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旅立ち
『生き地獄の作り方』
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リヒトが目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは、ガラス張りの天上の向こうに広がるどこまでも真っ青な空だった。心地よいうたた寝から覚めたような感覚に、束の間状況を把握し損ねる。
何度か瞬きをして、自分の右手を握っている誰かの存在に気づき、のろりとそちらに視線を向けた。そして、思わず眉根を寄せたリヒトは、硬い声で問う。
「水の王。なんで、アンタなんだ」
自分の手を握り、酷使したせいで不安定になっている体内魔力を調整しているのが、己の召喚獣であるスバルトゥルなら納得できた。友人希望者であるアリーシャでも、一応理解できなくもない。しかし、ろくに言葉を交わしたこともないイシュケルが、というのは想定外すぎて、何やら警戒心が湧いてしまう。
そんなリヒトの様子に、憮然とした顔になったイシュケルが口を開いた。
「なんで、とはまたご挨拶だな。オレとて、好きでこんなことをしていたわけじゃない。くじ引きでハズレを引いただけの話しだ」
「……そうか。それは、すまなかったな」
彼はまさに貧乏くじを引いたために、情けなくも人事不省に陥ったリヒトのそばについていたというわけか。手を離したイシュケルが、むすっとしたまま腕組みをして言う。
「今は、おまえが倒れてから三日後の朝だ。森の王は、おまえがなかなか目を覚まさないせいで、情緒不安定になった挙げ句に魔力暴走を起こしかけた。こちらまで引っ張られそうになったんで、ひとまず殴って気絶させてある。娘のほうは、あれから一睡もしないでいて、そのまま放っておくと体調を崩しそうだったんでな。将軍に弱めの睡眠薬を出させたから、昼頃までは眠っているだろう」
三日後、と呟いたリヒトは、スバルトゥルとアリーシャの惨状に冷や汗をかいた。彼らが意識を回復したときには、全力で謝罪したほうがいいかもしれない。
しかし、そうなるとなんだか話しがおかしい。リヒトは、おそるおそるイシュケルに問う。
「ええと……水の王。スバルトゥルもアリーシャも寝てるのに、誰とくじ引きなんてしたんだ?」
「将軍の妻を筆頭に、この砦で魔力調整の腕に覚えがある連中だ。オレがひとつだけあるハズレくじを引いたときは、みな声を上げて喜んでいたぞ」
ますます、意味がわからない。
寝起きで上手く働かない頭を困惑で埋め尽くしながら、リヒトはぎこちなく上体を起こす。改めて辺りを見回すと、そこは砦の中庭に建てられたドーム状の温室のようだった。背の低い果樹の狭間に、ぽつんと不自然にある温室の中、これまた不自然極まりなく置かれた巨大なベッド。
あまりに不条理かつ理解不能な現状に、ひょっとしてまだ夢を見ているのだろうかと訝しんだリヒトに、イシュケルが言う。
「森の王と契約しているおまえは、大地の近くに置いたほうが回復が早い。だからといって、直接地面に転がすわけにはいかないからな。将軍の妻が、ならばと言って急遽この温室を作ったんだ。気温湿度調整機能に加え、遮光調整機能も防音も対魔導防御もバッチリの自信作だそうだぞ」
「それは、すごいな」
やはりあの女性は、天才的な魔導具製作スキルを持っているようだ。道理で、空の色からして太陽が随分前に上がっているらしいのに、日差しを柔らかく感じるはずである。
しかし、今は何よりもまず、最優先で主張したいことがあった。リヒトは、改めてイシュケルに向き直る。
「水の王。まずは、迷惑をかけたことを謝罪する。申し訳なかった。それで、迷惑ついでと言ってはなんだが、何か食うものを持っていないか? アンタがついていてくれたお陰で魔力は安定しているんだが、今度は空腹で目眩がする」
「……少し、待て。今、用意させる」
はっと瞬きをしたイシュケルが、ベッド脇に置かれたテーブルに載っていた通信魔導具を手に取り、どこかに連絡を入れる。リヒトが目覚めた旨を告げ、消化のいい食事を要請する口調は、ひどく冷たい。用件だけを手短に告げ、通信を切ったイシュケルが振り返る。
「すぐに、持ってくるそうだ。ああ、将軍はもちろん、この砦にいる全員に、オレたちに嘘を吐かないこと、危害を加えないことを名にかけて誓わせたから、出されるものにおかしな細工をされることはないぞ」
「全員……?」
砦丸ごとひとつぶんの人間となると――下働きの者たちまで含めれば、もしかしなくても百人単位の大人数になるのではないだろうか。
なんでまた、と目を丸くしたリヒトに、イシュケルはそれが当然だという顔で言う。
「人間が精霊を裏切る生き物であることを、オレたちは学んだ。集団のトップと約定を交わしたところで、下の人間がそれに反することはあるだろう。意識不明だったおまえの安全を担保するには、当然の措置だ」
まるで目の笑っていない笑みを浮かべ、彼はくくっと肩を揺らした。
「オレと森の王、高位精霊二体との連帯誓約だ。連中の中の誰かひとりでもこの誓約を破ったときには、さぞ愉快なことになるだろうな。全員まとめて生きながら肉体が端から腐り落ちるか、溶けた内臓をすべて口から吐き出すか――まあ、楽に死ねるということはありえないさ」
「まさかの連帯責任」
それは、さすがに怖すぎる。
自分だけがえげつない死に方をするだけならまだしも、万が一うっかりこちらに危害を加えてしまった場合、数百人の仲間を道連れとしてしまうのだ。そんな恐ろしい誓約を交わしたとなると、誰も自分たちに近寄りたがらないのではないだろうか。
軽い気持ちで食事を頼んでしまったが、それをここまで運んでくる誰かは、さぞ生きた心地がしないに違いない。
それにしても、とリヒトは首を傾げる。
「なあ、水の王。なんでアンタらは、すぐにここから出ていかなかったんだ?」
リヒトが気絶していたところで、金庫番のスバルトゥルと世の中の渡り方を知っているアリーシャが健在だったのだ。今はすでに掌握済みのようだが、敵地であった砦からはさっさと退避するのが最善だったはずである。
イシュケルが、小さくため息をつく。
「あの娘がな……。将軍を脅して屈服させたのはともかく、何を考えているんだかわからんが、いきなり『帝室に喧嘩を売るなら、やっぱり拠点となる砦のひとつくらい欲しいよねえ』などと言い出したんだ」
「は?」
目を丸くしたリヒトに、イシュケルは重々しくうなずいた。
「今更人間など信用できるか、とオレは反対したんだがな。ならば、裏切らないように誓約で縛ってしまえばいいだろう、と……。ここの連中は、オレの正体を伝えた途端にみな死にそうな顔になっていたし、無駄に自死されるくらいなら生かして利用したほうがいい、と言われてな。さっきの誓約も、オレたちが本懐を遂げることを条件に解除されるようになっている」
召喚獣たちがこの砦の者たちと交わしたえげつない誓約は、どうやらアリーシャの主導によるものだったようだ。
(いやまあ、水の王の正体を知らされたら……。知らなかったとはいえ、今までいいように利用していたここの砦の連中は、そりゃあ怖いだろうな)
ならばいっそのこと、こうして償う機会を与えられたことは、彼らにとってもある意味救済になったのかもしれない。
何しろ、多くの人々から神と崇められている存在を、我欲によって一介の武器に貶めたようなものである。そうでなくとも、人の理の外にある彼らとの接触は、本来であれば非常な覚悟の元に、綿密な安全策を講じなければならないものなのだ。ほんの少しのミス、些細なあやまちのために精霊からの魔力侵蝕を受ければ、矮小な人間の肉体や精神などあっという間に壊れてしまう。
将軍という実例を目の当たりにしたばかりのリヒトは、今更ながらこの帝国の皇太子の愚行に頭を抱えたくなった。
魔力を持たない人間の感覚というのは、生まれたときから過剰なほどの魔力を持って生まれたリヒトには、まったく想像もつかないものだ。だからといって、今まで魔力を持たない人々と接することに違和感を覚えたことはなかった。
魔力があろうとなかろうと、他人は他人。自分以外の誰かと、完全にわかり合うことなどできはしない。わからないからこそ、相手の話をよく聞いて尊重し、少しでも互いが納得できる方法を探すことが必要なのだと、リヒトは師から教わった。
皇太子がしているのは、そんな師の教えとはまったく逆だ。自分の価値観を他人に押しつけ、それに倣うことを強要し、なのにその代償は決して自分自身で支払うことはない。
卑怯だと、思う。
安全な帝都でぬくぬくと暮らしながら、危険はすべて将軍のような不運な者たちに丸投げして、自分たちばかりが利益を得ている――その浅ましい生き方が、心の底から気に入らない。
何より、将軍の話を聞いた限りでは、皇太子は第一皇女に呪具を与えた張本人である。第一皇女と一緒に、リヒトが全力で生き地獄へご案内して差し上げるべき人物である。
リヒトは、そっと嘆息した。
(どこかに『生き地獄の作り方』とか、そういう類いの本は売っていないだろうか)
残念ながら、リヒトは師からそういった方面についての知識は、まるで教わっていないのである。基礎知識すらまったくないところから、自分や同じ思いを抱く召喚獣たちが完全に納得できるレベルを目指すというのは、なかなか難しそうだ。
いずれ、みなで『いい感じの生き地獄の作り方』を話し合うべきだろうか、と考えていたとき、イシュケルがすっと立ち上がった。彼の視線の先を追えば、少しして誰かがひとりでワゴンを押しながら近づいてくる。服装からして、どうやら女性だ。彼女が温室のそばまでやってくると、温室のガラス面の一部が淡く明滅しはじめた。
「おまえの食事が来たようだな。――許可する」
彼がそう言った途端、温室のガラス面の一部が音もなく消え失せた。どうやら、現在この温室はイシュケルの管理下にあるらしい。
そうしてやってきたのは、なぜか長袖くるぶし丈のメイド服に身を包んだ将軍の妻だった。彼女はリヒトと目が合うなり、ぱっと笑顔になって言う。
「ごきげんよう、ご主人さま! お目覚め、おめでとうございます!」
どうしよう。
将軍の妻が、壊れている。
何度か瞬きをして、自分の右手を握っている誰かの存在に気づき、のろりとそちらに視線を向けた。そして、思わず眉根を寄せたリヒトは、硬い声で問う。
「水の王。なんで、アンタなんだ」
自分の手を握り、酷使したせいで不安定になっている体内魔力を調整しているのが、己の召喚獣であるスバルトゥルなら納得できた。友人希望者であるアリーシャでも、一応理解できなくもない。しかし、ろくに言葉を交わしたこともないイシュケルが、というのは想定外すぎて、何やら警戒心が湧いてしまう。
そんなリヒトの様子に、憮然とした顔になったイシュケルが口を開いた。
「なんで、とはまたご挨拶だな。オレとて、好きでこんなことをしていたわけじゃない。くじ引きでハズレを引いただけの話しだ」
「……そうか。それは、すまなかったな」
彼はまさに貧乏くじを引いたために、情けなくも人事不省に陥ったリヒトのそばについていたというわけか。手を離したイシュケルが、むすっとしたまま腕組みをして言う。
「今は、おまえが倒れてから三日後の朝だ。森の王は、おまえがなかなか目を覚まさないせいで、情緒不安定になった挙げ句に魔力暴走を起こしかけた。こちらまで引っ張られそうになったんで、ひとまず殴って気絶させてある。娘のほうは、あれから一睡もしないでいて、そのまま放っておくと体調を崩しそうだったんでな。将軍に弱めの睡眠薬を出させたから、昼頃までは眠っているだろう」
三日後、と呟いたリヒトは、スバルトゥルとアリーシャの惨状に冷や汗をかいた。彼らが意識を回復したときには、全力で謝罪したほうがいいかもしれない。
しかし、そうなるとなんだか話しがおかしい。リヒトは、おそるおそるイシュケルに問う。
「ええと……水の王。スバルトゥルもアリーシャも寝てるのに、誰とくじ引きなんてしたんだ?」
「将軍の妻を筆頭に、この砦で魔力調整の腕に覚えがある連中だ。オレがひとつだけあるハズレくじを引いたときは、みな声を上げて喜んでいたぞ」
ますます、意味がわからない。
寝起きで上手く働かない頭を困惑で埋め尽くしながら、リヒトはぎこちなく上体を起こす。改めて辺りを見回すと、そこは砦の中庭に建てられたドーム状の温室のようだった。背の低い果樹の狭間に、ぽつんと不自然にある温室の中、これまた不自然極まりなく置かれた巨大なベッド。
あまりに不条理かつ理解不能な現状に、ひょっとしてまだ夢を見ているのだろうかと訝しんだリヒトに、イシュケルが言う。
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「それは、すごいな」
やはりあの女性は、天才的な魔導具製作スキルを持っているようだ。道理で、空の色からして太陽が随分前に上がっているらしいのに、日差しを柔らかく感じるはずである。
しかし、今は何よりもまず、最優先で主張したいことがあった。リヒトは、改めてイシュケルに向き直る。
「水の王。まずは、迷惑をかけたことを謝罪する。申し訳なかった。それで、迷惑ついでと言ってはなんだが、何か食うものを持っていないか? アンタがついていてくれたお陰で魔力は安定しているんだが、今度は空腹で目眩がする」
「……少し、待て。今、用意させる」
はっと瞬きをしたイシュケルが、ベッド脇に置かれたテーブルに載っていた通信魔導具を手に取り、どこかに連絡を入れる。リヒトが目覚めた旨を告げ、消化のいい食事を要請する口調は、ひどく冷たい。用件だけを手短に告げ、通信を切ったイシュケルが振り返る。
「すぐに、持ってくるそうだ。ああ、将軍はもちろん、この砦にいる全員に、オレたちに嘘を吐かないこと、危害を加えないことを名にかけて誓わせたから、出されるものにおかしな細工をされることはないぞ」
「全員……?」
砦丸ごとひとつぶんの人間となると――下働きの者たちまで含めれば、もしかしなくても百人単位の大人数になるのではないだろうか。
なんでまた、と目を丸くしたリヒトに、イシュケルはそれが当然だという顔で言う。
「人間が精霊を裏切る生き物であることを、オレたちは学んだ。集団のトップと約定を交わしたところで、下の人間がそれに反することはあるだろう。意識不明だったおまえの安全を担保するには、当然の措置だ」
まるで目の笑っていない笑みを浮かべ、彼はくくっと肩を揺らした。
「オレと森の王、高位精霊二体との連帯誓約だ。連中の中の誰かひとりでもこの誓約を破ったときには、さぞ愉快なことになるだろうな。全員まとめて生きながら肉体が端から腐り落ちるか、溶けた内臓をすべて口から吐き出すか――まあ、楽に死ねるということはありえないさ」
「まさかの連帯責任」
それは、さすがに怖すぎる。
自分だけがえげつない死に方をするだけならまだしも、万が一うっかりこちらに危害を加えてしまった場合、数百人の仲間を道連れとしてしまうのだ。そんな恐ろしい誓約を交わしたとなると、誰も自分たちに近寄りたがらないのではないだろうか。
軽い気持ちで食事を頼んでしまったが、それをここまで運んでくる誰かは、さぞ生きた心地がしないに違いない。
それにしても、とリヒトは首を傾げる。
「なあ、水の王。なんでアンタらは、すぐにここから出ていかなかったんだ?」
リヒトが気絶していたところで、金庫番のスバルトゥルと世の中の渡り方を知っているアリーシャが健在だったのだ。今はすでに掌握済みのようだが、敵地であった砦からはさっさと退避するのが最善だったはずである。
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召喚獣たちがこの砦の者たちと交わしたえげつない誓約は、どうやらアリーシャの主導によるものだったようだ。
(いやまあ、水の王の正体を知らされたら……。知らなかったとはいえ、今までいいように利用していたここの砦の連中は、そりゃあ怖いだろうな)
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将軍という実例を目の当たりにしたばかりのリヒトは、今更ながらこの帝国の皇太子の愚行に頭を抱えたくなった。
魔力を持たない人間の感覚というのは、生まれたときから過剰なほどの魔力を持って生まれたリヒトには、まったく想像もつかないものだ。だからといって、今まで魔力を持たない人々と接することに違和感を覚えたことはなかった。
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皇太子がしているのは、そんな師の教えとはまったく逆だ。自分の価値観を他人に押しつけ、それに倣うことを強要し、なのにその代償は決して自分自身で支払うことはない。
卑怯だと、思う。
安全な帝都でぬくぬくと暮らしながら、危険はすべて将軍のような不運な者たちに丸投げして、自分たちばかりが利益を得ている――その浅ましい生き方が、心の底から気に入らない。
何より、将軍の話を聞いた限りでは、皇太子は第一皇女に呪具を与えた張本人である。第一皇女と一緒に、リヒトが全力で生き地獄へご案内して差し上げるべき人物である。
リヒトは、そっと嘆息した。
(どこかに『生き地獄の作り方』とか、そういう類いの本は売っていないだろうか)
残念ながら、リヒトは師からそういった方面についての知識は、まるで教わっていないのである。基礎知識すらまったくないところから、自分や同じ思いを抱く召喚獣たちが完全に納得できるレベルを目指すというのは、なかなか難しそうだ。
いずれ、みなで『いい感じの生き地獄の作り方』を話し合うべきだろうか、と考えていたとき、イシュケルがすっと立ち上がった。彼の視線の先を追えば、少しして誰かがひとりでワゴンを押しながら近づいてくる。服装からして、どうやら女性だ。彼女が温室のそばまでやってくると、温室のガラス面の一部が淡く明滅しはじめた。
「おまえの食事が来たようだな。――許可する」
彼がそう言った途端、温室のガラス面の一部が音もなく消え失せた。どうやら、現在この温室はイシュケルの管理下にあるらしい。
そうしてやってきたのは、なぜか長袖くるぶし丈のメイド服に身を包んだ将軍の妻だった。彼女はリヒトと目が合うなり、ぱっと笑顔になって言う。
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