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番外編 6. マリ日記①

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 いよいよコレール王国に帰る。

 旦那様の公務でダリナス王国に来て5年。傷心のお嬢様に連れ添って私なりにお支えしてきたつもりだ。
 白パンダと言われたお嬢様が、一念発起して天使に生まれ変わった。それはそれは大変な事だった。

 初めての王宮のお茶会に参加したお嬢様が、思いの外早くに帰って来られた。旦那様に抱かれて馬車から降りて来られたお嬢様は、泣き疲れた顔で眠っていてパンパンに腫れあがった瞼が痛々しかった。

 何があったの? 私達のお嬢様に何があったの!? 普段は冷静な家令のタウンゼントさんも執事のマシューさんも一瞬固まったけど、マシューさんが旦那様からお嬢様を受けるとすぐにお部屋に向かった。うん。マシューさんは細身だけど力持ちだ。お嬢様を姫抱っこしてもびくともしないのはさすがグリーンフィールド公爵家の執事様だ。

 旦那様とタウンゼントさんが執務室に向かう脇を、お母様である奥様がお嬢様を追う。私も奥様の後を走った。

 ……奥様、あの重いドレスにハイヒールでの走りっぷり。さすがでございます!







「なんですってぇ!?」

 ワナワナと握った拳が震えた。

「今回のお茶会は、第一王子殿下の婚約者候補をお選びする顔合わせだったのです」
「ええ。それは知っています。公爵家のお嬢様なら申し分ないですよね? なのに何で泣いて帰って来る事になったんですか!?」

 お嬢様の侍女である私と執事のマシューさんは旦那様からお話を聞いたタウンゼントさんに呼ばれていた。

「もしやお嬢様は婚約者候補になれなかった……。でしょうか?」

 気色ばんでタウンゼントさんに詰め寄った私を制する様に、言葉を選びながらマシューさんが口を開いた。

「実は、フェリックス殿下に心無い事を言われて、シュゼット様は傷つき泣きながらその場を退出してしまわれたそうだ」

 いつもは穏やかで清廉なオーラのタウンゼントさんの空気が違う。何だか怒っている様に感じるのは気のせいでは無いような……。

「心無い言葉、とは? 一体どんなことを?」

 マシューさんが若干遠慮がちに聞いたけど、こちらも背後から感じるオーラは燃えかけている。もしかしなくても二人共怒っているのだ。



「……白パンダ……」
「へ? 」「はっ? 」

 マシューさんと私の間抜けな声が同時に聞こえた。今まで聞いた事も無いマシューさんの声だ。

「っこほんっ。殿下は初めてお会いしたシュゼットお嬢様に『お前、白パンダみたいだ』 と言って頬をそうだ。公衆の面前でそう言われたお嬢様は驚き、そして大層傷付いてその場で泣きだして退出してしまわれたそうだ」

「「なっ!?」」

 またマシューさんと私の言葉が被った。何ですって!? 白パンダ!? ナニヨソレ!?

 白パンダって何よ? そんなモノ聞いた事も見たことも無い。でも言われた状況やらから余り褒められた感じはしない。寧ろ、何だか貶められてる?

 そして、頬を抓られた? 初めて会った令嬢の頬を抓った? 幾ら王子様だって初めて会った女性を触るとかは無い。それも断りも無く触るのも言語道断なのに、抓った? つねったのか? あのマシュマロみたいな白くてぷっくりしたほっぺを? あのすべすべしたまあるいほっぺを?



 コロス。



 殺意が湧いた。私の愛する大事なお嬢様になんてことをしやがった? 

 確かにお嬢様のほっぺは思わず触りたくなるような白くてまあるくてぷっくり可愛らしいけど、幾ら王子様だって抓るとか無い。そんな乱暴な事をしやがった王子をグリーンフィールド公爵家としても許しちゃいけない。嫁入り前の大事な大事な一人娘なんだから。

 憤慨して怒りに燃えた私に、タウンゼントさんは静かに言った。

「殿下の行動については公爵家としても大変遺憾ではありますが、それよりも何よりもシュゼットお嬢様の御心の方が心配です。二人共お嬢様がこれ以上涙を流すことが無いよう、気を付けて接して下さい」

 マシューさんと私は深々と頷いた。お嬢様を傷つけて泣かせるなんてことが無いようにする。大事な大事なお嬢様をお護りする。



 私達はそう誓ったのだ。



 結局、フェリックス殿下の婚約者候補を選ぶお茶会は散々だったらしい。やはり初めて会った令嬢に心無い言葉を投げつけ、あまつさえほっぺを抓るという大変無礼で失礼な行動をした殿下は、陛下と王妃様にこってりと絞られて姉君様からも叱られたそうだ。それだけじゃなく、あの日同席していた貴族令嬢の一部からもドン引きされたみたい。
 そう言う状況なので、婚約者候補は決定に至らなかったらしい。本来ならグリーンフィールド公爵家のお嬢様なら当然婚約者候補、いや婚約者になっても良いところだけど『白パンダ』 事件があってうやむやになっていたらしい。
 まあ、当時の私は婚約者とか候補とか余りよく判っていなかった。ただ単に『王子許すまじ』 とそれだけだった。
 それよりもお嬢様だ。泣き疲れてベッドに横になっているお嬢様は真っ赤な顔で眠っている。少し熱も出て来てしまったらしく、苦しそうな表情で時折魘されるかのように息を吐く。

 どれだけ傷付いたのか。お嬢様をこんなにした王子様なんか絶対許さない。

 それからお嬢様はベッドに寝ついてしまい、暫く起き上がる事も出来なかった。旦那様と奥様は大層心配して看病されていたけど、旦那様は外交大使として隣国のダリナスに向かわなければならなかった。期間は5年間と長期にわたる公務だ。代々コレール王国の外務大臣を務めて来たグリーンフィールド公爵家だから反故にする訳にもいかない。

 旦那様は悩んだ結果、奥様とお嬢様を連れて3人で赴任することを決めた。まあ、一番は初めての社交(殿下のお茶会)を失敗してしまったお嬢様を思い遣ったからだ。幾ら殿下の行動や言葉に非があったとしても、臣下としてはぐっと飲み込まなければならない事もあったと思う。
 なによりご家族、奥様やお嬢様を溺愛する旦那様だから離れて暮らす事なんて無理だろうし。

 何はともあれ、お嬢様も未練も無い様であっさりとダリナスに同行する事が決まった。



 そして。



「私、ダイエットして綺麗になって見せますわ。それから勉強もダンスもピアノも頑張って絶対にヤツフェリックス殿下達を見返してやります!」

 ぷっくりした右手を握り締め、高々と掲げて宣言する姿に眩しさを感じた。

 力強く言い放つお嬢様の表情は、何故か晴れ晴れとして瞼の奥に見える青い瞳がキラキラとしていた。何だかお嬢様が変わられた? そんな感じがしたのは気のせいでは無いはず。

「ぜーったいに見返してやりますわ! 完全無欠の美貌の悪役令嬢になってやりますのよ!!」

 高らかな宣誓。
 シュゼットお嬢様、ダリナス帝国に向かう前日、午後のこと。

 そして5年後、宣言通りに完全無欠の美貌で、自他ともに認める天使の様なご令嬢として凱旋した。



 そう、使なのだ。


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