大罪の後継者

灯乃

文字の大きさ
上 下
22 / 42
旅立ち

手加減無用

しおりを挟む
 三日後、目的地である東の砦に到着した一同は、巨大な外門の前で足を止めた。そして、なんとなく顔を見合わせたのち、再び門に目を向ける。――正確には、門の脇に積み上げられた、ちょうど馬車一台ぶんになると思われる廃材の山に。その一番上には、車輪が三つ重ねられている。

 スバルトゥルが、ぼそりと言う。

「血のにおいはしないぞ」

 それを聞いて、アリーシャがほっと息を吐く。

「それは、よかった。もしかしたらリヒトのいやな勘が、こんな形で当たってしまったのかと思ったよ」
「あの乗り物が、これだけバラバラになる勢いで門に激突したんだったら、血のにおいがしないからといって生きているとは限らないぞ」

 真顔で応じたリヒトに、スバルトゥルが苦笑する。

「砦の中から、あの女のにおいがする。生きているから、安心しろ」
「そうか。なら、いい。それじゃあ、ひとまず従軍希望の受付をしに――」

 一同は、スバルトゥルがこの砦の採用試験を受けに来たという体で侵入する予定だった。だが、その手続きを求めに行こうとするより先に、頭上から降ってきたものがある。

「はっはあ! 久しぶりじゃねえか、水の王! 相変わらず、辛気くさい顔をしていやがる!」

 リヒトとアリーシャが、各々の武器を手にして構えたときには、スバルトゥルが彼らの頭上まで跳び上がっていた。次の瞬間、少し離れた地面が鈍い音を立てて弾け飛び、もうもうと土煙が舞い上がる。どうやら、砦の最上部から飛んできた何かを、スバルトゥルがその軌道を変えるように蹴り飛ばしたようだ。
 ふわりと着地した彼は、顔をしかめて土煙の中心に声を掛ける。

「ああ、今のおまえに、俺の声は届かないんだったな。――聞こえているか? 我が同胞たる水の王を不当に支配している、偽りの主。我が名を名乗るに値しない者よ。これは、最初で最後の忠告だ。今すぐ、水の王を解放しろ。応じるのであれば、命だけは許してやろう」

 答えは、なかった。代わりに、土煙が突如として放たれた魔力の圧に吹き飛び、細身の人影が音もなくスバルトゥルに肉薄する。咄嗟に短銃型の魔導具を撃ち込むが、当然のように魔力の壁に阻まれた。水の波紋のような残像。

 舌打ちしたリヒトが、キメラタイプの蟲と相対したときのように短銃型の魔導具の術式を書き換えようとしたとき、相手の拳をあっさりと受け止めたスバルトゥルが鋭く言った。

「下がっていろ、リヒト! そして、俺に命じろ!」

 目を瞠ったリヒトに、彼の召喚獣が不敵に笑う。

「人型のまま、本来の力を出すこともできないやつの相手なんざ、俺だけでも充分だ。……命じろ、リヒト。そして、見ていろ。俺が――おまえの召喚獣が、どんなふうに戦うのかを」

 その言葉に、リヒトはぐっと奥歯を噛みしめた。

 力不足だ、と言われている。
 リヒトには、まだスバルトゥルと共闘するだけの力も技倆も備わっていない。頭では、スバルトゥルの言葉が正しいと理解できる。でも、悔しい。戦いの場で、何もできずにただ見ているだけだなんて。

 そんな主の気持ちを察したのか、スバルトゥルは自分に捕まれた拳を、なおも振り切ろうとしてくる相手を視線で示す。

「なあ、リヒト。こいつは、おまえの父親の相棒じゃない。おまえが必ずその手で救わなくちゃならないのは、こいつじゃないんだ」
「……ああ」

 スバルトゥルと組み合っているのは、まるで癖のない淡い金髪に水色の瞳をした青年だ。水の王、とスバルトゥルが言うからには、この華奢な青年の姿をした精霊が、求めていた四体の召喚獣のうちの一体なのだろう。その華麗でありながら繊細な印象を与える顔立ちは、男性とも女性ともつかない美しさを持っている。けれど、まったくの無表情であるため、まるでよくできた人形のようだ。

 人間でいうなら、十七、八歳くらいに見えるその青年の姿は、リヒトが見覚えている父親の相棒とは、まるで違う。スバルトゥルの言う通り、必ず助けると誓った相手ではあるけれど、リヒトにとっては初対面だ。ならば、どうやら知己であるらしいスバルトゥルのほうが、きっとこの相手を助けたいという気持ちは強いだろう。

「わかった」

 心の底から納得したわけではない。できることなら、スバルトゥルと一緒に戦いたい。だが、その結果が彼の足手まといになるなら、それは無意味どころかただの愚かな子どものわがままだ。
 リヒトは、ひとつ深呼吸をして己の召喚獣を見た。

「……頼む、スバルトゥル」

 命令は、しない。まだ、できない。
 いまだスバルトゥルの主と名乗るには相応しくない自分にできるのは、彼の助力を請うことだけ。

「アンタの力で、その召喚獣をどうか自由にしてやってくれ」

 驚いたように瞬きをしたスバルトゥルが、困ったように小さく笑う。

「まったく……。仕方のないガキだな、おまえは」

 ふう、とわざとらしく息を吐き、それから黄金の瞳を物騒に輝かせて彼は言った。

「了解した、我が主。おまえの望み通り、水の王をおぞましい呪いから自由にしよう。――少し、もらうぞ」
「……っ」

 スバルトゥルの宣言の直後、自分の魔力がごっそりと持って行かれるのを感じ、リヒトはあやうくよろめきかけた。アリーシャが咄嗟に支えてくれなければ、情けなく膝をついていたかもしれない。

「大丈夫かい? リヒト」
「……悪い。平気だ」

 どうやらスバルトゥルは、この場で本来の姿に戻るつもりはないらしい。ひょっとして、戻りたくとも戻れない相手に対する礼儀なのだろうか。
 しかし、リヒトの魔力を食らった途端、彼がその身にまとう威圧感が一変した。

「ああ……。懐かしいなあ、この感じ」

 恍惚とした声音で、スバルトゥルが言う。

「正しい契約と理に従い満ちる、魔力の流れ。――悪いな、水の王。こんなに気分がいいのは、五年ぶりなんだ」

 そうして彼は、いっそ優しげにほほえんだ。

「手加減は、してやれそうにない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界グランハイルド・アレンと召喚獣-守護魔獣グランハイルド大陸物語ー

さん
ファンタジー
アレンは5才、母親と二人で叔父夫婦の牧場に居候している。父親はいない。いわゆる私生児だ。 虐げられた生活をしている。 そんな中、アレンは貴族にしか手に入れる事のできない召喚獣ー『守護魔獣』を手に入れる。 そして、アレンの運命は大きく変わっていく・・ グランハイルド大陸は4つの地域にほぼ分かれそれぞれの環境に合った種族が暮らしている。 大陸の北は高い山々が聳え立ちドラゴン等の魔獣や大型獣の生息地であり、人族が住むには非常に厳しい環境だ。   西も灼熱の砂漠が大きく広がり、砂漠にはワームが蔓延り地底人(サンドマン)と呼ばれる種族やドワーフ、コボルトがそれぞれに棲み分けている。 東から南東にかけて大きな森林地帯や樹海が広がり、エルフやリザードマン等、亜人と呼ばれる種族達が住んでいて大型獣も跋扈している。   大陸のほぼ中央から南には温暖な気候に恵まれ人族がそれぞれの4つの国家を形成している。しかしながら、種族的には一番劣る人族が一番温暖で豊かな大地を支配しているには訳が有る。  それは彼らが守護魔獣と呼ばれる大型魔獣を使役し、守護魔獣を使役した貴族がそれぞれの領地や民を守っているのである。 2頭の守護魔獣である獅子を使役し、その獅子の紋章を持つエイランド王家がライデン王国として、長年に渡って統治して来た。 そのライデン王国の東方地域を領地に持つフォートランド伯爵領に生を受けたアレンと言うの名前の少年の物語である。  

私が悪役令嬢? 喜んで!!

星野日菜
恋愛
つり目縦ロールのお嬢様、伊集院彩香に転生させられた私。 神様曰く、『悪女を高校三年間続ければ『私』が死んだことを無かったことにできる』らしい。 だったら悪女を演じてやろうではありませんか! 世界一の悪女はこの私よ! ……私ですわ!

本音は隠したままで……

華愁
BL
父さんがオレ達に味方してくれるのは自分が経験者だから…… オレ達は何があっても別れない。

転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!  4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。  無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。  日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m ※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m ※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)> ~~~ ~~ ~~~  織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。  なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。  優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。  しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。  それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。  彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。  おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

処理中です...