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傷貰いの魔女は王子様に嘘をつく

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 クラウスは何も言わずに私を部屋まで送ってくれた。扉の前で立ち止まり、それから少し躊躇って、私に訊ねた。
「……お前さ、あいつのこと好きなの?」
「え?」
「あいつ……あの、お前が懐いてる騎士、いるじゃん」
 首の後ろに手を回して、ちょっぴり不貞腐れて。ちらりと向けられた橄欖石の瞳が私を映す。
 答えは簡単に口にすることができた。
「好きだよ。憧れてる。恋とかそういうのとは違うけど」
「え、違うの?!」
「違うよ。だってあの人、若く見えるけど既婚で子持ちだし、十五も歳が離れてるんだよ?」
 ギュンターさんの奥さんはお子さんとふたりで街で暮らしている。今夜のパーティーには夫婦揃って招かれていたから、だから私は、この機会に奥さんにご挨拶をさせてもらおうと思っていたのだ。
 クラウスの謎行動のせいで、またしばらく延期になってしまったけど。

「……そっか、そうだったのか……」
 クラウスのつぶやく声が聞こえた。その横顔がとても嬉しそうで、なんだかこっちまで嬉しくなって。
 私は思いきって彼の手を取った。
「ねぇクラウス、私にダンスを教えてよ。得意でしょう?」
「……はぁ? なんで俺が」
 彼は露骨に面倒そうな顔をしたけれど、私は怯まなかった。もっと彼と一緒にいたい——その気持ちが伝わるように、彼の瞳をじっとみつめる。
 クラウスはちょっぴり困った顔をして、ぽりぽりと頬を掻いて、それからそっと、私の指先に触れてくれた。
「……仕方ねぇな。お前みたいな一庶民が俺様にダンスを教えて貰えるなんて本来なら有り得ないことなんだからな。光栄に思えよ」
 王宮のあちこちを一緒に駆け回ったあの頃のような、優しくて、少しだけ高慢な笑顔でそう言って。
 彼は私を、夜の中庭へと連れ出した。

 *
 
 私たちのあいだには壁がある。
 それは目に見えない大きな壁で、簡単に壊すことができない強固なものだ。
 その壁を乗り越えるちからが自分にあるのかどうかすら、私にはわからない。

 でもね、クラウス。
 その先に続く道がたとえ困難なものだとしても、私はやっぱり、貴方の契約の魔女になりたいよ。




 ——「傷貰いの魔女は王子様に嘘をつく」 おわり

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