が乱れることも嫌な汗をかくこともなかった。コレットが言っていたとおり、リュシエンヌと組むほうが踊りやすいようで、今日のセルジュはいつもよりずっとらしく踊れていた。
ふわりと微笑んで、リュシエンヌがセルジュを見上げる。穏やかな笑みを返し、ふと視線を落とすと、セルジュの身体に圧し潰されたリュシエンヌの豊満な胸が目に入った。
普通の男ならば、この状況では股間を気にせずにいられないことだろう。だが、セルジュは驚くほど冷静だった。匂いたつような色香を纏うリュシエンヌと密着していても、セルジュの男根はぴくりとも反応を示さない。まさに絶望的なまでの無反応だ。
これまでにない爽やかな笑顔で顔を上げ、セルジュは記憶の中のヴィルジールに動きを重ねた。なめらかな動きに合わせて、リュシエンヌのドレスの裾が優雅に翻る。ふわりと揺れる柔らかな紅茶色の髪の向こうに、ぼんやりと窓の外に目を向けるコレットの姿が見えた。
セルジュの視線に気がつくと、コレットはにっこりと笑って小さく手を振ってみせた。
「練習をはじめて間もないのに、セルジュさんはダンスがとてもお上手なのね」
そう言って、リュシエンヌがくるりとターンを決める。
「この数日間、暇さえあれば踊っていましたから。それに、これ以上あいつに馬鹿にされるわけにもいきませんし」
「まあ」
ひくりと口の端を上げてセルジュが答えると、リュシエンヌは楽しそうにくすくすと笑った。
ダンスの練習の際にコレットがセルジュを馬鹿にしたことなど一度たりともなかったけれど、この城で再会して以来、コレットがセルジュの情けない部分を知りすぎているのは否定しようのない事実のはずだ。
コレットのセルジュに対する評価は駄々下がりに違いないのに、セルジュのコレットに対する評価は上がりっぱなしで、セルジュにはそれがとても不公平に思えてならなかった。
「……と言うか、礼儀もなにもなってない癖に、不思議と評判が良いんですよね、あいつ」
「あら、コレットは慎ましくて可憐で機知に富んでいて、社交の場では高嶺の花だと有名なのよ」
「まさか、あんなに煩くて落ち着きがないのに?」
さすがに冗談だろうとセルジュは笑い飛ばしたが、リュシエンヌは呆れたと言いたげに小さく肩を竦めてみせた。
「それは、そうしていればあなたに構ってもらえるからでしょう?」
「私に、ですか?」
言われてみれば、と考えて、セルジュはこれまでのコレットの様子を思い返した。それからコレットのほうにちらりと目を向けて――真顔になった。
いつの間にやらロランがコレットの隣に居て、何やら楽しそうに話をしている。以前にも増して親しげな様子を見せつけられて、セルジュは無性に腹が立った。
ピアノの演奏が終わると同時にリュシエンヌの手を放すと、セルジュはつかつかと靴音を鳴らしてふたりの元へと向かった。
「珍しいな、ロラン」
「お疲れ様です、セルジュ」
「殿下の手伝いは終わったのか」
さりげなくコレットを押し退けるようにして、ふたりの間に割って入る。ロランは一瞬目を丸くして見せたけれど、すぐに穏やかに微笑んで、
「まあ、ほどほどに。そんなことよりも、ダンス、大分様になっていましたよ」
そう言ってセルジュを褒めた。
ロランの褒め言葉をセルジュが鼻で笑い飛ばしているうちに、コレットはさっさとその場を離れ、リュシエンヌと楽しそうにおしゃべりをはじめていた。遠巻きにふたりの様子を眺めながら、セルジュはがくりと肩を落とした。
あまりにも大人気ない行動だった。リュシエンヌに対しても、酷く礼儀に欠けていた。原因不明の感情に任せて人の会話に割り込むなんて、これまでのセルジュにはあり得ない行動だった。
「あの状態でリュシエンヌ様に反応しなくて済むのだから、勃起不全に感謝ですね」
「確かにそうだな」
落ち込んだまま流されるようにロランの話に頷いて。セルジュは勢いよく顔を上げた。
「……ってお前、なんでそれを知ってるんだ」
「カマをかけてみただけですよ。女性恐怖症だと聞いていましたし、騎士団員のみなさんが貴方は娼館に行くのを嫌がると言っていましたので」
「くそっ……!」
――最悪だ! コレットだけでなく、ロランにまで恥ずかしい事実を知られてしまったなんて!
してやられた、とセルジュが舌打ちする。屈辱に歪むその顔を眺めながら、ロランはくすりと口の端を釣り上げたのだった。
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる