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9. 婚約者候補って?嫌ですけど?
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「はい? お父様、今何とおっしゃりました?」
朝の光が、眩しく差し込むグリーンフィールド公爵家の明るいダイニングルーム。公爵夫妻とシュゼットは、朝食を食べるため席に着いていた。昨夜は結局両親が、王宮からかなり遅く戻ってきたため、シュゼットと顔を合わせることは無かった。
そしてそれは、編入試験結果を両親に伝え、祝福の言葉を聞いた後に伝えられた。
「ええと、聞き間違いでなければ、私がフェリックス王子様の婚約者候補になった。と、聞こえたのですけど?」
「落ち着いて聞いてくれ。昨夜、陛下より直接そのように言われたのだ。婚約者候補に入っていると」
「はあ?」
「お父様は、私がフェリックス王子様にどんな気持ちを抱いているかご存じですわよね?」
「うっ。し、知っている」
「陛下も、王妃様も5年前にフェリックス王子様が、私にどんなことをしたかご存じですわよね?」
「ご存じだ。それについてもお詫びをして下さった。あの時は、本当に悪かったと」
「なのに?」
「なのにだ」
確か、5年前のあのパーティーに呼ばれた時、婚約者と側近候補を選ぶとか言って集められたのじゃなかったか。年の近しい国中の貴族の子女が集められた華々しい会だったと思う。
その会で、シュゼットはフェリックス王子から ≪ほっぺツンツンからのぷにぷにの刑≫ と ≪白パンダ≫ という乙女には不似合いな比喩を浴びせられたのだった。ショックで寝込み、痩せてしまう程に傷付けられた。あの頃のシュゼットは、人見知りで大人しく、何事にも自信が無い気弱な令嬢だった。
「……それで? お断りになったのですか?」
王族からの依頼ならばまず断ることはできない。でも……
「あくまでも、候補ということで了承せざるを得なかった」
ですよね。断れませんよね。それにしても、候補ですか。候補ってことは、他にも候補がいるってことになるワケ?
「実は、5年前のあの時に、すでに婚約者候補の打診を頂いていたのだ。しかし、あんなことになってしまい、これは無理だと私達も思っていたのだが……」
「はっきりしないまま、国外脱出してしまいましたものね。そうですか。どっちにしろお断りが出来ないのなら仕方ありませんわね」
「おお、シュゼット、納得してくれるか?」
そう、納得はした。しない訳にはいかない。でも、候補の自分が婚約者になるとは考えられないし、考えたくもない。
「これっぽっちもしていませんわ!」
運ばれてきた金色に澄んだスープをひと掬い口に含むと、うっとりとした表情で否定した。
帰って来た。
1年振りだ。セドリック・シン・マラカイトは昨夜届いた手紙を握り締めてガッツポーズをした。
自国のテレジア学院でライバルだった令嬢からの手紙だ。数年前に出会ってからずっと学業で競い合ってきた。
優秀な学生が多いテレジアにおいても、限られた成績優秀者クラスにずっと上位で在籍していた。
優秀であれば男女は問わないが、彼女はちょっと他と違っていた。
ガリ勉でもないし、天才カゼを吹かすわけでもなく自然に、極自然に、真面目に勉強していた。奢ることも無く、学院生活をのびのびと楽しんでいたように見えた。
「よし! やっと手紙を寄越したか。仕方がない。忙しいが放課後に寄ってやるか!」
そう言えば、学院の傍に女学生の間で、最近話題になっているキャンディーショップがあった。
「まったく、面倒なことだ。手土産が必要ではないか!」
学院に向かう時間になったため、慌てて鞄と教材を持つ。馬車に乗り込もうとしたセドリックが、いつもよりハツラツとしていたのに御者は首を捻ったが、上機嫌でいる主人の理由は判らずじまいだった。
「セドリック? ……なんだ? 随分今日は朝から機嫌が良さそうだな?」
「あっ! おはようございます。殿下。そんなことはありません。いつもと全く変わりません!」
「そうには見えないが……」
セドリックは、落ち着きなく教室内をウロウロしている。いつもは教科書を読みながら予習をしているのに、今朝は窓を開けたり閉めたり、上着を脱いだり着たりと何とも落ち着きが無い。こんなセドリックは見たことが無いが。
「殿下、今日、私は授業が終わり次第帰りますから! 一刻の猶予も無い位に!」
「……そうか。何か用事があるのか?」
「ようやく、ライバルが戻ってきたのです! 1年振りに!」
握りこぶしを振り上げるようにして答えられた。顔は上気して、何とも嬉しそうに見えないことも無い。
「ライバル? ああ。そういうことか。戻って来たのか……」
殿下と呼ばれた彼は、顎に手を当てて少し考え込んだ。
そうか、それでセドリックの様子が可笑しかったのか。なんとも面倒な男だと呆れてしまうが、セドリックにして見れば全くの平常運転。この様子では無意識の天然なのだろうが。
退屈な学院生活に何か起きる様な気がする。
この予感は面白そうだ。それに、彼女に久し振りに会える。そろそろ彼女が切れそうだったし。
「セドリック。私も一緒に会いに行こう。良いよな?」
朝の光が、眩しく差し込むグリーンフィールド公爵家の明るいダイニングルーム。公爵夫妻とシュゼットは、朝食を食べるため席に着いていた。昨夜は結局両親が、王宮からかなり遅く戻ってきたため、シュゼットと顔を合わせることは無かった。
そしてそれは、編入試験結果を両親に伝え、祝福の言葉を聞いた後に伝えられた。
「ええと、聞き間違いでなければ、私がフェリックス王子様の婚約者候補になった。と、聞こえたのですけど?」
「落ち着いて聞いてくれ。昨夜、陛下より直接そのように言われたのだ。婚約者候補に入っていると」
「はあ?」
「お父様は、私がフェリックス王子様にどんな気持ちを抱いているかご存じですわよね?」
「うっ。し、知っている」
「陛下も、王妃様も5年前にフェリックス王子様が、私にどんなことをしたかご存じですわよね?」
「ご存じだ。それについてもお詫びをして下さった。あの時は、本当に悪かったと」
「なのに?」
「なのにだ」
確か、5年前のあのパーティーに呼ばれた時、婚約者と側近候補を選ぶとか言って集められたのじゃなかったか。年の近しい国中の貴族の子女が集められた華々しい会だったと思う。
その会で、シュゼットはフェリックス王子から ≪ほっぺツンツンからのぷにぷにの刑≫ と ≪白パンダ≫ という乙女には不似合いな比喩を浴びせられたのだった。ショックで寝込み、痩せてしまう程に傷付けられた。あの頃のシュゼットは、人見知りで大人しく、何事にも自信が無い気弱な令嬢だった。
「……それで? お断りになったのですか?」
王族からの依頼ならばまず断ることはできない。でも……
「あくまでも、候補ということで了承せざるを得なかった」
ですよね。断れませんよね。それにしても、候補ですか。候補ってことは、他にも候補がいるってことになるワケ?
「実は、5年前のあの時に、すでに婚約者候補の打診を頂いていたのだ。しかし、あんなことになってしまい、これは無理だと私達も思っていたのだが……」
「はっきりしないまま、国外脱出してしまいましたものね。そうですか。どっちにしろお断りが出来ないのなら仕方ありませんわね」
「おお、シュゼット、納得してくれるか?」
そう、納得はした。しない訳にはいかない。でも、候補の自分が婚約者になるとは考えられないし、考えたくもない。
「これっぽっちもしていませんわ!」
運ばれてきた金色に澄んだスープをひと掬い口に含むと、うっとりとした表情で否定した。
帰って来た。
1年振りだ。セドリック・シン・マラカイトは昨夜届いた手紙を握り締めてガッツポーズをした。
自国のテレジア学院でライバルだった令嬢からの手紙だ。数年前に出会ってからずっと学業で競い合ってきた。
優秀な学生が多いテレジアにおいても、限られた成績優秀者クラスにずっと上位で在籍していた。
優秀であれば男女は問わないが、彼女はちょっと他と違っていた。
ガリ勉でもないし、天才カゼを吹かすわけでもなく自然に、極自然に、真面目に勉強していた。奢ることも無く、学院生活をのびのびと楽しんでいたように見えた。
「よし! やっと手紙を寄越したか。仕方がない。忙しいが放課後に寄ってやるか!」
そう言えば、学院の傍に女学生の間で、最近話題になっているキャンディーショップがあった。
「まったく、面倒なことだ。手土産が必要ではないか!」
学院に向かう時間になったため、慌てて鞄と教材を持つ。馬車に乗り込もうとしたセドリックが、いつもよりハツラツとしていたのに御者は首を捻ったが、上機嫌でいる主人の理由は判らずじまいだった。
「セドリック? ……なんだ? 随分今日は朝から機嫌が良さそうだな?」
「あっ! おはようございます。殿下。そんなことはありません。いつもと全く変わりません!」
「そうには見えないが……」
セドリックは、落ち着きなく教室内をウロウロしている。いつもは教科書を読みながら予習をしているのに、今朝は窓を開けたり閉めたり、上着を脱いだり着たりと何とも落ち着きが無い。こんなセドリックは見たことが無いが。
「殿下、今日、私は授業が終わり次第帰りますから! 一刻の猶予も無い位に!」
「……そうか。何か用事があるのか?」
「ようやく、ライバルが戻ってきたのです! 1年振りに!」
握りこぶしを振り上げるようにして答えられた。顔は上気して、何とも嬉しそうに見えないことも無い。
「ライバル? ああ。そういうことか。戻って来たのか……」
殿下と呼ばれた彼は、顎に手を当てて少し考え込んだ。
そうか、それでセドリックの様子が可笑しかったのか。なんとも面倒な男だと呆れてしまうが、セドリックにして見れば全くの平常運転。この様子では無意識の天然なのだろうが。
退屈な学院生活に何か起きる様な気がする。
この予感は面白そうだ。それに、彼女に久し振りに会える。そろそろ彼女が切れそうだったし。
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