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17. 箱の部屋、その奥で 【ギドゥオーン】 ♡

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「わあぁ!」

 ハルカ殿の歓声が響いた。

 内側から開けない『箱の間』にも浴室はあった。外部と通じる壁扉と対面する壁が、浴室への扉となっている。但し、簡単には開けないよう壁扉の把手は随分上に付いている。自分の様に背が高ければ届くが、普通の、ハノーク程の背丈でもそのままでは届かない位置だ。

 そして、この扉を開ける鍵は自分が持っている。

「凄いですね! こんな立派な風呂だとは思わなかったです!」





 ハノークから言われて、ハルカ殿を浴室に案内する。ベッドから滑り降りる時、ほんの少しだけふらついたのが見えて、嫌がる彼を横抱きに抱き上げた。

 驚いて見上げられた瞳は、丸く大きく開かれていたが抗議というよりも驚いた風だった。確かにいきなり抱き上げられては驚いただろう。

「ハルカ殿、足元が覚束ない。浴室までご案内致します」

 そう言ってハルカ殿の顔を覗き込んだ。

「あ、はい……すみません……」

 腕の中で身体を固くしたまま、小さく応えてハルカ殿が俯く。チラリと見れば貝殻の様な耳が赤く染まっている。恥ずかしいのだろう。

 浴室への壁扉の鍵を開けようとした時に、両手が塞がっていることに気が付いた。さすがに扉を開ける前に抱き上げるとは思っていなかった。

「……ハルカ殿、すまぬが私の首に腕を廻して貰えぬだろうか」
「えっ? 首?」
「如何にも。鍵を開けたいのだが、両手が塞がったままでは鍵穴に差せぬのです。貴方が私の首にしっかりと掴まって下されば片手を使えるので」
「あ、そ、こう?」

 ハルカ殿は素直に腕を廻す。細くはあるが、しなやかな筋肉が載った腕だ。ハルカ殿が俺の首に抱き付く様に身体を寄せる。黒くて艶のあるサラリとした髪が頬に触れた。

「これで大丈夫ですか?」

 思いの外近くで聞こえた声に、一瞬息を詰めた。

 何なのだ。人を抱いているとは言え、相手は少年でそれも祓い人様という人物だ。それもまだ会ったばかりで、言葉を交わしたのも数えられる程しかない。

「ギドさん?」

 ふわりとリモンの香りがした。それだけじゃない、若木の青い爽やかな香りも感じたのは気のせいか。

「ああ、大丈夫です。しっかりおつかまり下さい」

 俺は片手でハルカ殿を支えると、浴室への扉を開いた。







🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹




 浴室は部屋と同じ白壁で囲われている。『箱の間』は地下にあるため、続きの浴室も当然地階にある。ただ高い天井には、灯り取りの窓が付いていて、時間的に朝焼けの空を映していた。白い壁に白い柱、天窓から差し込む朝日の清らかな光に、浴室は随分と明るく見えた。

「わあぁ!」

 腕の中で嬉しそうな歓声を上げたハルカ殿は、目をキラキラさせて辺りを見回している。

「凄いですね! こんな立派な風呂だとは思わなかったです!」
「左様ですか。湯はたっぷりと沸いています。しかしながら、余り長湯はされぬようにお願いします。お身体はまだ本調子では無いでしょうから」

 大きな白い浴槽を見せてから、そっとハルカ殿を降ろす。すぐ横の飾り棚に衣類を置く籠が置いてある。

「ハルカ殿、お手伝いいたします」

 物珍しそうに辺りを見ていたハルカ殿の肩がビックと震えた。

「て、手伝うって……?」
「左様。貴方様の衣装はどのようになっているのか判りませんが、私はその為にここにおりますゆえ」

 そう言って失礼致しますと断ってから、ハルカ殿の腰に手を伸ばした。

「あ、あの、大丈夫! 自分で脱げますから! 簡単に脱げますから! 一人で!」
「しかし」
「本当に大丈夫ですから」

 ハルカ殿はそう言って一歩下がった。確かに見る限り脱ぎ着に手間を取る衣装には見えないが。俺は伸ばし掛けた手を戻した。まあ、しっかり立っているしさっきよりも顔色は良さそうに見える。

「承知した。では脱がれよ」

 俺はハルカ殿から少しだけ離れると、棚から籠を取り出して台の上に置いた。

「えっと、ギドさん?」
「何でしょうか」
「あの、ずっとそこにいるんですか?」
「左様。貴方様が恙なく入浴できるのか見守っておりますので」
「……」
「……」

 お互いじっと顔を見合わせ、暫し無言でいた。その間、ハルカ殿は腕を組んで何か思案している様に見えたが、こちらとしては手伝うなと言われている以上、勝手に手出しをする訳にはいかない。

「……仕方無いか……」

 ハルカ殿が観念した様に呟いた。

「あの、幾ら何でも初対面の人にずっと見られているのは恥ずかしいんですけど」
「致し方ない。石でも壁でも好きなように思って下さい」
「無理ですね」

 俺達はお互い譲らずそのまま対峙していた。

 たっぷりの湯気に浴室はかなり暑い。このままずっと押し問答しているのはハルカ殿の体調にも影響する。仕方が無いので俺は妥協案を出した。

「それでは、脱ぐまでは後ろを向いています。脱ぎ終わったら声を掛けて下さい」

 そう言って腰に巻き付ける湯衣を差し出した。差し出された布を広げて、ハルカ殿が首を傾げる。小首を傾げて上目遣いにこちらを見る顔と、布と俺の顔を交互に見る少し幼い仕草に思わず唇が上がった。

「それは湯衣と言って腰に巻く。湯に入る時に使うモノだ」

 教えてやるとポンと手を打った。そうか、コレを巻くんだ。と、ひっくり返したり紐を引っ張たりした。

「それでは、お独りで宜しいか?」
「はい。大丈夫です」

 大分表情が緩くなった。
 少しは我らに慣れて下さったのか。ほんの少しそう感じながら俺は後ろを向いた。姿を見ずに、シュッシュと衣擦れの音を聞いているのは何ともおかしな気持ちにさせる。
 まるで、騎士団に入りたての時に行った娼館の様だ。あの時はまだ自分は慣れていなくて、手練れな娼婦を前に緊張していたのだった。

(何とも昔の事を思い出した。しかし、娼館の思い出などハルカ殿に不敬であろうに)

 急に気恥ずかしくなって、俺はその気持ちを払うように声を掛けた。

「宜しいですか?」

「は、い。あ、だめだ」

 はい。と返事を貰ったので、俺はその瞬間に振り返った。まさか『はい』の後で、駄目だと言われるなどと思っていなかった。



 真っ直ぐでしなやかな身体だった。腕も足もすんなりと伸びやかで、傷一つない綺麗な象牙色の肌だ。少し乱れた黒髪が秀でた額を露にして、首筋から肩の線が何とも言えない色香を放っている。

 女とは違う。自分の知っている男とも違う。どこもかしこも滑らかで触れたくて仕方が無い。

(俺に衆道の気は無いはずだが)

 なのに目の前にいる少年から目が離せない。触りたくて、撫でまわしたい衝動がチロリと心を舐めた。

「あの、この湯衣ってこれでいいですか?」

 薄い布をその細い腰に巻いて、腰紐を引っ張っている。余りに細い腰に目が奪われた。こんな細腰では、女も抱けないのではないか? ふとそう思って首を振った。


 一瞬、あの光景が浮かんだからだ。
 ハノークが口移しでリモン水を飲ませていた時を。何度も何度も欲しがるハルカ殿に、ハノークはたっぷりと注いでやっていた。

 微かに聞こえる水音に、舌使いの音が混じっていたのは気のせいでは無いだろう。あのハノークの事だから、他人のいる前、それも自分の見ている前で邪な感情は持っているとは思わないが……


「ああ、もう少しきつい方が良い。湯の中で解けてしまうので」


 俺はハルカ殿の腰紐を解くと、クルリと彼の身体を後ろ向きにした。驚いた彼がビクリと身体を揺らすのを判っていながら、敢えて事務的に湯衣の紐を結い直してやった。


 ちらりと見えた双丘の白さに目が眩んだ。日に焼けていないその白さに、俺はその奥を想像した。


 どうしたんだ。なぜ、こんな気持ちになる?


「さあ、どうぞ掛け湯をしますので、そこにお掛け下さい」

 俺は他には見せられない感情を隠そうと、不自然にならぬよう湯船からお湯を汲み上げ、何事も無い様に声を掛けた。

 

 






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